『北北西に進路を取れ』
North by Northwest
ケーリー・グラント主演、ヒッチコック監督お得意の巻き込まれ系サスペンスの秀作
公開:1959年 時間:136分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: アルフレッド・ヒッチコック
脚本: アーネスト・レーマン
キャスト
ロジャー・ソーンヒル:
ケーリー・グラント
イヴ・ケンドール:
エヴァ・マリー・セイント
ヴァンダム: ジェームズ・メイソン
レナード: マーティン・ランドー
ロジャーの母:
ジェシー・ロイス・ランディス
教授: レオ・G・キャロル
ジャンケット警部: エドワード・ビンズ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
NYで広告会社を経営するロジャー(ケーリー・グラント)は、ある日まったくの別人と人違いされて誘拐され、タウンゼントという男に追われる羽目になる。
国際的な陰謀に巻き込まれ、命を狙われ、さらに無実の罪を着せられてしまったロジャーは、ニューヨークからシカゴ、サウスダコタのラシュモア山まで各地を転々とし、追われながらも真犯人を追っていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
巻き込まれ系サスペンスの傑作
アルフレッド・ヒッチコック監督の得意とする、いわゆる巻き込まれ系のサスペンス映画。
NYの広告会社社長ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)がホテルのラウンジでいきなり銃を持った男に連行され、カプランという全くの他人に間違われて殺されそうになる。
◇
まさに『間違えられた男』だが、その題名は既に使ってしまっているから、今回は『北北西に進路を取れ』。
原題の” North by Northwest”というのは方角の英語表現としては正しくないそうだが、それよりも、邦題に付した『進路を取れ』の響きがカッコいいじゃないか。
その点、現代は味気ないが、ソール・バス製作のタイトルデザインは、相変わらず洗練されている。
主演は『泥棒成金』(1955)以来の起用となるケーリー・グラント。前作『めまい』(1958)のジェームズ・ステュアートが出演を熱望したが、より若作りで恋愛ドラマ向きと思われたグラントが選ばれる。
まあ、それでも相手役の謎の女イヴ・ケンドール(エヴァ・マリー・セイント)が26歳の設定では、年齢差が大きすぎて鼻白むが。
マーティン・ランドーがいい!
ロジャーは拉致されてタウンゼントという男(ジェームズ・メイソン)の屋敷に連行され、「どこまで情報をつかんでいるのか吐け」と脅迫される。
人違いだと言っても信じてもらえず、バーボン一本(ノーチェイサーで!)痛飲させられ、泥酔状態でクルマごと沈められそうになる。
『スタア誕生』のジェームズ・メイソンも悪役としてなかなかいいが、彼の補佐役の苦み走った男レナードを演じているのは、『スパイ大作戦』の私の推しメン、マーティン・ランドーではないか!
#SondageMason comme @zombylamouche @tbarnaud #NorthByNorthwest pic.twitter.com/KAhEBM0TtE
— HC (@HHELCAY) July 27, 2024
ロジャーは泥酔状態のままメルセデスで夜道をとばし(これはスリリング!)、警察に逮捕されたことで、どうにか命拾いする。だが、殺されかけた話は警察に信用されず、後日タウンゼント家に警察と訪れても証拠はない。
間違えられたカプランの泊るホテルに行ってもすれ違いで会えず、タウンゼントに会いに国連本部ビル(撮影禁止なので内装はセット)に行けば、それは先日とは別人。
しかも、あろうことか、ロジャーと会話中に本物のタウンゼントは背後から投げナイフで刺され死亡、ロジャーは犯人扱いされ逃げ回る羽目に。
I don’t know who needs to hear this, but if you happen upon a murder, don’t touch the presumed weapon. #NorthByNorthwest #TCMParty #NoirNovember pic.twitter.com/VgM6DDu5xm
