『ストレイドッグ』考察とネタバレ|本当にニコール・キッドマンか?

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『ストレイ・ドッグ』
 Destroyer

ニコール・キッドマンが女優人生初の刑事ものに挑む。それも相当荒っぽい、鼻つまみもんの女刑事に。LA市警を舞台に70年代の警察ノワール映画の雰囲気が漂い、どこか懐かしい感じがする。

公開:2020 年  時間:121分  
製作国:アメリカ
  

スタッフ 
監督:  カリン・クサマ

キャスト
エリン: ニコール・キッドマン
クリス: セバスチャン・スタン
サイラス: トビー・ケベル
シェルビー:ジェイド・ペティジョン
イーサン: スクート・マクネイリー
アントニオ:シャミア・アンダーソン

勝手に評点:3.0(一見の価値はあり)

(C)2018 30WEST Destroyer, LLC.

あらすじ

ロサンゼルス市警の女性刑事エリン・ベル(ニコール・キッドマン)は、酒におぼれ、同僚や別れた夫、16歳の娘からも疎まれる人生を送っている。

17年前、FBI捜査官クリス(セバスチャン・スタン)とともに犯罪組織に潜入捜査をしていたエリンは、そこで取り返しのつかない過ちを犯して捜査に失敗し、その罪悪感にいまも彼女は苛まれていた。

そんな彼女のもとに、ある日、差出人不明の封筒が届く。中には紫色に染まった1ドル紙幣が入っており、それは行方をくらませた17年前の事件の主犯からの挑戦状だった。

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レビュー(まずはネタバレなし)

女優人生初の刑事役

華麗なフィルモグラフィの中で数々の役柄を演じてきた女優ニコール・キッドマンにとって、本作の主人公エリン・ベルは、初の刑事役だという。

一瞬意外に思えたが、考えてみれば、これまで刑事を演じなかったのは不思議でもない

彼女のあの美しい肌と端整な顔立ち、華奢な体つきは、とてもマッチョな国の警察組織で一線に立つようには見えないからだ。さすがにリアリティがない。『アンフェア』の篠原涼子じゃないが、<無駄に美人な刑事>と呼ばれてしまいそう。

ところが、今回はどうだ。冒頭に彼女が登場した時に、思わず主演の女優名を確認したくらいに、ニコール・キッドマンの面影がない特殊メイク。傷んだ髪にボロボロの肌、おまけに目のたるみ。ここまで汚してくれれば、そりゃリアリティはあるわな。

最近の例でいえば、『ヒルビリー・エレジー』のエイミー・アダムス(ついでにグレン・クローズ)の汚しメイクが、体型も含め凄かったが、ハリウッド女優はみな、汚れ役メイク歓迎の時代になってきたのだろうか。

『アイリッシュマン』のデ・ニーロやパチーノといった男性陣が、デジタル技術で若返りに走っているのと対照的で興味深い。

FBI潜入捜査官だった過去

さて、本作ではその女性刑事エリンが、河原で発見された男の射殺死体の事件現場に近寄り、首筋のタトゥーや改造拳銃、紫の染料つきの紙幣をみて、「犯人を知ってるわ」と同僚に言う。

だが、飲んだくれたような状態で現れたエレンと関わりたくない同僚刑事たちに相手にされず、彼女は立ち去る。

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エレンは単独で捜査を始めたようだ。手がかりは彼女あてにオフィスに送られてきた紫色の紙幣、改造拳銃の売人、そしてFBI。

元上司と思われるFBIの上層部との会話から、どうやらエレンはかつてFBIの新人時代に、銀行強盗を働く集団への潜入捜査をしていたと分かる。

その潜入のパートナーはクリス。演じるは、『アベンジャーズ』のウィンター・ソルジャーでお馴染み、セバスチャン・スタン。風貌もあまり変わらないのですぐ分かる。

この潜入捜査官時代のエリンは特殊メイクがなくニコール・キッドマンの本来の顔が拝めて一安心。

この回想シーンがなかったら、付け鼻メイクで通した『めぐりあう時間たち』になるところだった。まあ、作品の良しあしとは関係のない話なのだが。

(C)2018 30WEST Destroyer, LLC.

