『ハワーズエンド』今更レビュー|集合住宅じゃなくても英国の邸宅には立派な名前がある

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『ハワーズ・エンド』 
 Howards End

フォースターの傑作小説を巨匠ジェームズ・アイヴォリー監督が映画化し、主演のエマ・トンプソンはアカデミー賞主演女優賞を獲得。ハワーズ・エンドの邸宅をめぐって、 翻弄される美しい姉妹の恋。英国文学の雰囲気は十分。

公開:1992 年  時間:143分  
製作国:イギリス
  

スタッフ
監督: ジェームズ・アイヴォリー
原作: E・M・フォースター
          『ハワーズ・エンド』

キャスト
<シュレーゲル家>
マーガレット:   エマ・トンプソン
ヘレン:  ヘレナ・ボナム=カーター
ティビー:
  エイドリアン・ロス・マジェンティ
ジュリー:    プルネラ・スケイルズ

<ウィルコックス家>
ヘンリー:  アンソニー・ホプキンス
ルース: ヴァネッサ・レッドグレイヴ
チャールズ: ジェームズ・ウィルビー
ポール:     ジョゼフ・ベネット
イヴィー:  ジェマ・レッドグレイヴ
ドリー:    スージー・リンデマン

<バスト家>
レナード:   サミュエル・ウェスト
ジャッキー:  ニコラ・デュフェット


勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)1991 MERCHANT IVORY PRODUCTIONS All Rights Reserved

あらすじ

知的で情緒豊かな中流階級のシュレーゲル家と、現実的な実業家のウィルコックス家。

正反対な両家は旅行中に親しくなり、シュレーゲル家の次女ヘレン(ヘレナ・ボナム=カーター)はウィルコックス家の田舎の別荘「ハワーズ・エンド」に招かれる。そこで次男ポールと恋におちるヘレンだったが、婚約したと早合点し、両家は気まずい関係になってしまう。

その後、偶然にもロンドンのシュレーゲル家の向かいにウィルコックス家が越してくる。ヘレンは彼らを避けるが、姉マーガレット(エマ・トンプソン)はウィルコックス家の老婦人ルース(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)と深く理解しあう。

やがてルース夫人は「ハワーズ・エンドはマーガレットに」という遺言を残して他界する。しかし遺言はもみ消され、マーガレットはウィルコックス家の当主ヘンリー(アンソニー・ホプキンス)のもとへ嫁ぐことになる。

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今更レビュー(まずはネタバレなし)

どっぷりと英国文学の世界へ

久しぶりの英国小説の世界。20世紀初頭のイギリスの優雅な上流社会を舞台に、社会の束縛から逃れ、自由に生きていこうとする主人公を描く。

ジェームズ・アイヴォリー監督が『眺めのいい部屋』『モーリス』に続き、E・M・フォースターの原作を映画化。

三度目にあたる今回は、デヴィッド・リーン監督が映画化した『インドへの道』と並ぶ、フォースターの代表作『ハワーズ・エンド』。小説として読み応えがあり、大変面白い。

最近原作を読み直したので、映画も観たくなったという訳なのだが、現代劇ではないので、30年も前の作品でも色褪せるところがない。

2019年には日本でも4Kデジタル・リマスター版が公開される動きがあったので、そちらを観る機会があれば、より鮮明にイングリッシュガーデンや歴史を感じるハワーズ・エンドの建物を堪能できるのではないか。

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中流階級のシュレーゲル家

階級も考え方も異なる、二つの家の物語である。

知的で情緒豊かな中流階級のシュレーゲル家には、30歳に近い理知的な姉・マーガレット(エマ・トンプソン)と、感情的で若く美しい妹・ヘレン(ヘレナ・ボナム=カーター)。ドイツ系の英国人で、両親は他界しているが、資産家で生活には困らない。

ほかに、大学生の弟・ティビー(エイドリアン・ロス・マジェンティ)と、粗忽者の叔母・ジュリー(プルネラ・スケイルズ)がいる。

エマ・トンプソンは本作でアカデミー賞とゴールデングローブ賞の主演女優賞を獲得している。当然、堂々の名演技なのだが、映画では原作以上に妹・ヘレンの存在感が大きかったように思う。

ヘレナ・ボナム=カーター『眺めのいい部屋』はじめ、このアイヴォリー+フォースター三部作には欠かせない女優だからか。日本でのポスターや広告でもヘレンが主役のような扱いが多い気もする。抱擁シーンが絵になるからか。

『ハワーズ・エンド 4Kデジタル・リマスター版』予告編

実業家のウィルコックス家

一方の現実的な実業家のウィルコックス家。家長のヘンリー(アンソニー・ホプキンス)は前半あまり出番がない。

むしろメインはルース夫人(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)で、何かと対照的な両家において、彼女は気質の似ているマーガレットと親しくなる。

ルースは亡くなる際に、生家であるハワーズ・エンドをマーガレットに遺すと書き置きする。それが鉛筆書きで法定要件も満たさないため、この遺言は闇に葬られる。赤の他人になぜ資産を渡すのだと。相続トラブルは国境も時代も超越して存在するものだ。

長男チャールズ(ジェームズ・ウィルビー)や妻のドリー(スージー・リンデマン)、次男ポール(ジョゼフ・ベネット)、末娘イヴィー(ジェマ・レッドグレイヴ)

