『フロントライン』
豪華客船ダイヤモンド・プリンセスで起きた、日本初の新型コロナウイルスの集団感染を描く。
公開:2025年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ
監督: 関根光才
脚本: 増本淳
キャスト
結城英晴: 小栗旬
仙道行義: 窪塚洋介
立松信貴: 松坂桃李
真田春人: 池松壮亮
羽鳥寛子: 森七菜
河村さくら: 美村里江
報道関係者
上野舞衣: 桜井ユキ
轟: 光石研
宮田: 滝藤賢一
六合承太郎: 吹越満
スタッフ勝手に評点:
(オススメ!)

コンテンツ
あらすじ
2020年2月3日、乗客乗員3711名を乗せた豪華客船が横浜港に入港した。香港で下船した乗客1名に新型コロナウイルスの感染が確認されており、船内では100人以上が症状を訴えていた。
日本には大規模なウイルス対応を専門とする機関がなく、災害医療専門の医療ボランティア的組織「DMAT」が急きょ出動することに。
彼らは治療法不明のウイルスを相手に自らの命を危険にさらしながらも、乗客全員を下船させるまであきらめずに闘い続ける。
レビュー(ネタバレあり)
淡々と描かれる船内の真相
豪華客船ダイヤモンド・プリンセスで日本初の新型コロナウイルスの集団感染が発生し、世界各国からの乗客・乗務員3,700名の対処がどうなるか、日本中が注目していたのは、ほんの5年前のことだ。
この映画に登場する災害派遣医療チーム(DMAT)の面々ほか、関係者の勇気ある尽力がなければ、想像を絶する悲惨な事態を巻き起こしていたかもしれない。
それなのに、我々の多くは、この映画に描かれていたような、当時船内で繰り広げられていた奮闘の実態を知らずに、今のマスクなしの生活を謳歌している。これは映画として後世に残すべき作品だと思った。

ドキュメンタリーではないが、派手めな演出でデフォルメしていない制作姿勢にも大いに好感が持てる。
本作上映前に『TOKYO MER』の新作映画の劇場予告が流れたが、同じパニック映画でも、この映画には噴火も地震も火災も起きない。発生するのは新型コロナウイルスと呼ばれるようになる、未知のウイルス感染だけだ。
血を吐くでもなく、ましてゾンビになるわけでもない。映画的には地味な作品かもしれない。だが、我々はうんざりするほど、こいつの恐ろしさを学んだ。だから、静かに淡々と描かれるこの船内感染と世間の過剰な騒ぎに、5年たってもまだ戦慄を覚える。

メインキャストがみな素晴らしい
主人公の結城(小栗旬)は普段は湘南市民病院で部長を務める救急医だが、緊急事態にはDMATの指揮官となる。感染対応は彼らの本来職務ではなく専門医でもないが、人道的見地から、結城は任務を引き受ける。
『TOKYO MER』の鈴木亮平同様、主演の小栗旬がフロントラインで陣頭指揮を執るものだと当然思うではないか。だが、彼は神奈川県庁の対策本部からPC越しに指示を出すのだ。これは意外だった。
だが、現場から離れて指示をする指揮官の存在は、この手の映画に厚みを持たせる重要なポジションで、小栗旬演じる若き指揮官には頼り甲斐があった。

船内のフロントラインでDMATメンバーの陣頭指揮を執るのは仙道(窪塚洋介)。彼の存在感は絶大だった。地上での調整事は結城にまかせて、目の前の患者のことだけを考えて迅速かつ的確に指示を出す現場のボスだ。
「結城ちゃん、現場で見てないのに、何でそんなこと言えんの?」
いつもの窪塚洋介のユーモラスな一面をわずかに残しつつも、いつ感染するとも分からない環境下で冷静に動く指揮官。カッコよさを感じさせるキャラだが、決して盛りすぎてはいない。

