『碁盤斬り』
白石和彌監督が草彅剛主演で初めて臨む時代劇。古典落語が元ネタだが、中身は渋い仇討ちもの。
公開:2024年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ
監督: 白石和彌
脚本: 加藤正人
キャスト
柳田格之進: 草彅剛
お絹: 清原果耶
萬屋源兵衛: 國村隼
弥吉: 中川大志
徳次郎: 音尾琢真
梶木左門: 奥野瑛太
お庚: 小泉今日子
柴田兵庫: 斎藤工
長兵衛: 市村正親
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
身に覚えのない罪をきせられたうえに妻も失い、故郷の彦根藩を追われた浪人の柳田格之進(草彅剛)は、娘のお絹(清原果耶)とふたり、江戸の貧乏長屋で暮らしていた。
実直な格之進は、かねて嗜む囲碁にもその人柄が表れ、嘘偽りない勝負を心がけている。
ある日、旧知の藩士からかつての冤罪事件の真相を知らされた格之進とお絹は復讐を決意。お絹は仇討ち決行のため、自らが犠牲になる道を選ぶ。
レビュー(まずはネタバレなし)
白石和彌meets草彅剛
白石和彌監督が時代劇に挑戦、主演は草彅剛。初顔合わせではあるが、監督は以前に香取慎吾で『凪待ち』を撮っているから、自然な成り行きに思える。
草彅剛はいまだ『ミッドナイトスワン』の衝撃的な怪演が記憶に新しいが、時代劇となると、『BALLAD 名もなき恋のうた』以来15年ぶりということになるか。
◇
本作で彼が演じるのは、年頃の娘と貧乏長屋で暮らす浪人の柳田格之進。実直だがクソ真面目な堅物であり、腕の立つ碁打ちである。
普段は賭け碁をしない柳田だが、碁打ち場で意地汚く勝ち続ける両替商の萬屋源兵衛(國村隼)を懲らしめようと、なけなしの一両を持って一戦交える。だが、勝利目前で彼は手を止め、小判を置いて去っていく。
この興味深い一勝負から、柳田と萬屋の間には囲碁が取り持つ不思議な友情が芽生える。やがて、彦根藩に仕えていた柳田が、なぜ江戸に流れてきて長屋暮らしをしているかが明らかになり、彼は因縁の相手への仇打ちを決行するために、旅に出る。
◇
将棋打ちを扱った映画はいくつも思い出せる。プロ棋手ではなく賭けの勝負を扱った、阪本順治監督の『王手』なんていう作品もあった(國村隼も出演)。だが、囲碁の作品というのは、珍しいのではないか。
白状すると、碁のルールが分からないので、本作で碁石を打ちあうシーンの面白味が伝わらない。これは悔しい。将棋だったら、もっとのめりこめた気がする。
劇中に出てくる「石の下」などという戦法の奇抜さも理解しにくい。見た目はオセロゲームだが、裏返しても同じ色だ。
とはいえ、試合の場面が長いわけではなく、時代劇そのものを堪能するのに、さしたる支障はない。
結局、侍の仇討ち話
本作は、囲碁以外に趣味のない、いかにも実直そうな柳田という侍が、何かの不運に見舞われて、武士としての意地か藩主の命か知らぬが、誰かと命がけの斬り合いをする羽目になる話ではないかと想像していた。藤沢周平原作ものによくあるヤツだ。
だが実際はそうではなく、身に覚えのない罪をきせられて藩を追われ、挙句には妻を自死に追い詰めた憎き相手、柴田兵庫(斎藤工)への報復劇なのである。
貧乏な柳田は刀もとっくに売り払い、脇差しか持っていないが、戦う気満々で柴田を探しに旅に出る。
話は前後するが、柳田が萬屋の屋敷に招かれた際に、50両という大金がなくなる騒動が起きる。
後日、萬屋に仕える弥吉(中川大志)が訪ねてきて、自分が疑われていると知る柳田は激昂し、娘のお絹(清原果耶)を吉原に売って50両を作り弥吉に渡す。
