『三度目の殺人』
是枝裕和監督が役所広司と初タッグ。裁判制度の不条理にメスを入れた社会派ドラマ。
公開:2017年 時間:124分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 是枝裕和
キャスト
三隅高司(被告人): 役所広司
重盛朋章(弁護士): 福山雅治
摂津大輔(弁護士): 吉田鋼太郎
川島輝(弁護士): 満島真之介
服部亜紀子(事務員): 松岡依都美
山中咲江(被害者の娘): 広瀬すず
山中美津江(被害者の妻): 斉藤由貴
重盛結花(朋章の娘): 蒔田彩珠
重盛彰久(朋章の父): 橋爪功
小野稔亮(裁判官): 井上肇
篠原一葵(検察官): 市川実日子
渡辺(元刑事): 品川徹
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
勝利にこだわる弁護士・重盛(福山雅治)は同僚の摂津(吉田鋼太郎)に懇願され、30年前にも殺人の前科がある三隅(役所広司)の弁護を担当することになる。
解雇された工場の社長を殺し、死体に火をつけた容疑で起訴された三隅は犯行を自供しており、このままだと死刑は免れない。重盛は、どうにか無期懲役に持ち込もうと調査を開始する。
三隅は会う度に供述を変え、動機が希薄なことに重盛は違和感を覚える。やがて重盛が三隅と被害者の娘・咲江(広瀬すず)の接点にたどりつくと、それまでと異なる事実が浮かび上がっていく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
裁判制度の不条理を斬る
是枝裕和監督による法廷心理ドラマ。殺人容疑の被告人に是枝組初参加となる役所広司、弁護士には『そして父になる』以来の福山雅治、そして被害者の娘に『海街Diary』の広瀬すずという、強力な布陣。
本作で是枝監督が描こうとしたのは、現実味のある法廷劇であり、ドラマで見慣れた検事と裁判官の丁々発止や鮮やかな逆転判決などではないようだ。
その点、役所広司の出世作『Shall we ダンス?』を撮った周防正行監督が、痴漢冤罪を題材に裁判制度の不条理を世に問うた『それでもボクはやってない』に通ずるものがある。
『三度目の殺人』海外版『THIRD MURDER』ポスター新ビジュアルです。 pic.twitter.com/vyTF1SDMGD
— 是枝裕和 (@hkoreeda) September 27, 2017
現実社会の裁判では、切り札の新証拠や新証人でどんでん返しなど起こり得ず、裁判官・検事・弁護士が事前に論点や方向性をすり合わせて公判を進める。
立場は違えど、司法を遅滞なく進行させる点では利害が一致しており、そこに真実を追究しようという姿勢はみられない。
本作でも、青臭い意見を吐いて、真実にこだわるのは若手弁護士の川島(満島真之介)だけだ。検察官の篠原(市川実日子)も一瞬、法の番人らしい振る舞いを見せるが、すぐに先輩検察官に懐柔される。

死刑必至の二度目の殺人
さて、このように流れ作業や予定調和で進められる裁判員裁判制度の中、本作ではどのような事件が裁かれるのか。
30年前に北海道留萌で二人の男を殺め、服役していた三隅高司(役所広司)が出所後の勤務先・山中食品の社長の金品を奪い、殺して河原で燃やす。
本人の自供もあり死刑必至の状況だが、重盛(福山雅治)は、同期の摂津弁護士(吉田鋼太郎)に懇願され本件を引き受ける。
重盛はわずかな手がかりから、強盗目的の殺人ではなく、「殺した後に財布を見つけ盗んだのではないか」、「殺人は怨恨の線ではないか」と仮説を立て、立証を試みる。
これは、名探偵が真相を究明するのではなく、その線で論陣を張れないかという、法廷戦術である。重盛には真実に興味はなく、被告の死罪が免れればそれでよいのだ。同じ殺人でも強殺よりも怨恨の方が罪が軽いとは。
だが、重盛には接見する三隅の様子が気になる。減刑を望んでいるようには見えず、弁護士には語っていない、被害者の妻・山中美津江(斉藤由貴)との関係が週刊誌記事になり、保険金目当ての委託殺人の線も浮上する。

