『ザ・ランドロマット パナマ文書流出』
The Laundromat
社会を揺るがしたパナマ文書事件を完全にコメディ化。悪役二人がふざけた姿で登場しカメラ目線で解説! モサック(オールドマン)とフォンセカ(バンデラス)の人生哲学を耳に、この不可思議な社会を眺めてみよう。
公開:2019年 時間:96分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: スティーヴン・ソダーバーグ
脚本: スコット・Z・バーンズ
キャスト
エレン: メリル・ストリープ
モサック: ゲイリー・オールドマン
フォンセカ: アントニオ・バンデラス
ジョー: ジェームズ・クロムウェル
ボンキャンバー: ジェフリー・ライト
ハナ: シャロン・ストーン
チャールズ: ノンソー・アノジー
メイウッド:マティアス・スーナールツ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
タックスヘイブンでのペーパーカンパニー取引が横行し、責任をとるものが誰もいない抜け殻のような会社に振り回される悲喜劇。
引き金となった川下りのクルーズ船転覆事故で、仲睦まじい夫を失ってしまう妻エレン(メリル・ストリープ)。保険金がおりないトラブルに直面し、夫への愛情と執念で、徐々にその裏に潜む巨大な違法取引の実態に近づいていく。
いや、違法ではない、抜け道なのだ、と彼らは言う。脱税ではなく、節税なのだとも。
レビュー(まずはネタバレなし)
実名でコメディにするギリギリのセンス
パナマ文書流出騒動が起きてから数年たつが、映画化は初めてだろうか。題材としては興味深いけれど、コメディタッチでいいのか、という意外感も否めない。
ランドロマットとは、本来長期滞在型ホテルやコンドミニアムにあるような共同洗濯場のこと、ここではマネーローンダリングを意識したタイトルにしたのだろう。
監督はスティーヴン・ソダーバーグ。このレビューを書いている今日、全世界は新型コロナウィルスの災厄の渦中にあり、そのせいもあって観直す人が多い細菌パニック『コンテイジョン』の監督でもある。
◇
本作は同様に社会を揺るがすテーマとはいえ、タッチは完全にコメディだ。
なにせ、全編を通じ、悪役である弁護士のユルゲン・モサック(ゲイリー・オールドマン)とラモン・フォンセカ(アントニオ・バンデラス)がふざけた姿で頻繁に登場しては、カメラ目線で人生哲学とともに状況を解説してくれるのだから。
「そもそも、大昔は物々交換が大変だったんだよね、そこに通貨が生まれてさ」
といった具合に。
こういう、出演者には姿が見えない語り部が論説してくれる映画が、前にもあったぞ、と思い出したのが『マネー・ショート 華麗なる大逆転』。
同作品は、リーマンショック直前、サブプライムローンのバブルに踊りクレジットデフォルトスワップで大やけどする人々を描いたものだ。
やはり謎の語り部が頻繁に現れ、金融の仕組みを面白く解説してくれて、本作と通じるところがある。
笑えるけど不気味なネタばかり
善人そうなエレンの夫ジョー役、久々のジェームズ・クロムウェルだと思っていたら、船の転覆事故で瞬く間に殺されてしまい、これは人を食った映画だと認識。
ちなみに船長はあの『ターミネーター2』の強敵ロバート・パトリック。
◇
保険金の支払いを巧みに拒絶する、パナマの怪しい法律事務所モサック・フォンセカ(これは実名通り)。
そこに、リゾート地ネイビス島にあるユナイテッドやロシアのニューセンチュリーといったペーパーカンパニーが絡んできて、なかなか正体がみえない。
保険会社で悪事を働く取締役ボンキャンバーには、007シリーズのCIAエージェントでお馴染みジェフリー・ライト。
そういえば、エレンが保険金を当て込んで買おうとしたラスベガスのコンドミニアム、売り主の不動産会社の女性はシャロン・ストーンだった。こちらも久々。
◇
さて、エレンがはるばる飛行機で訪れたネイビス島のオフィスの住所には郵便局があり、壁面にはリゾート地の街並みにそぐわない大量の私書箱が。
この光景は不気味だったが、一人の女性事務員が何万社ものペーパーカンパニーの取締役になっていて、中身も知らずひたすらサインしているのは、更に不気味なものだった。
この女性が、悪路が原因でおきた交通事故がきっかけであっさり感電死し、すぐに後任が引き継ぐことになる。
その他のエピソードも簡単に
後半からは、エレンとは直接関係なさそうな話が二つ。
アフリカ系の大富豪チャールズ(ノンソー・アノジー)が、米国の大学に通わせる娘のルームメイトに手を出し、一家崩壊の危機に陥る話(そうとは知らぬ妻がこの友人を自宅に招待する会話が笑えた)。
それから中国の富豪夫妻が、メイウッド(マティアス・スーナールツ)という怪しい男の持ち掛けたペーパーカンパニーの話に乗り出し逮捕される話。いずれもモサック・フォンセカの顧客に関するエピソードだ。
◇
全ての不穏な出来事が行きつく先は、正体不明の人物ジョン・ドウ(名無しの権兵衛的な意味)による、いわゆるパナマ文書の流出。
顧客管理と契約の仕組みはバッチリだったのに、サイバーセキュリティ対策が甘かったわけだ。
この流出情報をトリガーに世界各国で要人が辞任するような事態がおこり、モサックもフォンセカも収賄罪で収監される(すぐに出られたようだが)。
結局、勝者はアメリカなのか
彼らは最後に、「結局、勝者は脱税天国のアメリカだ」と主張する。
アメリカには既に、デラウェアやネバダのように法人税や所得税がない州が存在するし、そのためかパナマ文書に掲載された米国要人の名前は少なかったと聞く。
◇
そして、このしたたかなアメリカに物申そうというのがエレン(メリル・ストリープ)なのである。なんと、最後にはモサック・フォンセカの後任取締役エレーナに扮装して登場!
そういえば、名前もエレーナに似ているけど、はじめからエレンと同一人物だったのか?
いや、それじゃ国際電話で照会かけていた話が成り立たない。モサックたちと同様に、彼女も語り部として考えるのが自然か。
◇
エレンは最後にはコスプレの末に自由の女神になってしまう。悪徳商人から、柔和なものたち(という表現が多く出てきたが従順な市民のことか)の自由を取り戻そうっていうことなのだろうか。
全体としては、やや分かりにくい構成だったが、パナマ文書問題を真正面からドキュメンタリー風に扱わず、煙に巻くスタイルで笑いを取りつつ風刺を効かせた作風は、好き嫌いが分かれそう。
パナマ文書の流出事件なんて、すっかり記憶になくなりかけているのが悲しいけれど、実名の犯罪者をカッコよく登場させて、こんなに面白く仕立ててしまうのはさすがソダーバーグ。
それにしても、出てくるマネーゲームの犯罪エピソードはどれも薄ら寒くなる怖さがある。モサックもフォンセカも伊達男すぎなのは事実に即しているのかな。