『アヒルと鴨のコインロッカー』
伊坂幸太郎の人気原作を、本作以降何度もタッグを組むことになる中村義洋監督が見事に映画化。裏口から悲劇は起こるんだ。
公開:2007 年 時間:110分
製作国:日本
スタッフ 監督: 中村義洋 原作: 伊坂幸太郎 『アヒルと鴨のコインロッカー』 キャスト 椎名: 濱田岳 河崎: 永山瑛太 ドルジ: 田村圭生 琴美: 関めぐみ 謎の男: 松田龍平 麗子: 大塚寧々 椎名の父: なぎら健壱 椎名の母: キムラ緑子 関西弁の学生: 藤島陸八 免許のない学生: 岡田将生 江尻: Mr.都市伝説 関暁夫 バスの運転手: 眞島秀和
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
大学入学のため仙台に引っ越してきた椎名(濱田岳)は、隣人の河崎(永山瑛太)から奇妙な計画を持ちかけられる。
同じアパートで暮らす引きこもりの留学生ドルジ(田村圭生)に広辞苑を贈るため、書店を襲撃しようというのだ。
椎名は誘いを断りきれず本屋襲撃を手伝うハメになるが、この計画の裏には河崎とドルジ、そしてドルジの彼女で河崎の元恋人・琴美(関めぐみ)をめぐる切ない物語が隠されていた。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
伊坂幸太郎×中村義洋の最強タッグ
伊坂幸太郎の原作映画化としては、『陽気なギャングが地球を回す』・『CHiLDREN チルドレン』に続く三作目となる。コミカルな部分はありながらも、ミステリー要素の強い作品がようやくお目見えした。
監督の中村義洋は当時まだホラー系作品の監督イメージが強かったが、本作への伊坂原作の取り込みは見事だったと思う。
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けして小説を忠実に映像化しているわけではなく、取り込むのが難しいもの(レッサーパンダや尻尾の長いネコなど)や長い会話などをうまく排除しながら、きちんと原作のテイストと面白味を活かしている。
更に、映画ならではの魅力も付加しているのは素晴らしい。ひとつは、作品の重要アイテムである、ボブ・ディランの『風に吹かれて』を冒頭の鼻歌からエンディング・テーマまで、流しまくっている点。
これは原作にはできない芸当だ。優越的地位の濫用といえるほど、しつこいくらいに曲が使われる。もうひとつの映画ならではの小技は、ネタバレになるので、次項で後述としたい。
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中村義洋監督は本作でベストセラー小説の映画化手腕が認められたのか、以降、伊坂幸太郎と、『チーム・バチスタの栄光』で知られる海堂尊という二人の人気作家の原作映画化を何本も手掛けることになる。
伊坂作品としては『フィッシュ・ストーリー』・『ゴールデンスランバー』・『ポテチ』と4作品を監督し、本作をはじめ、すべてに濱田岳が出演しているというのも面白い。
なお、本作で濱田岳の友人役で出演している岡田将生は、まだ『天然コケッコー』でブレイクする直前ゆえ目立たないが、彼も本作のほか伊坂原作には『重力ピエロ』・『オー!ファーザー』と関係が深い。
裏口から悲劇は起こるんだ
ミステリー要素が強いため、ネタバレなしで語れることは限られる。
No Animal was harmed in the making on this film.(この映画の製作において、動物に危害は加えられていません)
原作の冒頭にも出てくるこの但し書きが、映画にそのまま使われると、ファンとしてはくすりとしてしまう。
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そして、「裏口から悲劇は起こるんだ」の台詞とともに、郊外型の大型書店を拳銃片手に襲おうとする椎名(濱田岳)と河崎(永山瑛太)。
村上春樹の『パン屋襲撃』ならぬ『ホン屋襲撃』ということだが、どう見ても、締まりのない顔で椎名が構えるのはニセモノの拳銃だし、店を襲って金品を奪おうという(本作では広辞苑だが)緊張感はまるでない。
この作り物感や、ペットショップのオーナー・麗子(大塚寧々)が感情を出さず冷淡に話す(そういう役なのだが)無機質さが気になる人もいるかもしれないが、伊坂幸太郎の文体からはこういう演出になることは必然なので、そこは映画を責めてはいけない。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここから大きくネタバレしている部分がありますので、未見および原作未読の方は、くれぐれもご留意ください。
