『空に住む』
三代目 J SOUL BROTHERSによる同名曲、作詞家・小竹正人の原作小説の世界観から生まれた映画。7年ぶりの青山真治監督作品。遺作となったのが惜しまれる。
公開:2020 年 時間:118分
製作国:日本
スタッフ
監督: 青山真治
原作: 小竹正人
『空に住む』
キャスト
小早川直実: 多部未華子
時戸森則: 岩田剛典
木下愛子: 岸井ゆきの
小早川明日子: 美村里江
小早川雅博: 鶴見辰吾
野村: 岩下尚史
柏木: 髙橋洋
吉田理: 大森南朋
勝手に評点:
(私は薦めない)
コンテンツ
あらすじ
郊外の小さな出版社に勤める直実(多部未華子)は、両親の急死を受け止めきれないまま、叔父夫婦の計らいでタワーマンションの高層階で暮らし始める。
長年の相棒である黒猫ハルや、気心の知れた職場の仲間に囲まれながらも、喪失感を抱え浮遊するように生きる毎日。
そんなある日、彼女は同じマンションに住む人気俳優・時戸森則(岩田剛典)と出会う。彼との夢のような逢瀬に溺れていく直実は、仕事と人生、そして愛の狭間で揺れ動き、葛藤の末にある決断を下す。
レビュー(まずはネタバレなし)
青山真治監督の生前に書いたレビューだ。まさか、遺作となってしまうとは、想像していなかった。改めて、レビューに手心を加えようとは思わないが、本作の評点はともかく、監督の作品にはいつも、賛否どちらかに大きく振れるだけの個性があり、魅力のある映画人だった。ご冥福をお祈りします。
これってCDの特典DVDなのか
愛を喪失し、それでも未来へ歩き出す女性たちにエールを送る作品、だそうだ。失礼ながら、私には、どんなエールを送りたいのか、さっぱり分からなかった。
多部未華子の名前に釣られて観たのであるが、これは三代目 J SOUL BROTHERSの『空に住む ~Living in your Sky~』という曲がまずあって、その作詞家・小竹正人の原作小説の世界観から生まれた映画ということらしい。
つまり、主題歌ありきなのだ。中島みゆきの『糸』を映画化したのと似たパターンか。
◇
この曲と小説がセットで販売されていたようだ。どうせならDVDもセットで限定発売にしてくれれば、ファン以外の目に留まらずにすんだのに。
そう、この作品は三代目 J SOUL BROTHERS、および岩田剛典のファンの方には、安心して楽しめる内容になっている。だったら、それを全面にアピールするだけでよかった。
青山真治が7年ぶりにメガホンを取ったなどと、大きく取り上げるものだから、あらぬ期待をしてしまった。青山監督、『共喰い』から7年もの歳月が流れて、ついに撮るべき作品は本当にこれで良かったのだろうか。
本当に空に住む話
本作の主人公、直実(多部未華子)は両親を交通事故で亡くしてもなぜか涙も流せず、叔父の小早川雅博(鶴見辰吾)の好意でタワマンの高層階に住まわせてもらう。
雅博が妻の明日子(ミムラ改め美村里江)と暮らすタワマンに、投資用にもう一部屋所有しているらしい。
直実は昼は郊外の小さな出版社で編集担当として働き、夜は大都会をはるか見下ろす天空人として非日常的な生活を始める。そして、同じタワマンのエレベータに乗り合わせた売れっ子俳優・時戸森則(岩田剛典)と親しくなっていく。
◇
文字通り、空に住むような暮らしをしている人々の話なのだが、実際、地に足が付いたような、しっかりとした人物もいなければ、心に訴えてくる台詞も見当たらない。敢えてそういう演出をしているのだろう。
タワマンライフには生活感はなく、高級なインテリアが並ぶ部屋には塵ひとつないし、登場人物は常に赤ワインのグラスを片手に、上っ面だけの会話で時間を浪費している。
では、タワマンとは対照的な位置に置かれた、直実の職場では、血の通った人物・会話があるだろうか。
郊外の古民家風のオフィスに賑やかな同僚たち。この職場の雰囲気は悪くなかったが、作家・吉田理(大森南朋)の売り出し方法を目下思案中の直実と上司の柏木(髙橋洋)との関係がギクシャクし、こちらも地に足が付いている感じではない。
近年ではドラマも好調の多部未華子。『私の家政夫ナギサさん』の大森南朋、『これは経費で落ちません!』の高橋洋とも共演ありとなれば、丁々発止の会話の面白さを期待したのだが、そういう種類の作品ではなかったようだ。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ここまでキザなのはコメディなのか、時戸
