『哀愁しんでれら』
土屋太鳳と田中圭で贈る、本当は怖いシンデレラ・ストーリー。グロくはないけど、なかなか予想を裏切る展開。元気を奪って欲しい時に観よう。
公開:2021 年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ 監督: 渡部亮平 キャスト 福浦小春: 土屋太鳳 泉澤大悟: 田中圭 泉澤ヒカリ: COCO 福浦千夏: 山田杏奈 福浦正秋: 石橋凌 福浦一郎: ティーチャ 小春の元カレ:水石亜飛夢 亀岡教頭: 正名僕蔵 泉澤美智代: 銀粉蝶
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
市役所に勤める小春(土屋太鳳)は平凡な毎日を送っていたが、ある夜、不幸に見舞われ全てを失ってしまう。
人生を諦めかけた彼女の前に、8歳の娘(COCO)を男手ひとつで育てる開業医・大悟(田中圭)が現れる。
優しく裕福で王子様のような大悟に惹かれた小春は、彼のプロポーズを受け入れ、不幸のどん底から一気に幸せの絶頂へと駆け上がるが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
イヤミスならぬイヤサス
禁断の<裏>おとぎ話サスペンスという、意味不明なキャッチコピー。映画の予告編は何度も劇場で観ていたが、そこからの私の想像はものの見事に裏切られた。え、こういう映画だったの?
予定調和な作品なんて、退屈で観る気がしないというひとには、ひょっとしたら波長が合うかもしれない。
観終わったあとの、何ともいえぬ脱力感とモヤモヤ感。イヤミスではなくイヤサスとでも呼べばいいのか。こりゃ、ダウナー系な映画だ。
◇
『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(箱田優子監督)などを世に出した「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM」グランプリを獲得した脚本で渡部亮平が自らメガホンをとる。主演に土屋太鳳と田中圭という、手堅く華もある人選で安心感あり。
冒頭、児童相談所で働く主人公の小春(土屋太鳳)にふりかかる不幸の数々。
児童虐待の疑いで訪問した家からのクレームはまだしも、自転車屋の実家で祖父(ティーチャ)が倒れ、病院に運ぶ途中で父(石橋凌)が自動車事故、そのさなかに実家は全焼、泊めてもらいにいったカレシ(水石亜飛夢)は職場の先輩と情事の最中。
ほとんどコントのようなドタバタ展開だ。
本当は怖いグリム童話だな、きっと
その失意の中で小春は、踏切で倒れていた男性を偶然みかけ、救い出す。
それが、開業医の泉澤大悟(田中圭)。彼は妻を亡くし、8歳の娘ヒカリ(COCO)を男手ひとつで育てているが、人見知りの娘が意気投合した小春にプロポーズし、めでたく結婚となるのである。
助けてもらったお礼に買ってもらう高価なドレスとハイヒール。白馬の王子より外車の開業医だそうで、まさにシンデレラ・ストーリーという訳だ。
◇
店が焼けて失業中の父には納棺士の仕事、祖父には立派な入院先、妹(山田杏奈)には自ら家庭教師を買って出るなど、優しく頼りがいのある大悟の評価は上がりまくり。ヒカリも自分に慕ってくれ、幸福な日々を過ごす小春。
だが、ここからが『本当は怖いグリム童話』。
そもそも、自分の足のサイズしか知らない男と、突然一緒に暮らし始めるって、なんかシンデレラ無謀じゃね? そう語る小春の親友の意見は、なかなか鋭い。
さて、このまま順風満帆な生活では映画にならない。<裏>おとぎ話だから、そう簡単には、めでたしめでたしになっていかないのだ。次第に良き父で良き夫の大悟の本性や、ヒカリの二面性などが明らかになっていく。
土屋太鳳の本能は警戒した、らしい
田中圭は普通に善人の演技は勿論だが、こういうトリッキーな役もうまい。ついつい騙されてしまう。
土屋太鳳は天真爛漫で元気な役が多い印象だが、キャリアの中では割と多種多様な役柄を演じてきている。思い切り暗い作品にならなかったのは彼女の存在ゆえでもあり、渡部亮平監督が彼女の出演にこだわったのは理解できる。
◇
面白いのは、土屋太鳳は本作のオファーを三回断っているとインタビューでも語っていることだ。それも台本を読んで、「本能が警戒した作品だった」からだという。
これは想像だが、やはりここまで気が滅入る方向に観客を裏切っていく作品は、自分には合わないと感じたのではないか。幸福な役ではないというのもあるかもしれない。