気分は70年代のLA市警の刑事もの

紫色に染まった紙幣の送り主と思われる、当時の反抗組織の主犯格サイラス(トビー・ケベル)の居所を突き止めて、再び動き出したかのように見える犯行を阻止しようと、エリンは動き出す。

そして彼女は、かつての犯行仲間たちの手がかりを一つずつたどって、サイラスに近づいていこうとする。

悪そうな奴らを一人ずつあたっていくアプローチ、オンボロのクルマに照り付ける西海岸の太陽、女刑事というのが少々規格外だが、あとはロスアンゼルスを舞台にした刑事ノワールもののスタイルに則っている。

カリン・クサマ監督は女性だが、この手のカテゴリー・ムービーが好きなのだろう。

映画『ストレイ・ドッグ』予告編|10月23日(金)公開

レビュー(ここから少しネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

エリンはまともな刑事ではなさそうだ

この作品は刑事ものではあるが、正義に燃えて犯罪を憎む主人公ではない。かといって市民を強請る悪徳警官という訳でもない。

ルールを無視して自己流で捜査に走っている女刑事はカッコいいが、どうも、彼女の目的はサイラスの逮捕ではない。それ以上に、復讐の匂いがする。

後半に進むにつれ、結構エリンは自己中心的で強欲で、なかなか共感が得られないキャラだと分かってくる。

その犠牲者と言える人物が、彼女の周囲には複数いる。娘のシェルビー(ジェイド・ペティジョン)と、その父親代わりのイーサン(スクート・マクネイリー)。かつての相棒であるクリスも、今の相棒のアントニオ(シャミア・アンダーソン)もそうだろう。

ようやくサイラスにたどり着きそうになった矢先、エリンはサイラスと仲間たちが再び銀行強盗を仕掛ける現場に居合わせる。咄嗟に救援要請するが、すぐに現れたのはパトロール中の二名の警官のみ。

普通はもう少し応援が来るのを待つものだろうが、エリンは三人で突入するといって店内に入り込み、撃ち合いが始まる。結果は裏目に出たが、凶弾に倒れた同僚が気の毒だった。

(C)2018 30WEST Destroyer, LLC.

潜入捜査官の末路

さて、回想シーンにおけるサイラスは、カリスマ性と恐怖政治でメンバーを束ねていく。サイラスが仲間の一人を挑発し、ロシアンルーレットをやらせようと仕向けるシーンが緊迫感を煽る。

そんな男がリーダーの集団にエリンとクリスの二人が潜入捜査官として入り込んでいたら、映画の定石として成功裏に終わるはずがない。これは血を見るに違いない。

しかも、彼らが計画している銀行強盗のねらう金額を知ると、エリンは犯行前にFBIに引き渡したくないとクリスに言い出すのである。金に目がくらんだ? 

こうなると、正義漢で警察に入ったのに身分を偽って渋々悪に身を染める、『インファナル・アフェア』のトニー・レオン的な潜入捜査官のイメージが瓦解する。いったいどういう顛末を迎えることやら。

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詳細は伏せるが、回想シーンには結構トリッキーな部分があり、そうと思っていなかったシーンまで時系列的には回想だったことに気づかされるここはうまい編集だったと思う。余程鋭い感覚の持ち主か、偏屈者でなければ、騙されてしまうだろう。

本作で気に入ったのは、ニコール・キッドマン輝かしい栄光にしがみつかずに思い切った汚れメイクと振り切った演技、そして時系列をうまく使った編集の妙味だ。

一方で、バイオレンス・アクションに走るのかと思えば、大量の銃器が登場するわりには、銀行強盗も殺人も、流血沙汰はとてもお上品に出来ていて、ノワールを名乗るには、すこし行儀がよすぎる

不良娘のシェルビーにまつわる幼少期の思い出話も、唐突に甘ったるいエピソードを持ち込んできた印象が強い。

また、細身のニコール・キッドマンには厳しかったかもしれないが、カリン・クサマ監督なら、シャーリーズ・セロンの『イーオン・フラックス』並みのアクションは見たかった気もする。

今回は極力ネタバレせずに語ってみたせいか、ちょっと分かりにくくなってしまった。

紫色の染料がついた紙幣はビジュアル的にも良かったが、銀行強盗団に渡す札束の袋に、わざわざ命がけで染色の噴霧装置を入れるような愛社精神あふれる女子行員が、LAにいるとは想像しがたい。

そうそう、原題のDestroyerは日本ではどうにも大げさでノワールっぽくないので、邦題はなかなか良いセンスだと思った。たしかに彼女は、生き様も風貌も、野良犬っぽいし。