DMATメンバーとして真摯に患者と向き合う医師の一人、真田(池松壮亮)。自分にも妻と娘がおり、家族に風評被害が及ぶことを心配しつつも、目の前の仕事を疎かにせず、命がけで治療にあたる。
けして感情の起伏を見せない人格者キャラだけに他の個性的なキャラに埋もれがちな役だが、池松壮亮のナチュラルな芝居が、作品に説得力を与える。

そして厚生労働省から対策本部にやってきた男・立松(松坂桃李)。
冒頭の対策本部会議では、「国内に感染を持ち込まないこと」を最優先に結城と口論する堅物官僚のポジションだったが、彼とて、国民のためを思って公僕になった男であり、次第に結城の考えに同調していく。
時代劇ではあるが、松坂桃李は『雪の花』では感染症に立ち向かう熱血漢の町医者役だったが、あまりに人格者ではつまらない。本作の立松のような、ちょっと食えない役人だが実はいいヤツというのが、一番彼に似合うキャラではないか。

我々は風評に振り回されていた
関根光才監督はミュージックビデオの世界で活躍している人というイメージで、前作『かくしごと』も出来ばえとしては中途半端に感じたのだが、本作のような骨太で派手さのないパニック映画を、ここまで緊迫感溢れる作品に仕上げるとは畏れ入った。
◇
中国のロウ・イエ監督が新作『未完成の映画』で中国でのコロナの恐怖を描いている。
それはそれで斬新だとは思ったのだが、あちらではホテルに隔離された登場人物たちが、オンライン飲み会に明け暮れている。本作のDMATたちの命がけの活躍を見てしまうと、コロナの時代の記録としては、こちらに軍配があがる。
ネタバレというか事実に基づく話だが、感染学の権威の先生(吹越満)が船内に立ち入り、「ゾーニングの切り分けという基本動作ができておらず、感染が怖い環境」という動画をアップしたことで、世間に動揺を与える。
指摘は事実とはいえ大袈裟な内容で、頼まれてもいないのに船内に入った教授が専門知識を振りかざしただけの迷惑行為のように描かれていた。
当時のこの動画自体は覚えていたが、騒動がどう決着したのかは記憶にない。映画のヒットで、教授の古傷に再び塩が塗られることになるのではと少し気になった。

乗員乗客の苦労、そしてマスコミ
本作でメインに描かれるのはDMATの面々の頑張りであるが、医療従事者のみならず、ダイヤモンド・プリンセスのクルー・メンバーの健闘も、想像を上回るものがあった。
映画では、医師と患者の間の通訳を担う羽鳥寛子(森七菜)とフィリピン人女性スタッフの二人が懸命に働いていた。自分たちだって疲弊しているのに、何週間も船内から出られず苛立つ乗客たちに笑顔でサービスを提供する心労は察するに余りある。

フランス語が伝わらなくてDMAT医師にキレる乗客のシーンも、見ていてつらかった。それにしても、最後に下船したという船長はなぜか登場してこなかったが、見せ場がなかったのか。ややバランスを欠く。
◇
終盤、下船した大勢の隔離患者を受け入れてくれた、開業前の愛知の大病院。医師は滝藤賢一。何人も重症患者が出てきて、「話が違うぞ、こんなに受けられるか」と苛立つ滝藤賢一は悪人キャラなのかとヒヤリとしたが、最後は打ち解け合う。

結局、最後まで憎まれ役のままなのは、テレビ局のレポーター、上野舞衣(桜井ユキ)の上司で大衆の不安を煽ることだけに躍起になる轟(光石研)だけだった。いや、ホントにおぞましいほどにマスゴミだったな。
◇
無事に乗員乗客全員を下船させたあと、結城は戦友となった立松に語りかける。
「厚労省で偉くなれよ」
「踊る大捜査線」で織田裕二がギバちゃんに言う名台詞「室井さん、現場のオレ達が正しいことが出来るように偉くなってください」を思い出す。
ともかく、DMATの皆さん、お疲れさまでした。この映画がシリーズ化しない、平和な世の中でありますように。