『東京公園』
東京の公園を巡り歩く人妻・井川遥を盗撮する三浦春馬。のんびり散歩で癒されたい人に合う青山真治作品。姉・小西真奈美や幼馴染・榮倉奈々との関係もいい。
公開:2011 年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ 監督: 青山真治 原作: 小路幸也 『東京公園』 キャスト 志田光司: 三浦春馬 富永美優: 榮倉奈々 志田美咲: 小西真奈美 初島百合香/志田杏子: 井川遥 初島隆史: 髙橋洋 高井ヒロ: 染谷将太
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
大学生の光司は、東京の公園を巡り家族写真を撮っていた。彼は、幼い頃に亡くした母の影響でカメラマンを目指している。
ある日、いつものように被写体に向けてシャッターを切っていると、突然現れた男性に難癖をつけられる。
ところが後日その男性から連絡が入り、公園に娘連れで出掛けるある女性を尾行し毎日写真を撮って送って欲しいと依頼される。光司は理由がわからないまま、引き受けることとなったが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
公園から始まるミステリアスな導入
久しぶりに青山真治監督の新作『空に住む』が公開されたので、復習の意味で本作を観返してみた。
勿論、三浦春馬の若き日の演技を偲ぶ意味もある。新作で青山監督が多部未華子を主演に迎えたのも、彼女のよきコンビであった三浦春馬との縁を感じてしまう。原作は、「東京バンドワゴン」シリーズの小路幸也。
◇
アマチュア写真家の光司(三浦春馬)が公園で家族たちの写真を撮っていると、歯科医の初島(髙橋洋)に呼び止められる。
怪しい男と疑われたのだが、身元を明かして解放された後日、今度は、先日撮っていた妻がなぜか都内各地の公園を巡っているのを、隠し撮りしてほしいと依頼される。
こうして、ベビーカーで子供と散歩する女(井川遥)を尾行し、写真を送る仕事を引き受ける。
光司の部屋には、同居している友人・ヒロ(染谷将太)がおり、また壁にはなぜか、女(井川遥)とよく似た女性のポスターが貼られている。
光司はゲイのマスター(宇梶剛士)がいるカフェバーでバイトしていて、常連客の富永(榮倉奈々)と美咲(小西真奈美)とも仲が良い。
主要登場人物はざっとこんなところ。はじめは分かりにくい各キャラクターの関係性は、徐々に明かされていく。
徐々に解き明かされるバックグラウンド
富永は光司の幼馴染で、なんと彼女の恋人だったヒロは突然死んでしまったようだ。ヒロの姿は富永には見えず、光司だけに見えているらしい。
そして、美咲は光司の姉なのだが、腹違いであり、それぞれ再婚した両親の連れ子だと途中からわかる。
◇
少しずつ解き明かされる手法はミステリー仕立てのようだが、どこで盛り上げようとしているのかが、やや分かりにくい構成である。
初島の指示で毎日のように都内のあちこちの公園に行き、女の写真を盗撮している理由だけが謎としてクローズアップされていく。
ちょっと苦手なタイプでした
さて、率直な感想を言わせてもらうと、本作はどうにも肌に合わなかった。これが青山監督の作風なのか、小路幸也の原作起因なのかは、ちょっと分からない。ミステリー的な展開を期待していると、きっと落胆する。
◇
東京ののどかな公園風景を楽しみながら、三浦春馬や井川遥の動く様子を飽くことなく見ていられる人、何も起こらない映画もあっていい、何だか癒される、という人には、きっとテイストが合う気がする(実際には何も起こらない訳ではないが)。
レビュー(ここからネタバレ)
以下、ネタバレになるので未見の方はご留意願います。
どうにも乘れなかったポイント
私がどうにも本作に乗れなかった点は大きく二つ。
まずは、井川遥の演じる女が頻繁に公園を散歩する理由である。彼女が、依頼者初島の妻であるや浮気調査であることは想定内だが、その毎日行先を変える公園の場所が、うずまきの軌跡を描いていることのオチがいただけない。
◇
それは、アンモナイトの殻の模様であり、夫との馴れ初めである大学の考古学サークルに遡る話らしい。だが、それを夫婦の愛情の証と説明するのは苦しすぎる。
夫が妻に最初にプレゼントしたアンモナイトの化石の模様と同じ軌跡で、妻は公園を移動する。妻の浮気を疑う夫に、私を信じてほしいというメッセージが込められている。これは難問だ。
地図上でプロットした点に意味を持たせるから、伊坂幸太郎の『重力ピエロ』並みの期待をしてしまった。
もう一つの残念な点は、公園にからめた唐突感のある台詞だ。例えば、ゲイのマスターが主催するホームパーティで、1シーンしか出てこないオヤジが突然に光司に語りだす、
「宇宙人に東京の中心には何があると聞かれたら、巨大な公園があると答える」
更には、終盤で初島が光司に語る、
「君の写真は被写体を温かく包んでくれる。まるで公園みたいだ」
うーん。失礼ながらどちらも全く共感できない。台詞のための台詞に聞こえてしまう。
◇
大体、せっかく初島の妻と光司の母の二役を井川遥に演じさせていながら、ろくに彼女に台詞を与えていないのが残念。もっと喋ってほしかった。
うずまき型で公園を散歩するほど夫に関心があるのなら、焼酎ビンを空けて昼間から泥酔した夫が、職場から遠く離れた公園に現れたら、もう少しリアクションしてほしい。
では、見どころはどこか
この映画の見どころは公園ではなく、腹違いの姉弟の間に芽生えた恋愛感情の表現だと思う。
父と姉弟で訪れた筆島で突如慟哭した美咲。余程、入院中の母の病気が重いのかと思ったが、彼女は弟に恋心を抱いていたのだ。
それを姉弟ゆえに自制してきた彼女が、光司に写真を撮ってもらい、一瞬だけふたりで自制心を解放するシーンはとても優しく温かい、印象に残るものだった。
また、終始天然の明るさをふりまいて食べ物にパクつき、寝ぐせも取れない富永のキャラも、榮倉奈々らしい役どころで、なかなか良かった。
ただ、光司が自分の母(井川遥)と尾行する女性が酷似していることにも、腹違いの姉との両想いにも気づかないほどの鈍い若者であることを、すべて富永に語らせてしまうのはいただけない。これはもう少し、役者の演技で伝えてほしかった。
◇
本作を通じて<けじめ>が一つのテーマになっている。
姉の弟への気持ちを受け止めたうえで、二人の関係を再認識するのもけじめだし、初島がきちんと妻と向き合うのもけじめ。
そして、頼れる幼馴染である光司の下宿に住もうと転がり込んでくる富永をみて、もう光司のそばから離れて成仏しようとするヒロもまた、ひとつのけじめをつけたのである。
◇
夫が妻の浮気を疑って調査を依頼するが、最後に妻の愛に気づくという展開は、名匠キャロル・リード監督の遺作『フォロー・ミー』と同じであり、原作は同作にオマージュを捧げている。
先日、この作品を観てみたが、形式を部分的に模倣してはいるが、中身はまったく異質なものと感じた。
『フォロー・ミー』で妻を尾行した陽気な探偵に相当するキャラを、悩める三浦春馬に変えてしまったことで、作品の印象は大きく変容した。同作にあった鑑賞後の幸福感は、本作には望みにくいかな。