『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』考察とネタバレ|答えは風に吹かれている

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』
A Complete Unknown

ティモシー・シャラメが若き日のボブ・ディランを演じた渾身の音楽映画、心して聴くべし

公開:2025年 時間:141分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:     ジェームズ・マンゴールド
原作:       イライジャ・ウォルド

      『Dylan Goes Electric!』
キャスト
ボブ・ディラン:  ティモシー・シャラメ
ピート・シーガー: エドワード・ノートン
トシ・シーガー:       初音映莉子
シルヴィ・ルッソ:   エル・ファニング
ジョーン・バエズ:   モニカ・バルバロ
ジョニー・キャッシュ:

          ボイド・ホルブルック
アルバート・グロスマン:ダン・フォグラー
ウディ・ガスリー:スクート・マクネイリー

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2024 Searchlight Pictures.

あらすじ

1961年の冬、わずか10ドルだけをポケットにニューヨークへと降り立った青年ボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)

恋人のシルヴィ(エル・ファニング)や音楽上のパートナーである女性フォーク歌手のジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)、そして彼の才能を認めるウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)やピート・シーガー(エドワード・ノートン)

先輩ミュージシャンたちと出会ったディランは、時代の変化に呼応するフォークミュージックシーンの中で、次第にその魅了と歌声で世間の注目を集めていく。

やがて「フォーク界のプリンス」「若者の代弁者」などと祭り上げられるようになるが、そのことに次第に違和感を抱くようになるディラン。高まる名声に反して自分の進む道に悩む彼は、1965年7月25日、ある決断をする。

レビュー(まずはネタバレなし)

すげえよ、ティモシー・シャラメ。けして本人にそっくりという訳ではないのだろうが、見た目も歌も、完全にボブ・ディランに成りきっているように思える。

2015年に出版されたイライジャ・ウォルド『Dylan Goes Electric!』を原作に、ボブ・ディランの若き日の姿を描いた作品。勿論ボブ・ディランは知ってはいるものの、分かるのはメジャーな曲程度なのが、とても悔しい。

彼のアルバムだとか、作品に登場するこの時代のフォークシンガーだとかを、もう少し知っていれば、この映画は更に何倍も面白くなったと思う。反応が良かったシニア層のお客さんたちがちょっと羨ましい。

映画は冒頭、1960年代初めのマンハッタンにヒッチハイクしたクルマから降り立つボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)。この時代の町並がきちんと美しく再現されているのは、さすがハリウッド映画。

(C)2024 Searchlight Pictures.

貧乏なボブが目指すのは、憧れのフォーク歌手、ウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)の入院先の病院。

そして病室には、同じ音楽仲間のピート・シーガー(エドワード・ノートン)もいて、彼らの前でボブはガスリーに捧げる一曲を披露する。

”Hey, hey, Woody Guthrie, I wrote you a song!”

独特の声質からハーモニカまで、ボブ・ディランと一体化したようなティモシー・シャラメ。病室の一曲を皮切りに、映画の中では40曲を歌いまくる。

これ、ギターやハーモニカの演奏も自分でやっているのかな。でも、歌だけでも凄い。コロナ禍の頃にシャラメは、家の中でひたすらディランを聴きまくり、歌いまくっていたそうだ。練習は嘘をつかない。

自慢じゃないが、ウディ・ガスリーの名は、ハル・アシュビー監督の『ウディ・ガスリー わが心のふるさと』 (1976)でしか知らなかった。

病床のガスリーと、ボブの良き支援者となるシーガー、そして当時売れっ子の女性シンガー、ジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)らとの出会いによって、次第にボブはその才能を世間に認められていく。

ピート・シーガーを演じたエドワード・ノートンは、最近はウェス・アンダーソン監督作品のチョイ役出演が多かったが、久々に堪能。今回老け役メイクのせいか、井上順に見えて仕方ない。

妻のトシ・シーガー役には『月と雷』初音映莉子が大抜擢。彼女、『ノルウェイの森』にも出てたね。あっちはビートルズだけど。

女性フォーク歌手バエズ役のモニカ・バルバロは、『トップガン・マーヴェリック』のエリート訓練生のひとりか。

(C)2024 Searchlight Pictures.

