『ホムンクルス』
目に見える世界が全てとは限らない。頭蓋骨に穴を開けられた男にみえるようになった、人間の歪んだ内面。山本英夫の人気コミックを清水崇監督が映画化。綾野剛と成田凌の実力派の共演で魅せる。
公開:2021 年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ 監督: 清水崇 原作: 山本英夫 『ホムンクルス』 小学館 ビッグコミックスピリッツ キャスト 名越進: 綾野剛 伊藤学: 成田凌 謎の女: 岸井ゆきの 女子高生: 石井杏奈 組長: 内野聖陽
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
車上生活を送る名越進(綾野剛)の前に、ある日突然現れた医学生の伊藤学(成田凌)。記憶がない名越は、伊藤の勧めにより期限7日間、報酬70万円を条件にある手術を受けることに。
第六感が芽生えるという頭蓋骨に穴を開けるトレパネーション手術を受けた名越は、右目をつむって左目で見ると、人間が異様な形に見えるようになる。
伊藤はその現象を「他人の深層心理が視覚化されて見えている」と言い、その異形をホムンクルスと名付けた。名越はその能力を用い、心の闇を抱える人たちと交流していく。
レビュー(まずはネタバレなし)
目に見える世界が全てではない
山本英夫による累計発行部数400万部超えの人気コミックの、不可能と思われた映画化、ということらしい。
残念ながら、原作は未読なので、あくまで映画としてのレビューとなるが、『呪怨』をはじめとする一連の作品でJホラーブームを牽引した清水崇が監督と、期待を持たせる。
ただし、本作はホラーではなく、サイコミステリ―。主演も成人男性が二人で、スクリーム・クイーンは登場せず、演出的にも、怖がらせの方向には走っていない。
劇場公開からひと月も経たずにNETFLIXで配信するというスタイルも目新しいが、このご時世には重宝する。
「頭蓋骨に穴を空けさせて欲しい、あなたじゃなきゃ、ダメなんです」
新宿の中央公園脇に路駐したクルマで生活する男・名越進(綾野剛)に、大病院の御曹司の医師・伊藤学(成田凌)が声をかける。
一流ホテルの住人とホームレスの間にいる、無感情な名越に、鼻ピアスや奇抜なファッションで医師にはみえない伊藤。不思議な組み合わせだ。
すったもんだの末、名越は伊藤の申し出に応じ、頭蓋骨に小さな穴をあけることで第六感を覚醒させるトレパネーション手術を受けることになる。そして、7日間の実験が始まるのだ。
◇
<ホムンクルス>とは、俗に錬金術師が作りだした人造人間を指す。合成生物を意味する<キメラ>などとともに、その筋の作品ではよくお目にかかる言葉だ。
本作では、術後の名越には、他人の深層心理が視覚化されて見えるようになり、その異形を<ホムンクルス>と呼んでいるようだ。
そして名越は、ホムンクルスたちの心の闇と対峙していく中で、知らぬ間に、自らの失った記憶と向き合うことになる。
ゴウとリョウ、実力派の二人
実力派俳優といえる主演の二人がいい。
名越進の綾野剛は、外資系だかの保険会社の保険数理人なのか、ホームレス前の頃の色付きメガネの風貌は『ハゲタカ』時代の鷲津のよう。だが、術後の彼はバイオレンスの匂いも封印し、ニット帽に片目塞ぎで独自のイメージを作り出している。
◇
一方の謎の医師・伊藤学を演じた成田凌も、負けず劣らずの変幻自在ぶりを本作でも発揮。病院の勤務中は『コード・ブルー』時代の彼ほどヘタレ感もなく、まじめな医師を装うが、名越と相対するときは、スマホを落とした系のマッドサイエンティストに変貌。
◇
名越が自宅代わりにしている、クラシックな小型車が印象的だ。特別な雰囲気をだしている。原作でも同じ車種なのか。一見、お馴染みスバル360かと思ったら、懐かしのマツダの旧型エンブレム。
これはマツダ・キャロルというクルマらしいが、現行モデルもあるということで、驚く。しかも、この旧モデル、ちゃんと走行しているシーンがあるのは素晴らしい。合成かもしらんけど。
◇
ディテールにこだわっていそうな本作が、原作の雰囲気をどこまで忠実に再現できているのかは、私には分からない。
キモになるのは、名越が街に出て、周囲の人々のホムンクルスが見えてしまうシーン。
ぺらぺらの紙みたいな男だったり、腰がクルクル回る女だったり。あのホムンクルスの描写をどう感じるかで、本作の評価が分かれるだろう。
レビュー(ここからネタバレ)
ここから、ネタバレになる部分がありますので、未見の方はご留意願います。
トラウマを解決していく物語なのか
正直にいえば、私はその試金石といえる、ホムンクルス初登場シーンに、あまり乗れなかった。思い出したのは、街中にいろいろな怪物が溢れて悪さをしている『ゴースト・バスターズ』か。
◇
突如、極道の男(内野聖陽)が現れて物語に絡んできたので期待したが、なんと名越にはこの男に、旧式ロボットのようなホムンクルスが見えるのだ。
このロボットも、それなりに汚しをかけてエイジングしているのは分かったが、やはりヤクザの組長が超合金ロボに見えてしまうことにチープ感が否めない。
ロボットの胸が開き少年が出てくる構図は、シュワちゃんの傑作『トータル・リコール』を思わせる。
組長のトラウマがホムンクルスを造形し、それを名越が解決してあげることで、人間の姿を取り戻していく。ああ、そういう物語なのかとようやく理解する。
◇
次に出会うのは女子高生(石井杏奈)。彼女のホムンクルスは砂のようだ。安部公房か。だが、近づいてみると、砂にみえたそれは、大量の文字だった。ここの表現はなかなかよい。それが、マニュアル世代である自分の親を意味しているのが、ちょっと分かりにくかったけれど。
JKと名越の関係は、原作ではもう少し丹念に描かれているようだが、映画では拙速ゆえ、ちょっと意味不明な状況になった感はある。
トラウマがなんだ
こんな形で、次々とホムンクルスに出会っては、陰陽師のように妖怪退治していくのかと思いきや、奈々子という女(岸井ゆきの)を病院で見かけてから、話は思わぬ方向に展開していく。
なんと彼女の額にも、トレパネーション手術の痕があるのだ。彼女にも、特殊な能力が覚醒したのか。これ以上は、内容には触れないが、最後は、そういうことなのか、という納得感は得られた。記憶喪失というのは、映画には勝手が良い設定だ。
せっかくの岸井ゆきの起用なら、もっと彼女に見せ場をあげてほしかった気はする(内野聖陽も同様に、出番が少なくて寂しいが)。成田凌と岸井ゆきのなら、自然と『愛がなんだ』の時の弾けた彼女を思い出してしまうので、本作では少しおとなしすぎて物足りない。
最後に伊藤について。はじめ名越は、お前にはホムンクルスが見えないと言っていたのだが、後段になって、実は透明な何かが存在していたのだと分かる。そこから彼のトラウマが判明していくのだが、このエピソードも面白い。
人は誰も想像もつかないようなトラウマを抱えて生きているのだということ、そして、それは意外と、他人からみれば些細なことだったりするのだと気づかされる。たしかに、自分にしても、どんなホムンクルスを飼っているのか、伊藤のように気になってしまう。
いや、これは映画としてはどう見たらいいのか考えてしまう部分も多く、評価が悩ましい。どこまで原作に寄せているのかも気になるところ。今更ながら、俄然、原作が読んでみたくなった。