◇
私も、土屋太鳳という女優のキャラと本作の世界観にはギャップを感じた。結果、彼女はオファーを引き受ける訳だが、この馴染めなかった点をハッキリ語っているのは意外だった。
役柄のことで悩む彼女は、プロデューサーや田中圭のサポートがあったから乗り切れたそうだ(監督とは書いてないのね)。
渡部監督は子役のCOCOにも相当プレッシャーをかけたというから、結構厳しい演出スタイルなのかもしれない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
本性が浮かび上がる父と娘
大悟に裏の顔がありそうでも、恐ろしいのはその母の美智代(銀粉蝶)に違いなく、結局嫁姑対決なのだろうと思っていたら、意外とまともな母だった。
怖いのは、やはり大悟。子供の頃に飼っていたウサギを剥製にして飾るのもちょっと引くが、自分の肉体の成長を30年間定点観測して絵に描き続けている自己愛ぶりは萎える。
偏差値競争の勝者である大悟は、選民思想激しく、自分や娘を否定する存在は断固認めない。あの同級生は嘘つきだ、あのバカ親はモンペだ、等々。
◇
ヒカリもまた、いい子ではない。好きな男の子が他の女の子にちょっかいを出して、自分を相手にしてくれない。それがきっかけで、いろいろな嘘をつき、小春を苦しめ始める。
そして、ついには、恋敵の女の子を、教室から突き落として殺してしまう。このシーンが直接描かれないのは過激すぎるからかもしれないが、あとで目撃者が現れるのであれば、挿入した方が効果的だったように思う。
COCOはこの憎たらしい女の子を実にうまく演じているが、子役だけに、こんなシーンばかりでは気の毒に思えてしまう。
スカッとジャパンじゃないんかい
さて、予告編では、幸福な結婚のすえ優しい夫と可愛い娘を得た小春が、小学校で大勢を前に「うちの子が、やるわけないでしょうがっ!」 とブチ切れる。
これはてっきり、不条理ないじめに散々やられた主人公が、ついに反撃攻勢にでるシーン、『地獄の花園』的なノリだと思っていた。
◇
いよいよスカッとジャパンなのだと信じていたが、まったく違った。むしろ真逆といってもいい。
同級生をヒカリが突き落としたのだとクラスのみんなに責められて、(事実とは知らずに)小春が啖呵を切るのだ。
しかも、小春が夫と小学校にきているのは、ヒカリの靴を盗んだヤツがいると疑って、校内放送をジャックして犯人探しをし始めるという、バカ親行為の結果なのである。
これは、亀岡教頭(正名僕蔵)に同情する。いつしか自覚なく、大悟と小春はモンスター化していた。
小春は幼い頃に「もうあなたのママは、やめたわ」といって出て行った母を憎んでいる。あの女を反面教師として、幸福な家庭を築くはずだった。
だが、言うことを聞かないヒカリを思わず叩き、「母親失格です。出て行ってください」と大悟に追い出される。すがりつくヒカリに小春がいう台詞は、憎んでいた母親と同じだった。
このことに小春は相当ショックを受けたのだろう。再度大悟から家庭に引き戻されたあとは、両親揃って盲目的にヒカリを可愛がるようになってしまった。ダークサイドに落ちたようなものだ。
俺、明日ワクチン接種なんですけど
そして衝撃のラストにつながる。自分を犯人扱いする学校には行きたくないと駄々をこねるヒカリのために、学校を貸し切りにするのだ。どうやって。
医師である大悟は学校のインフルの予防接種を例年担当していた。その医療行為に乗じて、クラスの児童に致死量のインシュリンを投与するのだ。
夫の脇で看護師のように働く小春。ラストは、親子三人が教室で授業。廊下や階段には児童の死体がゴロゴロ転がるという、およそ童話とは程遠い結末。<哀愁>などという生易しいタイトルでは足りない過激さだ。
◇
タラレバではあるが、もしも単純にスカッと終わる話だったら、結構手際よくまとめられた映画だと思って観ていた。だから、この想定外の展開は、ちょっと自分の中では消化できずにいる。
ホラーならば怖がらせば勝ちなのだろうが、このイヤサスで、渡部監督は何を伝えたかったのだろう。
清廉潔白で健康的な魅力の土屋太鳳でさえもダークサイドに落ちるんだよ、この世にうまい話なんかないんだ。そういうことかな。
◇
もう少し、深読みのしようがある気もするが、あのラストを観たら、そんな活力は湧かない。小春がヒカリに作ったおにぎりの中に五円玉を仕込んだ時点で、すでに性格悪そうな兆候あったけどね。
どんより落ち込みたいひとは、ぜひ。