監督は映画職人ジェームズ・マンゴールド。ついこの間、超娯楽アクションの『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』を撮っていたかと思えば、今度は渋い音楽映画。

でも、以前にも、ジョニー・キャッシュ(本作ではボイド・ホルブルック)の半生を描いた『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』を撮っているから、この手の作品も得意分野なのだ。ちなみに次は『スターウォーズ』新作の予定。

売れない時代からディランを励まし支えた恋人は、実在の芸術家スーズ・ロトロをモデルにしたシルヴィ・ルッソ(エル・ファニング)。シルヴィは途中でディランと別れてしまうのだけれど、それでも惹かれ合い続ける関係が泣かせる。

ティモシー・シャラメエル・ファニングは、『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2019、ウディ・アレン監督)以来の恋人同士ということになるか。思えば、シャラメはあの時のかすれ声でピアノの弾き語りをしていた。

核戦争を間一髪で回避したキューバ危機、ケネディ大統領の暗殺。時代は変わろうとしている。エレキかアコギか。フォークかロックか。音楽の世界も大きく揺れているが、ディランは意に介さない。

自分にとって、カタチはどうでもいい。自分の魂の叫びが、歌が、相手の心を揺さぶるかどうかがすべてなのだ。

「俺はどこに行っても『風に吹かれて』しか歌わせてもらえないのかよ」

転がる石のように変わり続けて新曲を歌うのが信条ボブ・ディランにとって、2016年にノーベル文学賞を受賞したことは素直に喜べないことだったのかもしれない。

(C)2024 Searchlight Pictures.

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

ディランは絶大な人気のポップスターになっていくが、ニューポートのフォークフェスティバルでちょっとした諍いが起きる。

俺の音楽には、フォークだのロックだのといった肩書不要」と思っていたディランは、エレキギターでロックを歌うが、「フォークフェスの趣旨に反する」と一部の聴衆からはブーイングが起き、モノが投げられる。

アニメ映画にもなった『BLUE GIANT』にも、原作コミックの中に、ロックフェスでジャズを吹いて受け容れられるか勝負に出るエピソードがあった。ディランの一件が元ネタかもしれない。

(C)2024 Searchlight Pictures.

結局、音楽でも映画でも、万人にウケるものは嘘くさいし魅力がない。ディランのバンドに対するフェスの聴衆のリアクションのように、賛否両論が激しく拮抗するのが、ある意味理想なのだと思う。

ところで、シルヴィとの別れの場面で、ディランが二本の煙草を咥えて火をつけて、一本を彼女に渡すシーンがある。

公開日現在、本作とアカデミー賞作品賞等を競っている一本、『ANORA アノーラ』にも、まったく同じことをするシーンがある。しかも、演じているのは、<ロシアのティモシー・シャラメと呼ばれる若手俳優なのだ。

時代設定は60年も違うのに、似たような青年が同じ仕草をするのには驚いた。

(C)2024 Searchlight Pictures.

同じイケメン俳優がロックスターを演じた作品といえば、オースティン・バトラー『エルヴィス』(2022)がある。あの映画もよい出来ばえだったが、プレスリーの最期が悲惨だったため、映画全体のトーンが暗鬱としている。

それに比べると、齢80歳を超えても元気に活動している音楽界のレジェンド、ボブ・ディランの伝記映画は、勢いのあるまま映画が幕を閉じるので、観ている方も元気がもらえる。

映画を観終わってから、ディランの歌が頭の中でずっとリフレインしているのだが、この、曲のフレーズが耳から離れない症状を、まさにディラン効果というらしい。答えは耳にこびりついている。