時戸森則は、出版社の同僚女性たちもみな関心を寄せるアイドル的な俳優だ。
エレベータで初めて会っただけの直実に強引に攻め込んでいったり、大きな花束抱えて玄関の前に座り込んでいたり、夜中にサクランボ持ってきたり、一挙手一投足が笑えるほどキザなのだけれど、そういう役だから、これはいい。岩ちゃんも似合っていた。
◇
ただ、直実との関係がすぐに一線を越えてしまう割には、ツンデレもなければ、ときめきもなく、いわゆる恋愛ものにはとても見えない。
叔母の明日子が合い鍵を使い二人がいる部屋に勝手に入ってきたことで、もう時戸は直実から関心を失っているように見えた。この二人の関係は最後までよく分からなかった。
ムチャな理屈が似合う、愛子がなんだ
更に輪をかけて謎だったのが、直実の会社の後輩の木下愛子(岸井ゆきの)だ。彼女はおめでた婚で挙式の日が近づいているが、実はお腹の子の父親は、担当作家の吉田なのである。
吉田には妻子があり、愛子は妊娠の月数まで1か月ほどごまかして、何も知らない婚約者を騙して父親にしようとしている。それほど子供のいる家庭に憧れているようだ。
この突飛な行動にでる不思議な女を、さすが岸井ゆきのは好演している。『愛がなんだ』を思い出させる、ムチャな理屈の押し通し。
◇
予定日まで頑張れずに破水してしまい、助けを求めて直実と口論になるところは、本作で会話が生きている唯一のシーンだった。まったく感情移入ができないのは残念だが。
妻が産んだ他人の子を育てて、父親となる覚悟があるか。先日観直したばかりの伊坂幸太郎の『重力ピエロ』でも出てきた、男にとって大きなテーマだ。にもかかわらず、顔も写してもらえない、愛子の婚約者が不憫である。
登場人物の感情の変化がつかめない
登場人物の感情変化を、私は正しく把握できなかったのかもしれない。
愛子の結婚式に向かった直実は偶然、作家の吉田が子連れで歩いている姿を見る。そこで直実は、何を思ったか、挙式には列席したのかも分からない。
オムライスが無性に食べたくなったといって直実に近づいてきたくせに、あとになって「俺、タマゴ嫌い」という時戸の心境の変化を教えてほしい。
◇
そして、飼い猫が病気になったことが遠因とはいえ、いつも親切に接していた明日子に対し、留守宅に勝手にあがりこんだというだけで、直実がぶちギレして突如罵声を浴びせるのも、どうにも理解に苦しむ。
確かに叔父夫婦はしょっちゅう訪れて煩わしいけど、家賃何十万の部屋に無料で置いてもらっているのだから、少しは我慢しないと。
ところで、投資目的の住居に管理人代わりに直実に住んでもらうというのはどういう意味だろう。
家賃ではなく転売目的だろうから、空き家だと傷むので住まわせているということか?或いは、あのタワマンに他にも夫婦が貸している部屋があるのかな。
台詞に説得力がもっとほしい
本作は作家役の大森南朋のほか、タワマンのコンシェルジュに柄本明、更にはペット葬儀屋の永瀬正敏という、豪華な共演者を擁していながら、殆どワンシーンしか出さないような無駄に豪華な起用法になっている。
特に柄本明は、あっという間に異動になってしまい、配役した意味が分からない。永瀬正敏はチョイ役ながら、絵になる海岸線で「交わらない平行線」云々という気の利いた台詞を言うのだが、これもさすがに唐突感がある。
◇
青山真治監督の『東京公園』のレビューでも触れたことだが、カッコいい台詞なのに説得力が弱いことから、言葉として胸に響かないことがある。
本作でいえば、
「直実は雲みたいなヤツなんだ」という亡き父の言葉、
「芝居は嘘の中にホントを作るものだけど、直実はホントの中に嘘を作っている」
という時戸の言葉(うろ覚えです)、そして永瀬正敏の「交わらない平行線」。
◇
直実は最後に時戸の人生哲学を本にしようとする。出版社の上司・柏木は、「俺は甘いな」といいながら、ゴーサインをだす。私も甘いと思う。
だって、ワイン片手に哲学を語るナルシストの言葉を、同じくワイン片手にインタビューしているような、舐めた仕事ぶりだから、その出来栄えは知れている。
◇
ラストには当然ながら、三代目 J SOUL BROTHERSの『空に住む ~Living in your Sky~』が流れる。美しく、聴きごたえのある曲だ。
これはもう主題歌というより、主客転倒してしまっている。本作は、この曲のためのニ時間のMVと思った方が精神衛生上いいかもしれない。え、みんな、そう思ってた?