『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』
Joker: Folie à Deux
『ジョーカー』の続編は、ミュージカル+法廷劇の異色ワールド。新たにパートナー役としてレディー・ガガを投入。
公開:2024 年 時間:138分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: トッド・フィリップス
キャスト
アーサー・フレック / ジョーカー:
ホアキン・フェニックス
リー・クインゼル: レディー・ガガ
スチュワート弁護士:キャサリン・キーナー
ジャッキー・サリヴァン:
ブレンダン・グリーソン
ハービー・デント検事:ハリー・ローティー
ゲイリー・パドルズ: リー・ギル
ソフィー・デュモン: ザジー・ビーツ
マイヤーズ看守: スティーヴ・クーガン
ヴィクター・ルー博士: ケン・レオン
裁判長: ビル・スミトロヴィッチ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
理不尽な世の中で社会への反逆者、民衆の代弁者として祭り上げられたジョーカー(ホアキン・フェニックス)。そんな彼の前にリー(レディ・ガガ)という謎めいた女性が現れる。
ジョーカーの狂気はリーへ、そして群衆へと伝播し、拡散していく。孤独で心優しかった男が悪のカリスマとなって暴走し、世界を巻き込む新たな事件が起こる。
レビュー(まずはネタバレなし)
二人で妄想を
タイトルの「フォリ・ア・ドゥ」とは<二人狂い>という意味で、一人の妄想がもう一人に感染し、複数人で同じ妄想を共有する精神障害のことらしい。
映画を観ればなるほどと思うが、ここに説明書が必要なフランス語が相応しかったのかは疑問だ。私はいまだにこのタイトルが覚えられない。
◇
言わずと知れた問題作、『ジョーカー』の続編。監督はトッド・フィリップスが続投、主人公アーサー・フレック を演じるのも、勿論、ホアキン・フェニックス。
<二人狂い>のパートナーには、トッド・フィリップス監督が製作に携わった『アリー/ スター誕生』のレディー・ガガ。彼女が、獄中にいるアーサーと出会い、熱狂的な共感を示す女性を演じている。
彼女の名はリー・クインゼル。のちに、ジョーカーの元カノでスーパーヴィランとして活躍するハーレイ・クインだが、それはまた別のお話。
前作『ジョーカー』は、ゴッサムシティの悪役を描いた作品でありながら、バットマンの姿も出さず(少年時代のブルースのみ)、なぜアーサーがジョーカーに変貌したかをヒーロー抜きで描き切った。
そこにはバイオレンスと狂気が溢れ、悲劇的なヴィランとしてのジョーカーのドラマは、多くの人々を魅了した。
では、続編にあたる本作はどうか。単純に前作を仕立て直しただけの作品なら、ホアキン・フェニックスは出演を了承しなかっただろう。
前作以降、『カモン カモン』の気のいい叔父から『ナポレオン』の主演をはさみ、『ボーはおそれている』では中年太りのマザコン男と、作品ごとに変幻自在な役者バカ、ホアキン・フェニックス。
同じ世界を舞台にしながら、どうやってまったく異なる作品を生み出すか。苦心の末の本作は、ミュージカルと法廷劇を組み合わせたような不思議な世界を構築している。
ザッツ・エンタテインメント
この作風の変化を、受け容れるかが本作の評価の分かれ目だと思う。公式サイトで公開直前に賛否真っ二つというくらいなのだから、万人受けしないことなど、端から承知のうえの作品なのだ。
前作と同じものを期待されると、バイオレンスも狂気も相当に薄まっているので物足りないだろう。前作で生放送中の司会者や地下鉄の酔客など6名を殺したアーサーだが、本作では模範囚であり、殺人鬼として過激化するわけではない。
ただ、ジョーカーという別人格に共鳴したリーと出会い、親密になっていき、妄想が伝播していく。妄想世界の中でミュージカルとして歌い踊りながら描かれていく過程が、私は楽しかった。
