『フォロウィング』
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クリストファー・ノーランの時系列こねくり回しの面白さ。趣味の尾行は痛い目に遭う。カネはなくてもセンスとアイデアで勝負のサスペンス。
公開:1998 年 時間:70分
製作国:イギリス
スタッフ
監督: クリストファー・ノーラン
キャスト
ビル: ジェレミー・セオボルド
コッブ: アレックス・ハウ
金髪女: ルーシー・ラッセル
警官: ジョン・ノーラン
ハゲの男: ディック・ブラッドセル
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
作家志望の青年ビル(ジェレミー・セオボルド)は、創作のヒントを得るために通りすがりの人々の後を尾行する癖があった。
ある日、いつものようにある男を尾行していたら、相手に気づかれてしまう。コッブと名乗るその男(アレックス・ハウ)もまた、他人のアパートに不法侵入しては、私生活の秘密を探る行為に取りつかれていた。
ビルはコッブに感化され、行動を共にするようになる。数日後、ふたりで忍び込んだアパートで見た写真の女(ルーシー・ラッセル)に興味を惹かれたビルは、彼女の後を尾行し始める。
レビュー(まずはネタバレなし)
低予算でも変わらぬ面白さ
『TENET』公開前のノーラン夏祭りでも上映されなかったと思うが、クリストファー・ノーラン監督が、監督・脚本・製作・撮影・編集の5役を兼ねて作り上げた長編デビュー作。
2024年に『オッペンハイマー』の公開に合わせて、25周年でレストア版が劇場公開された。
◇
一見自主映画かと思わせるようなモノクロ映画の制作費は、わずか6,000ドルの超低予算映画。今の彼からは想像もつかない世界だが、侮ってはいけない。
十分に面白い映画であり、何より、このデビュー作には、今のノーラン監督が撮りたい映画のエッセンスが、しっかりと詰まっているのだ。
① 時間軸へのこだわり
ノーラン監督らしさの1つ目は、時系列をいじくり回した編集スタイルに見られる、時間軸へのこだわり。
本作に続く『メメント』では、時系列を逆にしたシーンをつなげて一本の映画にするという荒業に出るし、『インターステラー』や『TENET』では、科学的な見地から時間を曲げ伸ばししてみたり、逆行させてみたりする。そのアイデアの素地が本作には既に存在している。
尾行を趣味とする主人公が、私生活を探るための空き巣を趣味とする男を尾行したことから、あるトラブルに巻き込まれていく。編集で時系列をあちこち組み替えたおかげで、不思議な味わいが生まれている。
主人公が髪型も服装も様変わりしたり、顔が殴られて腫れていたりと、編集をいじられても見分けがつくので、順序で悩むことはないのは良心的だ。
なお、DVDにはおせっかいにも時系列再編集版が付録で付いているのだが、これを観ると、「分かりやすいけれども味気ない」という印象を誰もが持つのではないか。『メメント』を逆の順序で観たことはないけれど、きっと同様に味気ないのだろう。
② ヒントのチラ見せ
監督らしさの2つ目は、冒頭のシーンでヒントを提示していること。
荒唐無稽などんでん返しを最後にいきなり持ってくるのではなく、「はじめに手の内はチラ見せしているよ」という例のヤツである。ノーラン監督の常套手段だが、本作でも使われている。
◇
金髪女の思い出の品のボックスを、ゴム手袋をした人物が丹念にセットアップしているのが分かる。初めから、刑事のような男に尋問されて、主人公が尾行の趣味について説明しているシチュエーションも、ある意味ヒントになる。
勘の良い人なら、これだけで薄々展開が読めるのかもしれない。
超大型予算の映画を撮り続ける監督になった今でも、これらの初期のこだわりを持ち続けているのは、ちょっとした驚きだ。
本作における悪党の役名コッブが、『インセプション』の主人公の名前にも再登場していたり、ビルがコッブを連れて空き巣として侵入する自分のアパートの玄関ドアに、将来ノーラン自身が監督する『バットマン』のロゴがでかでかと貼ってあるのも、結構驚きだけれど。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
のめり込むストーリー展開
ところで、本作は公開当時日本ではどのくらいヒットしたのだろう。
原題そのままの『フォロウィング』という邦題は、正直、尾行のことだとは分かりにくい。愛好家やファンという意味もあるようなので、金髪女のファンという意味もあるのか。
冒頭から、趣味で尾行する男ビルが尾行対象のコッブにみつかって、話をしてみるとそいつは空き巣に入って私生活を探るのが趣味だと言い、やがて二人で空き巣を繰り返すようになる。
とても興味をひかれる展開の中に、ゴム手袋を泡のように口から吐いて倒れる主人公のシーンがインサートされる。何かが起きそうだけれど、どんな話か想像もできない。
やがて、空き巣のターゲットになっている金髪女に主人公のビルが夢中になっていく、或いは女がBARのオーナーの男(ディック・ブラッドセル、あの程度の後退で「ハゲの男」とは厳しい)に危険を感じているなど、次第に状況が見えてくる。
◇
だが、空き巣男のコッブが金髪女とグルだと分からせるところが、まずはサプライズ。
ここから、騙されているのはビルの方だと分かってくるが、ビルはもう、女に教わった通りにBARの金庫を開け、大金をせしめて従業員を金槌で殺してしまっている。
二転三転のサプライズ
罠にはまって、もがき苦しむビルだが、そもそもこの仕掛けの目的は、コッブが空き巣に入った家で老女が殺されており、容疑のかかったコッブが同じような趣味の身代わりを立てること。
コッブは女を使い、たまたま尾行してきたビルを、まんまと罠にかけたのだった。
だが、逮捕され洗いざらい自白したビルは、老女の殺人事件など起きていないし、コッブという男も知らないと警察に言われる。どういうことか。ここからが最後の種明かしとなる。
◇
終盤の二転三転はテンポも良く、気持ちよく騙されて映画が終わったなという気持ちにさせてくれる。
よく考えると、気になる点もなくはない。ハゲの男は直情的に人を殺してしまうタイプだったはずなのに、今回は随分と用意周到ではないか、とか。
まあ、これだけ面白い作品を6000ドルで作ってしまうのだから、つまらぬケチを付けずに、その才能を素直に賞賛しよう。