— 𝔻𝕖𝕓𝕠𝕣𝕒𝕙 🥃🖊️ (@DADiClementi) November 3, 2024
ヒッチコック作品の不運な主人公に相応しく、負のスパイラルに転落していくロジャー。ここで突如作風が変化する。まずは唐突に米国諜報機関(CIAとは言わないが)の会議室。
教授と呼ばれるボス(レオ・G・キャロル)によれば、タウンゼントに成りすましたヴァンダムという男は敵の親玉で、諜報機関は送り込んでいるスパイの身を守るために、キャプランという架空のスパイを創り出し、敵の注意をそらそうとしていた。
ヴァンダムの人違いで、架空人物のキャプランにはロジャーという実体を与えられてしまったわけだ。気の毒だが、このまま見殺しにするしかない。
ロジャーだがムーアじゃない
いきなりスパイ映画っぽくなったかと思えば、次は逃げ込んだ豪華な寝台列車で、ロジャーがようやくヒロインのイヴ・ケンドールと出会い、彼が殺人の指名手配犯だと知りながら、イヴはロジャーと親密になっていく。
エヴァ・マリー・セイントが若い頃の中原理恵に見えて仕方ない(伝わらないか)。この豪華列車のコンパートメントは『ロシアより愛をこめて』を思わせ、女にモテるわアクションもやるわのロジャーが、さながらジェームズ・ボンドのようである。
諜報機関とボンドガールの登場から、映画は一気に007シリーズに早変わりの様相。とはいえ、時代はまだ、コネリーの『ドクター・ノオ』が公開される前だ。ヒッチコックはこのスパイアクションのジャンルにも先見性があったのかも。
もっとも、回を追うごとに敵組織の行動や標的が荒唐無稽になっていった007シリーズに対し、ヒッチコックのマクガフィンの考え方は合理的だ。敵が何の犯罪者かも、何を狙っているのかも、詳細を明かさないまま。
ヴァンダムは、キャプランがどこまで情報をつかんでいるかを気にするだけだし、骨とう品の中に隠しているのが何のマイクロフィルムかも誰も知らない。それでも、物語は理解できるのだから問題ないのだ。
映画は列車内でのイヴとロジャーの出会いから、突如恋愛モードに切り替わり、やがて「この女が実は自分を狙っているヴァンダムの一味なのではないか」という疑惑モードになる。
そして諜報機関の教授の登場で全てを明かされ、「彼女の正体はスパイであり、キャプランが架空の人物だとバレると殺されてしまう」と知り、彼女を助けようと英雄モードになっていく。
教授がロジャーに説明するシーンに飛行機の騒音が入り、何も聞こえないようになっているのは斬新な技。
軽飛行機の攻撃とラシュモア山
このコロコロと変わる局面の中で、見渡す限りの大平原で農薬散布の軽飛行機にロジャーが襲われるシーンと、イヴと二人で敵の手から逃げようとラシュモア山の4人の偉大な大統領の顔が彫られた岩山を逃げ延びるシーン。
あまりに有名な作品のキービジュアルだが、どちらも盛り上がること必至な名場面で、この作品が、いかにエキサイティングな要素が盛り沢山なのかがうかがい知れる。
前者の軽飛行機に襲われるシーンは、待ち合わせに誘き出されて敵に襲われるとなれば、普通は暗く狭い場所が選ばれるところを、あまのじゃくのヒッチコックは、まっ昼間に地平線が見渡せる場所を選んだ。
しかも敵の襲来前に、まったく無関係な男をバス停の前に立たせて観客の気をそらすところが心憎い。
◇
後者のラシュモア山の岩壁逃亡では、空砲拳銃を使ってロジャーを撃つことでイヴがヴァンダムたちを欺こうするが、レナードに悟られてしまうサスペンス展開がいい。
二人を崖から転落死させることに成功しかけたレナードだが、土壇場で教授が要請した地元保安官の射撃により死に絶える。主人公が自分でケリをつけないところが、スパイ映画との差異か。
彼らを助けてくれたのはよいが、元はと言えば教授たちがキャプランなどという架空のスパイを生み出したから起きた災難だ。この位の救援は当然か。
◇
ラストシーンは、崖からおちそうなイヴをロジャーが引っ張り上げた途端、ロジャーが列車の寝台に新婦のイヴを引き上げる場面に転換する。能天気なシーンだが、これとて007シリーズが長年真似し続けているパターンである。
映画は、列車がトンネルに突っ込んでいくカットで終わる。ヒッチコックに言わせれば、男根が穴を貫くメタファーだそうだ。そう言われると、もはや卑猥なものにしか見えない。