フレッド・アステアの「That’s Entertainment!」からカーペンターズの「(They Long to Be) Close to You」まで、幅広い時代の楽曲が歌われる。
ホアキン扮するジョーカーのダンスに、レディー・ガガの聴かせる歌が相俟って、しばし、何の映画を観ているのかも忘れ、その刹那に身をゆだねる。
映像に関しては、前作以上にこだわりを感じた。
- 刑務所から病棟へと看守に囲まれながら雨の中を移動するアーサーを上空からとらえるカットで、ずぶ濡れのアーサーを取り囲んで歩く色とりどりの傘の鮮やかさ
- 病棟でアーサーを初めて見かけたリーが、自分のこめかみに指で作った銃をあて、撃ちぬく仕草
- 刑務所の面会室のガラスにリーが口紅で書いた弧を描く曲線と、アーサーが作り笑いで口角を上げた口元が重なるショット
これらはみな素晴らしいが、それゆえにどれも劇場予告に使われてしまっており、サプライズがないのが惜しい。
後半には、アーサーを熱狂的に支持する若者たちが取り囲むなか、ゴッサムシティの町中が注目する裁判が始まる。
被告人アーサーを極刑にすべく、舌鋒鋭く攻撃するデント検事(ハリー・ローティー)とは、あのハービー・デントのことだ。
『ダークナイト』でアーロン・エッカートが演じていた敏腕検事。同作ではトゥーフェイスという怪人になってしまうが、本作でそこは描かれない。悲劇的なヴィランは既に被告席にいるからだろう。
◇
アーサーの弁護人はメアリーアン・スチュワート(キャサリン・キーナー)。彼女は、被告人が幼少期から親に虐げられ、精神を病んだ末にジョーカーという人格を生んだと主張し、心身喪失による責任能力欠如の線で裁判を争う。
だが、それはジョーカーという人格の存在を否定するものであり、リーの口添えでアーサーはスチュワート弁護士を解任。こうして、アーサーはジョーカーに扮して自らを弁護するという、異例な法廷劇が始まる。
妄想世界でのミュージカル、そして自らが被告人となる裁判。まるで、賛否両論映画の代表作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のような展開ではないか。あちらはビョーク、こちらはジョークか。
◇
冒頭の『ジョーカーと影』なる昔ながらのアニメは、前作のおさらいとアーサーの悲劇性を知る上では有効な導入部となっており面白い。
また、前作のヒットでいまや観光地と化した、「ジョーカー・ステアーズ」と称されるNYはブロンクスにある長い階段は、本作にもまた効果的な場面で登場する。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
前作では、抑圧されて生きてきたアーサーという人物が、どのようにジョーカーという人格を生みだしてきたかを掘り下げ、そしてTV番組の生放送中に司会者を銃殺するような猟奇的な行為におよぶ姿を描いていた。
続編は、そのジョーカーがさらに威力を増して、バットマンの敵役に相応しいまでに成長していくのかを見せてくれるのだろうと、漠然と期待した。
◇
だが、本作のアーサーは収監されてからは模範囚となり、もはや人を殺めることもなく、前作以上に、普通の人間に戻ってしまったようにみえる。
そこに物足りなさは確かにあったが、それを補って余りあるのが、レディー・ガガ演じるリーの存在だ。ジョーカーという男の存在に惹かれ、妄想を受け継ぐ。
施設内の映画館でピアノを燃やし、ジョーカーと脱走を図ろうとする無謀と過激は、後のハーレイ・クインの悪行を彷彿とさせる。
◇
ジョーカーはアーサー自身なのか、それとも彼が生み出したただの二重人格なのか。その答えを巡ってのツンデレ対比が強烈でいい。
アーサーは結局、悲劇的な男のままで映画は幕を閉じるが、真の主役はリーだったのではないか。次作がハーレイ・クイン主演という線は、十分考えられそう。