『宮本から君へ』
むせ返るほどの熱量がある。池松壮亮も蒼井優も、原作に心底惚れぬいた役者ならではの、気迫がある。それこそ、湯を沸かすほどの熱い何かが、本作に注がれている。時系列をいじくった編集は不要だったのが惜しい。
公開:2019年 時間:2時間9分
製作国:日本
スタッフ 監督: 真利子哲也 原作: 新井英樹 キャスト 宮本浩; 池松壮亮 中野靖子: 蒼井優 風間裕二: 井浦新 真淵拓馬: 一ノ瀬ワタル 田島薫: 柄本時生 小田三紀彦: 星田英利 岡崎正蔵: 古舘寛治 大野平八郎: 佐藤二朗 真淵敬三: ピエール瀧 神保和夫: 松山ケンイチ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- この手の直情的で体育会系なキャラと暴力的なストーリーは拒否反応を示してしまうのだが、なぜか気になる作品でもある。ついドラマも全話観てしまった。嫌いなのに気になるヤツ。
あらすじ
正義感の強い宮本浩(池松壮亮)は、文具メーカーで営業マンとして働いている。会社の先輩である神保の仕事仲間、中野靖子(蒼井優)と恋に落ちた宮本は、靖子の自宅に招かれるが、そこに靖子の元彼である裕二(井浦新)がやってくる。
靖子は裕二を拒むために宮本と寝たことを伝えるが、激怒した裕二は靖子に手を挙げてしまう。そんな裕二に、宮本は「この女は俺が守る」と言い放ったことをきっかけに、宮本と靖子は心から結ばれるが。
レビュー(まずはネタバレなし)
激しい熱量の放出
新井英樹の原作コミックを映画化、前半部分はTVドラマになり好評を博し、後半部分が本作となる。まったくもって予備知識ゼロで臨んだ結果、正直あまり相性のよい映画ではなかったのだが、このあとTVドラマも通しで観てみた。
映画自体は単独で成立してはいるが、根底にある様々な前提条件やワンシーンのみにでてくる豪華脇役陣がどうにも気になって、映画だけでは消化不良だったからだ。
認めずにはいられないのは、映画(そしてTVドラマ)自体が放つ熱量が凄すぎることだろう。
真利子哲也監督といえば、『ディストラクション・ベイビーズ』のバイオレンスと洗練。本作は洗練と無縁だが、かわりにむせ返るほどの熱量がある。
主演の池松壮亮も蒼井優も、塚本晋也監督の『斬、』で二人が見せた愛情表現とは大きく異なるが、原作に心底惚れぬいた役者ならではの、気迫がある。それこそ、湯を沸かすほどの熱い何かが、本作に注がれている。
◇
松田優作みたいに、池松壮亮は絶対自分の歯を抜いて演じたのだと思った。それは説得され思いとどまったそうでCGか特殊メイクのようだが、それでも十分リアルだ。健康な歯を抜くことはない、人生100年時代だ。
何と最大の見せ場であるマンション非常階段バトルは、CGなしのガチンコ勝負だとか。まじか。あんな高所で池松がバトルしてると、かつてドラマ『MOZU』で彼が演じた新谷宏美にしか見えない。
レビュー(ここからネタバレ)
TVシリーズも観てみた
TVドラマで描かれた前半のサラリーマン編は、文具メーカー・マルキタの新入り営業マンである宮本が、できる先輩の神保(松山ケンイチ)の教えを受けつつ、不条理な営業競争の世界で苦闘する話である。
とにかくがむしゃらで熱いだけの男は、受注の取り合いも恋愛も、自分の掟や自分の筋を通さずにはいられない。
そのためには殴り合いも土下座も辞さないが、周囲には、彼に理解を示す人たちもいれば、まったく受容できない人もいる。
映画においても、当然ながら、傍若無人に自分のポリシーで突き進む宮本の生きザマは変わらない。
映画で描かれた後半は、靖子との恋愛がらみがメインであり、確かにストーリーとしては独立しているので、私のように原作もTVドラマも飛び越えて、いきなり映画を観ることも可能だ。
◇
ただ、やはりいくつかの犠牲があったことは否めない。
まずはバラエティに富んだ共演者陣。映画ではろくにセリフもない、或いは出番の少ない役でも、TVドラマでは極めて重要な役だったりする。
演者でいえば、先ほどの松ケンもそうだし、柄本時生、古舘寛治、星田英利。みんなマルキタでの宮本のよき理解者だが、映画だけではキャラがよく分からなかった。
ストレートに行こうぜ
そして最大のネックは時系列をいじくった編集ではないか。たしかに、ボコボコに殴られた顔から始まる導入だって、あとから回想シーンを入れるので物語的に破綻はない。
だが、筋が通ればいいというものではない。筋を通すことだけにこだわっては、まるで宮本だ。この順番をいじくった編集は、初めて観る者には無用に頭を使うことを強いる。
結果、感情をむき出しにして観るべき映画なのに、冷静な論理的思考がそれを邪魔してしまうのだ。少なくとも、私自身は、そうだった。
◇
この編集にこだわったのは、非常階段ファイトの出来が良すぎたからではないか。このシーンは確かに素晴らしい見応えだ。
リアルに撮影したものと聞いただけで、足元が震えてくる。このファイトだけでも、観に行く価値がある。
だからこそ、真利子監督は、時系列をいじくってでも、非常階段ファイトをクライマックスに持ってこようと思ったのだろう。
宮本という生きかた
この映画が好きになれるかは、ひとえに宮本の生きザマに共感できるかにかかっている。自分よがりの熱いだけの青春野郎であるが、愛すべき人物でもある。
正直、私には苦手なタイプだ。少なくとも、職場で同じ部署にはいてほしくない。だが、世の中には、こういう不器用でストレートな生き方に、エールを送る人だって少なくないはずだ。
映画レビューサイト Filmarksの2019年邦画満足度ランキングで第1位を記録しているそうだが、まさに、そのように共感できる人が大勢いるということなのだろう。
◇
そして、不思議なことに宮本が苦手な私自身も、この映画自体が苦手なわけではないし、何より好んでTVドラマにまで手を伸ばしているわけなので、やはり、惹きつけずにはいられない何かがあるのだ。
ひとつには、音楽かもしれない。エレファントカシマシは、さすがに<宮本>同士だからこその夢のコラボだし、当然ながら世界観がドンピシャに重なっている。(TVドラマのエンディングのMOROHAの曲もよいが。)
◇
また、映画のみのキャスティングである、井浦新のちょっと危ない感じの魅力もいい(最近観た『嵐電』とのギャップが大きくて、さすがの演技力)。
それに一ノ瀬ワタルを筆頭に、ピエール瀧や佐藤二朗といったラグビー軍団の面々の悪人ぶりも圧巻だった。
結局、今回は勢いで書き殴ったレビューとなってしまった。
映画を観た当初は、体質に合わない感じというか拒絶反応もあったのだが、TVドラマをはさんで冷却期間を置いたせいか、きちんと向き合えたように思う。数日経つと味わいが出る映画なのかもしれない。
そこまでしたくなるというのは、やはり何かを持った作品なのだ。真利子監督や、原作を愛してやまない主演の池松壮亮と蒼井優の総熱量に、すっかりとろけてしまった。
以上、お読みいただきありがとうございました。原作もぜひ。