隣の、隣のブータン人
椎名のアパートの両隣は、河崎と、もう一人の不愛想な学生である。映画前半では、河崎が「隣の隣にいるのはブータン人のドルジだ」というので、椎名は、この不愛想な隣人をドルジと思い込む。
実際に、インサートされる回想シーンでは、河崎や琴美(関めぐみ)とともに、ブータンからの留学生としてドルジ(田村圭生)が登場するので、我々はすっかり騙されてしまう。
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小道具として登場する、動物園で撮った、動物の絵のくり抜かれた穴から顔をだした写真には、河崎と琴美が写っている。これがトリックなのは観た人ならご承知のとおりで、写真には折り返された部分にもう一人、本物の河崎(松田龍平)が写っている。
どういうことか。河崎と思っていた瑛太こそ、ドルジだったのだ。日本語をマスターして、すっかり日本人になりすましている。隣の隣にブータン人がいるとは、隣の、隣。すなわちこの部屋の僕のことさ、という訳だ。ドルジと思っていた隣人は、ただの山形県人の学生だったのだ。
原作では若干苦しく聞こえた、或いは説明的になってしまった、このすり替えトリックを、映画では同じシーンを別の役者で再現させることで、実に手際よく表現している。写真の使い方も効果的だ。これはあざやか。
前半の瑛太は紛れもなく女に手の早い河崎にみえるし、後半ではどこか日本人と違う異国の留学生にみえる。ヘアスタイル一つでこうも変わるものか。瑛太の演じ分けはうまい。
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そして、真打ち松田龍平が出てくると、なるほど本物の河崎はこっちだわ、と思わせる納得感がある。これも大したものだ。龍平の妖しい魅力のなせる業か。
後半まで主要キャストを全く出さない手法は、例えば行定勲の『ピンクとグレー』などにも観られるが、本作でも大きな効果を生んだ。私も初見のときは、まんまと騙された。
答えは風の中にあるのか
本作は悲しい物語である。河崎が実はドルジだったということから、琴美はペット殺しの連中に殺され、本物の河崎もまた、エイズのために死んでしまったということが分かってくる。
椎名は主役のようで、麗子がいうようにこの物語では脇役でしかない。
愛する彼女と大切な友人を失ったブータン人は、琴美の教えてくれた、音楽の神さまボブ・ディランの曲を口ずさむ隣人・椎名と偶然出会い、彼を誘って本屋を襲い、ペット殺しの主犯・江尻(Mr.都市伝説 関暁夫)に復讐を果たそうというのだ。
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本作は椎名のいる現在の話に重点を置いてしまった結果、ペットショップを舞台とした琴美や麗子の人物像の掘り下げが薄っぺらいものになってしまった。これは残念だ。
この過去の話が十分に描かれれば、琴美や麗子だけでなく、河崎とドルジのキャラクターが、もっといきいきとしたものになったはずだ。
さて、ドルジは復讐のために江尻を殺害したわけではない。ブータンの風習とは若干違うが、鳥葬のように、野外に拘束した江尻を何日間も野鳥に襲わせたのだ。
『重力ピエロ』でもそうだが、報復とはいえ罪を犯してしまった主人公が、ラストで自首することはない。本作のドルジも、麗子や椎名に薦められても自首はしないだろう。
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映画オリジナルのシーンとして、ラストでドルジは犬を助けようと道路に飛び出す。クルマから逃れたかは不明だ。
「良い事をしようとする者が、死ぬわけはない」というのがブータン人の発想だが、琴美との出会いの時と同様に、幸運が続くのかは分からない。神さまのラジカセは仙台駅のコインロッカーに閉じこめられたままだ。神の御加護が届かないかもしれない。
I have bad feeling about this(嫌な予感がする)。『スターウォーズ』でお馴染みのこの台詞を、劇中ドルジも連発したが、私もそう呟いてしまう。
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一方、椎名は新幹線でのんきに牛タン弁当を前にうたた寝をしている。そりゃ仙台名物ではあるけれど、なぜか椎名も両親も、牛タンにはただならぬ関心をみせる。ラストには弁当のアップまである。
これはブータンとギュータンという寒いダジャレに違いない、と私は睨んでいるのだが。