接見のたびにのらりくらりと質問をかわし、得体の知れない三隅。役所広司ならではの変幻自在な演技。一体どこに真実があるのか。
被害者の娘、山中咲江(広瀬すず)がなぜか容疑者の三隅のアパートを頻繁に訪れ、楽しそうに談笑していたと分かる。
彼女は北大を目指して受験勉強中だ。母親(斉藤由貴)も若い頃『雪の断章 情熱』で北大受験していたが、ここでの繋がりは母子よりも、三隅が北海道出身ということだろう。
この咲江がある日、弁護士たちに打ち明けた内容から、法廷戦術は迷走することになる。
今更レビュー(ここからネタバレ)
以下、ネタバレになるので、未見の方はご留意願います。
真実はどこにある
被害者の妻・美津江と三隅との怪しいメールの授受、そして受託殺人の前金と見られた50万円の入金は、山中食品の扱う小麦粉の産地偽装に絡むものだった。
一方、咲江は中学生の頃から、父親に性加害を受けており、誰にも相談できず苦悩していた彼女が、それを打ち明けたのが三隅だった。
自分の犯した罪で実の娘とは断絶状態にある三隅は、咲江と父娘の関係を取り戻したかのようだ。彼女が実父殺しを持ち掛けたのか、三隅が察したのかは不明だが、彼女を助けるために三隅が被害者を殺害し燃やしたことは想像に難くない。
これはいけると、重盛は思っただろう。受託殺人、しかも咲江の救済ならば、減刑をねらえる。

だが、当の三隅本人は、「そんなのでたらめですよ。あの子は嘘をつくんです」と否定し、更には「私は殺していない。河原にさえ行っていないんだ!」とこれまでの発言を覆す。
争点ではなかった犯人性を突如持ち出すのは不利になるからと、法廷戦術を練る重盛に対し、「そんなことはどうでもいい!」と真実にこだわり一喝する三隅。このあたりから、三隅の存在は神格化していくように見える。
重盛にも関係がうまく行っていない年頃の娘(蒔田彩珠)がおり、彼もまた三隅と同じ北海道出身だ(実際には福山も役所も長崎出身)。そんな三隅が咲江と信頼関係を構築していることに羨望があったのかもしれない。
夢の中で重盛は、三隅と咲江とともに雪合戦を楽しんでいる。雪原に大の字に寝転がる重盛に対し、三隅と咲江は罪を背負った共犯者のように、十字架に磔になった姿で横たわる。
「本当のことを教えてくれよお!」
有利な判決にしか関心がなかった重盛はいつしか、三隅にすがるようになっている。
法廷劇のようでいて、むしろ接見室にドラマがあり、室内のガラスへの映り込みで三隅と重盛を重ねてみたり、天井から陽射しを注いでみたり、凝ったカメラワークが美しい。
謎を解かないガリレオ
是枝裕和監督は、法廷の弁論も判決も、ましてや真犯人が誰かさえも、あまり興味がないようにみえる。
三隅が河原での殺人を否認したことは、盗んだ財布がガソリン臭いのだから、まず偽証だ。三隅がそれを言い出したのは、自分の減刑のために、咲江に父親からの性被害を証言させて傷つけたくなかったのだろう。
だが、それも推論に過ぎない。この映画では、真犯人について言及されないのだ。
真実性ではなく、公判の維持・運営が何よりも優先される世界の不条理を映画で訴えたいという是枝裕和監督のねらいは、なるほど強く伝わってきた。

だが、画面の中央に福山雅治がいれば、我々はガリレオの名推理をどうしても期待してしまう。
そもそも冒頭には三隅の河原での殺人シーンがあるし、中盤には咲江との共犯を匂わせるシーンもある。今回は、その解明がないモヤモヤ感を、これはミステリーではないからと自分に言い聞かせられるかで、評価が分かれるところだ。
是枝監督によれば、公判の最終弁論で福山雅治が長い台詞を覚えて臨んだワンカットのシーンがあったそうだ。素晴らしい出来だったが、ない方が本来伝えたかったテーマが明確になると思い、カットしたという。いや、これはぜひ見てみたかった。

「あなたは、ただの器?」
最後の接見で重盛が呟く。三隅は誰かの殺意を愚直に実行に移してしまう、ただの殺人兵器だったのか。
彼が一羽だけ殺さずに逃がしたカナリアが咲江を意味することは、死刑宣告後に彼女の前で想像の鳥を解放したことからも明らかだろう。
『三度目の殺人』とは何か。最初の事件で二人死んでいるから、今回のが『三人目の殺人』なのかと思ったが、どうやら違う。三隅が死刑判決を受けたことこそが、公判を使った『三度目の殺人』なのではないか。
そして、三隅を死刑囚にした重盛は、まるで罪の十字架を背負うかのように、ラストシーンで十字路に佇んでいる。