『武曲 MUKOKU』今更レビュー|闘うことでしか生きられない男たち

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『武曲 MUKOKU』

藤沢周原作の剣道小説を熊切和嘉監督が映画化。村上虹郎と綾野剛、二人の剣豪のぶつかり合い。

公開:2017年 時間:125分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        熊切和嘉
脚本:         高田亮
原作:         藤沢周

             『武曲』
キャスト
矢田部研吾:      綾野剛
羽田融:       村上虹郎
光邑雪峯:       柄本明
矢田部将造:      小林薫
矢田部静子:     神野三鈴
羽田希美:      片岡礼子
カズノ:       前田敦子
大野三津子:    風吹ジュン

勝手に評点:3.0
    (一見の価値はあり)

(C)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

あらすじ

矢田部研吾(綾野剛)は日本刀を突き付けて剣を教えるような警察官の父・将造(小林薫)に厳しく育てられた。

その結果、彼は剣道界で一目置かれる存在になるが、ある事件から道を見失い、自堕落な生活を送るようになった。

そんな中、研吾のもうひとりの師匠である光邑(柄本明)の前に、ラップのリリック作りに夢中な平凡な高校生の羽田融(村上虹郎)が現われる。

台風の洪水で死にかけた経験に苦しむ彼に剣の才能を見た光邑は、研吾を立ち直らせるため融を研吾のもとに向かわせる。

今更レビュー(ネタバレあり)

芥川賞受賞作家に対してこんなことを申し上げるのも失礼な話だが、原作者の藤沢周藤沢周平と勘違いし、熊切和嘉監督が時代劇を撮ったのだと思い込んでいた。

先に原作から読んだのが、表紙には胴着の若者のイラスト。ああ、今回は剣術とはいっても、時代劇ではなく現代の剣道の話なのかと。

だが、何と主人公の若者はヒップホップに夢中な高校生。こりゃ、どうやら海坂藩の下級武士の話じゃないぞと勘違いに気づく。

ラップのリリック作りに熱心な北鎌倉学院高校の生徒、羽田融役に村上虹郎。その高校で剣道部のコーチをしている、アルコール依存症の警備員、矢田部研吾役に綾野剛

この世代の異なる二人の剣士が斬り合う覚悟でぶつかる剣豪の物語だ。

剣道の映画とはいっても、『武士道シックスティーン』『てっぺんの剣』などとはだいぶ違い(どっちも女剣士は北乃きいだな)、武士道の爽やかさや健やかさとは無縁の話。

竹刀を放り出して木刀で勝負をするような、斬るか斬られるかの戦いを好む剣術使いの話となっている。

羽田融は剣道の心得も興味もない、ラッパーに憧れる硬派な音楽小僧だったが、剣道部員に因縁をつけられて竹刀を持たされたことで、何かが覚醒する。

(C)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

剣道のイロハも知らない若者だが、剣をもったら相手を殺さずにはいられない、狂気的な執着心と、それを支える天性の運動神経の持ち主。

普通なら、その対戦相手というか好敵手は同じ高校生になるところだが、羽田が意識する相手は矢田部研吾、アル中のコーチだ。

研吾は幼少期から、殺人刀の遣い手で知られた父、将造(小林薫)に手厳しく剣道を指導された。かなりのスパルタだ。

二言目には「剣を取れ!研吾」と言ってビシビシ叩く。まるで、『かくかくしかじか』「いいから描け!」と竹刀片手に永野芽衣に絵画指導する大泉洋だ。

だが、青年に成長した研吾は、面をつけない勝負で木刀で父と打ち合い、植物人間にしてしまう。それ以来、研吾は酒におぼれ、失職の末、大船のルミネで警備員をやっている。剣の腕は確かで、常に相手を斬り殺すことしか考えていない。

二人の荒くれどもを手玉にとって、あれこれと指示を飛ばすのが、寺の住職で剣豪でもある光邑雪峯(柄本明)。剣道部の指導者でもあり、矢田部父子の師匠でもある。

(C)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

「俺と勝負してくださいよ」

相手を殺さずにはいられない研吾に同類の匂いを嗅ぎ取ったのか、融は夜中に研吾の家に押しかけては勝負を挑む。

一方、アルコール依存症の研吾には融は刺客にしか見えず、コーチの立場など忘れて本気で殺しにかかる。

を演じた村上虹郎には剣道の心得があり、素人の竹刀さばきをするのに苦労したそうだ。私には剣道の技量を見抜く眼力はないが、素人目にも彼の動きには天才肌の何かを感じる。

そういえば彼は『るろうに剣心』沖田総志『燃えよ剣』では人斬り以蔵を演じていたな。

(C)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

研吾役の綾野剛の竹刀さばきは、素人目にも相当荒っぽい。おまけに、竹刀片手に殴る蹴るの喧嘩殺法で、本当はどれだけ剣術の腕が立つのかよく分からなかった。

殺し合ったけれども、憎み合っていたわけではない、研吾と父親との親子関係というのが、結構泣かせる。

綾野剛小林薫は、同じ熊切和嘉監督の『夏の終り』で一人の女を取り合う役で共演。近年でも『でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男』で被告と弁護士という関係でがっつり共演し、息の合ったところを見せる。

幼少期から鬼のような父親に鍛え抜かれた殺人マシーン。言ってみれば、星飛雄馬が父の一徹を半殺しにしてから酒浸りの廃人同様になったような男が研吾。

一方、努力もしないが天性の素質だけでスターになれてしまう花形満系の若者が融。この二人がぶつかり合う話といえば、伝わりやすいか。

剣道そのものを映像で見せてくれるだけでなく、台風の晩に二人が斬り合った後になぜか桜の花びらが舞い落ちるという粋な演出もあったりして、凝っているところは凝っている。

冒頭でラップを披露する融も結構本物っぽい。そうか、村上虹郎は、俳優の父・村上淳だけでなく、母である歌姫UAの血も受け継いでいるのだから、当然か。

惜しまれるのは、この融のラップのリリック好きの一面が、深堀りされていなかったこと。例えば、光邑和尚から聞く、難しい言葉をリリックのネタ帳にいろいろ集めてみたり、口ずさんでみたり。

また、北鎌倉や大船を舞台にしている感じは思ったよりも希薄だった。背景に大船観音が登場するカットはあったが、ルミネウィングも名前としては登場せず、ちょっと寂しい。

融の普段の学校生活が殆ど描かれないこと(そのくせ、バンド仲間が冴えないナンパ野郎にされている)、研吾の、恋人と思しきカズノ(前田敦子)や父の愛人(風吹ジュン)に対する扱いがひどく、原作以上にダメ男となっていることなど、気になる点はある。

(C)2017「武曲 MUKOKU」製作委員会

だが、熊切和嘉監督には、こういう破滅型のひりひりした人生を歩む人たちのドラマを、もっと撮ってほしい。

『658km、陽子の旅』は彼らしい佳作だと思ったが、『#マンホール』『ゼンブ・オブ・トーキョー』熊切監督が撮る意味がよく分からない。

はたして最新作、『神社 悪魔のささやき』は、どうなることやら。