『酒井家のしあわせ』
呉美保監督の長編デビュー作。家族のしあわせとはなにかを問いかける、心がほっこりする家族ドラマ
公開:2006年 時間:102分
製作国:日本
スタッフ
監督: 呉美保
キャスト
酒井次雄: 森田直幸
酒井照美: 友近
酒井正和:ユースケ・サンタマリア
酒井光: 鍋本凪々美
麻田武: 三浦誠己
筒井秋: 谷村美月
田上一成: 栗原卓也
田上百合子: 濱田マリ
菅原和吉: 赤井英和
藤田先生: 本上まなみ
堤先生: 高知東生
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
一見ごく普通の家族・酒井家。中2の次雄(森田直幸)と妹・光(鍋本凪々美)、母・照美(友近)、父・正和(ユースケ・サンタマリア)の4人家族は関西のとある小さな町に住む。
しかし実は照美は再婚で、次雄は事故死した前夫の連れ子。光は父親違いの妹という、ちょっと複雑な家庭。次雄はそういう家族関係を近頃ウザく感じ始めていた。
そんなある日、正和が突然家を出て行くと言い出す。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
呉美保監督のデビュー作
呉美保監督の長編デビュー作。代表作となった『そこのみにて光輝く』や『きみはいい子』などを始め、監督の作品は心がひりひりするような家族ドラマが多いのだが、本作に登場する酒井家の人々は、後続の作品に比べるとだいぶしあわせな家族の部類だ。
◇
とはいえ家庭のなりたちは複雑で、主人公の中学生・次雄(森田直幸)は再婚した母・照美(友近)の連れ子。彼女は交通事故で前夫と長男を亡くしている。
電撃的な出会いで工務店に勤める正和(ユースケ・サンタマリア)と再婚し、妹の光(鍋本凪々美)が生まれる。正和は早くに両親を亡くしており、親のウザさが分からないという。
これが酒井家だ。関西の住宅街の一戸建てに暮らす。ロケ地は三重県伊賀市。実家はそこで焼肉屋を営むという呉美保監督の故郷らしい。

一人だけ関西弁を使えない正和は、愛妻家のようだが、家族の世話で忙しい照美は素っ気なく、賑やかに家事を切り盛りする。
20年前だから友近も若い。映画のメインキャストは初めてだろうか。いかにもその辺に居そうな主婦をリアルに演じる様子が、コントのようでもある。
◇
反抗期真っ盛りの中2病サッカー少年・次雄役に森田直幸。翌年には大林宣彦監督の『転校生-さよなら あなた』に主演するが、呉美保監督は大林組出身という縁もあり、本作の演技で抜擢されたのだろうか。
いずれにせよ、呉監督が一念発起して、安住の地だった大林組のスクリプターを辞めて夢を追いかけたおかげで、我々はいくつもの良作に出会えているわけである。

突如家を出る父
次雄は同じサッカー部に所属する次雄の親友・田上一成(栗原卓也)といつもつるんでいて、そして、ちょっと不思議キャラの女生徒・筒井秋(谷村美月)には積極的にアプローチをかけられる。
谷村美月は中学生の頃からあまり顔立ちが変わっていないのに驚く。そんな可愛い彼女に攻勢をかけられても、意地を張って冷静さを装う次雄が何ともガキっぽい。
そして、ワカメちゃんカットで天真爛漫な幼い妹の光(鍋本凪々美)。ホントに実写版『サザエさん』でワカメちゃんをやってた子だった。
ここまでは、わりとありがちな家族ドラマのようだったが、突如そこに非日常な出来事が訪れる。父・正和が無言で荷物をまとめているのだ。
「好きな人ができて、家を出て行くんやて」
あきれたように母・照美がいう。ここから先の展開は読めなかった。ユースケ・サンタマリアなら、何が起きても不思議じゃない気がしてしまうのだ。

今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
相手は麻田クンやで
この映画の劇場予告を観ると、もう始めからストーリーがバレバレなことに驚くのだけれど、まだ呉美保監督もデビュー作なので無名だろうし、ある程度は内容を明かさないと客が入らないという事情があったのだろう。

好きな人ができて出て行く父は、若い女に走るのかと思って観ていると、母が「相手は麻田くんやで、しかも」と呆れた様子で語る。
これは意外な展開だった。麻田くん(三浦誠己)とは、工務店で正和が子分のように使っている後輩社員の青年だ。
三浦誠己が演じる若者がゲイだといわれると、何となく肯けるのだが、ユースケ・サンタマリアはキャラ的にちょっと違うんじゃないかという気はした。
◇
でも彼が演じる役には、正体不明な感じがつきまとうし、60歳過ぎのお父さんが息子にカミングアウトする映画も、かつて見た記憶はある。
だから、不思議ではないのかと信じて見続けると、次雄は家を出た父に祭りで偶然再会する。
祭りでみつけて次雄が追いかけた父。そのそばで麻田くんが<病院>という言葉をうっかり口にする。この時はつい聞き流してしまったが、次雄はそれに気づき、後日、麻田くんを問い詰める。

父のついていた嘘
更にネタバレになるが、早死にする家系に生まれた父は重い病気を患い、それを知られぬようにゲイだと偽って家を出たのだ。
なぜそこまでするのか。愛する妻に、夫を亡くす哀しみを二回も味わせたくなかったのだ。夫が若い男と出て行く方が傷つく気もするが、泣かせる話ではある。
ユースケ・サンタマリアが演じると、あり得る話にも思えるし、相手が友近なのでウェットな雰囲気にならないのもよい。
原作があるのかと思ったら、呉美保監督自身がこれをノベライズして作家デビューを果たしていた。
こんな家庭でひとりで思い悩んで行動する次雄だが、何もかも分かって、夫の入院する病院に近い大阪に引越しをしようとしていた母。やはり中坊はまだ、偉大な母親には勝てないのだ。

- 照美の実家で天ぷら屋を営む祖父(笑福亭仁鶴)とその長男(山田雅人)、そして孫(山本浩司)の親子喧嘩を見て、家族の思い出がない正和が笑い転げる。
- 次雄が死んだ前父の弟にあたる叔父(赤井英和)の家を訪ねて、認知症の祖父との生活を目の当たりにする。
- 次雄の担任の先生(本上まなみ)がクラスで妊娠したことを発表する。
途中にはさまれるエピソードは、家族のあり方みたいな意味を込めたかったのだろうが、どれもあまり効果的とは思えなかった。もう少し膨らましてくれればよかったのに。

次雄と筒井さんとの関係も恋仲にはなっておらず、そこは中学生っぽくてよい。
終盤で引っ越していく次雄を自転車で追いかけてくる筒井さんと親友の田上が、「実は俺たち付き合い始めました」と次雄に宣言するのには笑。
でも、筒井さんは次雄の部屋でちゃっかり彼の唇を奪っていたことが最後に判明。谷村美月、なかなかの行動派であった。
監督デビュー作ながら自然体。山崎まさよしの音楽とも相まって、心がほっこりと安らぐ家族ドラマになっている。