遺されたこの一家はみな、「貧乏人に同情すべきではない」というヘンリーの考え方に染まっている。ドリーなど言動や声の質まで、日本のドラマにでてきそうな典型キャラで、笑ってしまう。

チャールズを演じたジェームズ・ウィルビーはアイヴォリー+フォースター作品では『モーリス』でヒュー・グラントとともに主演だったが、本作では見せ場がない。むしろ、観客の期待をわざと裏切る役にしているのではと、終盤の展開で勘繰りたくなる。

ヘンリー役のアンソニー・ホプキンスは、『羊たちの沈黙』公開翌年が本作であり、その様変わりにさすが名優と感心する。

本作では成功した実業家の役であり、妻を亡くした後、なんとマーガレットに求婚する。このシーンに至るまで丁寧にお膳立てをした原作に比べると、さすがに映画では時間的制約からか唐突感があったのは否めない。

なお、本作の翌年にジェームズ・アイヴォリー監督がカズオ・イシグロ原作で撮る『日の名残り』では、本作のエマ・トンプソンアンソニー・ホプキンスが再び共演している。

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今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレする部分がありますので、未見の方はご留意願います。

物語のキーマンはいつもレナード

さて、本作で物語を大きく動かしていくのは、一見とても地味な役のレナード・バスト(サミュエル・ウェスト)なのだ。

コンサートホールでヘレンが隣席の彼のボロ傘を間違えて持って帰ったことがきっかけで、姉妹と彼は顔見知りになる。

世間知らずの姉妹は、彼の勤める保険会社が倒産寸前だというヘンリーの言葉を鵜呑みにし、強引にレナードに転職をすすめ、挙句の果てに彼は失業者になってしまう。

それは勿論レナードの自己責任だが、ヘレンは良心が咎める。結局保険会社は経営を持ち直すが、そもそもヘンリーのいい加減な言動のせいだと、ヘレンはヘンリーと不仲になる。

さらに大きな出来事もまた、レナード絡みである。

ヘレンが貧窮した彼とその妻ジャッキー(ニコラ・デュフェット)を、マーガレットのいるイヴィの結婚パーティに連れてくる。そこでジャッキーが、かつてルース夫人が生きていた頃のヘンリーの愛人だったと判明するのだ。

立派な実業家にだって、この時代愛人の何人かがいること自体、珍しくもないのかもしれない。だが、この事件を境に、彼の物語における威厳のようなものは、大きく揺らいだように思う。

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愛に生きる妹・ヘレン

一方で、ただの金持ちの気まぐれで周囲を振り回すだけの若い娘にみえたヘレンが、レナードに同情し、そこから一夜を共にしてしまうのだ。

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湖上のボートで抱き合う二人。そしてヘレンは誰からも身を隠す。数か月も経って、マーガレットと再会したハワーズ・エンドの玄関先。

ヘレンの大きなお腹をみて、マーガレットはようやく気付く。ヘレンはひそかに誰かの子供を産もうとしていたのだと。

父親は誰なのかというWho done it? は、原作と違い映画においては最初からボートのシーンで明かされていた。

結婚よりも信条を貫く姉・マーガレット

姉妹の荷物や家具が置かれたハワーズ・エンドの邸宅に、一晩だけヘレンを置いてほしいとマーガレットはヘンリーに頼む。だが、不倫相手の出産など、体面を気にするヘンリーには許せず断固拒絶する。

こうして、婚約者の二人の仲には深い亀裂が入る。

そもそもこの物語は、ヘレンとポールとのすれ違い婚約騒動から始まったが、主役がマーガレットとヘンリーに移っても、家族の価値観の違いは変わらないのだろう。

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図らずもレナードとジャッキーの夫婦は、ジャッキーがヘンリーの愛人だったという過去でヘンリーに一撃を与え、レナードの子を宿したヘレンをヘンリーが受け容れなかったことで、更に深い傷を負わせた。

そして、とどめの一発。なんと、ハワーズ・エンドにヘレンを訪ねてきたレナードを、将来の邸宅の所有者であるチャールズが殺してしまうのだ。死因は持病の心臓発作だが、彼も罪に問われることになる。

結局、ルース夫人の遺志の通り、ウィルコックス家が誰も手を出せなくなったハワーズ・エンドは、晴れてマーガレットが受け継ぐことになった。そして将来は、ヘレンとレナードの子供に譲り渡そうとしている。

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フォースターの傑作の見事な映像化

こうして、邸宅の名前がついた物語はエンディングを迎える。かつて池澤夏樹が本作の書評で、これはエ―ヴェリーさんのマジックだと書いている。エーヴェリックとは、この邸宅を管理する高齢の女性のことだ。

彼女は初めてハワーズ・エンドを訪れたマーガレットの足音を聞きルース夫人だと思ったり、勝手に早合点して、保管するだけの筈の姉妹の家具や荷物を開梱し部屋に収納してしまったりする。

映画にも数カット登場するが、確かに不思議な力を持っていそうな女性だった。

映画は原作から割愛した部分も勿論あるが、総じて素晴らしい作品に仕上がっている。

何といっても、ロンドンやハワーズ・エンドのあるハートフォードの家並みや、邸宅の内装、それに色とりどりの花が咲き誇るイングリッシュガーデンの情景は、やはり映画ならではの醍醐味だと思う。

原作未読の方は、こちらもお薦めします。