「誓って、私は盗んでいない。もしどこかから金がでてきたら、弥吉と萬屋の首をもらうぞ」
こうして、柳田は仇討ちに向かうのだ。身売り先の女将・お庚(小泉今日子)は、大晦日までに金を返さねば、お絹に客を取らせるという。こうして、柳田は大晦日までに、仇討ちを果たし、カネを返すために奔走するのだ。
安定のキャスティング
一見、まともな江戸の人情噺の時代劇ではあるが、ツッコミどころが随所にあって、つい笑いたくなってしまう。それもそのはず、本作の元ネタは『柳田格之進』という古典落語なのだ。ならば合点がいく。
落語そのままを脚本にしている訳ではないので、映画としては笑わせようとはしておらず、あくまでシリアスな時代劇。でも、話の展開や登場人物の行動に無理がある。このアンバランスさが気になるかどうかで、評価が分かれるかもしれない。
とはいえ、さすが白石和彌監督、初の時代劇とは思えない、どっしりとした絵作り。『弧狼の血』等で見せるお馴染みのエグくてグロい演出も本作では封印。
メインの俳優陣も安定感は十分。
柳田格之進役の草彅剛は今回も役になりきるスタイルだが、高倉健を意識したという鬼気迫るサムライ姿には、珍しく清潔感も落とし気味で、いつもと一味違う。時折り登場する腹から出てくるドスの効いた声も、別人のような凄み。
娘のお絹役の清原果耶はNHKの朝ドラやBS時代劇では見慣れた着物姿だが、映画でお目にかかるのはこれが初めてか。貧乏長屋でもひときわ輝いている感があるし、武家に育った娘に見えるのは天才女優の本領発揮。
そういえば、彼女も昔、囲碁ではなく将棋の映画『3月のライオン』に出ていたっけ。
そして萬屋源兵衛役の名優・國村隼。彼は善悪どちらの役でも行ける役者だから、はじめの一局では見分けがつかないが、その後、柳田に触発されて、商売も囲碁も清廉潔白を心がけるようになるなど、本作では善人キャラ。
白石組の常連、音尾琢真は本作では萬屋の番頭として活躍。目立たないながらも、存在感のあるポジションで、やはり白石監督作品には欠かせない存在。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
先ほどは詳しく触れなかったツッコミどころというのを書いておきたい。
柳田が冒頭の賭け碁でなぜわざと萬屋に負けたのか。正々堂々とした碁を打ちたいだったか詳しくは忘れたが、滞納した家賃を差し出すほどの理由とは思えず。
あれだけきっちりした商売の萬屋が、受け取った50両を額縁の裏にしまって完全に忘れてしまうのは落語なら許せる不自然さ。
金を盗んだと疑われた柳田が、切腹しようとするのを「それでは罪を認めたようなもの」とお絹が制するのはもっともだが、娘を身売りして金を作って差し出すのも、同じ結果なのではないか。
仇討ちの相手、柴田兵庫(斎藤工)をついに見つけ出し、賭け碁で勝負する展開はよい。ただの斬り合いではなく、碁の勝負というのが本作の売りだろうから。
負けた方が命を差し出す真剣勝負。負けが見えた柴田が刀を振り回し暴れ始める。碁打ち場を仕切る長兵衛(市村正親)や周囲の男たちがみな柳田の側につき、柴田がただ一人、次々と相手を斬って逃げようとする殺陣のシーン。
勿論最後に勝つのは柳田だが、映画的には多勢を相手にする柴田の方が断然絵になってしまっている。
勝負のあとに、娘に仇討ちの報告に吉原に急ぐ柳田。
だが、返済期限までに金を用意できたのは、たまたま大晦日に萬屋の屋敷で50両が出てきたから。これがなければ、お絹は客を取らされていたわけで、仇討ちと娘の身売りの天秤のかけ方がおかしいのでは。
好人物として描かれ、最後にはお絹と祝言を挙げる弥吉(中川大志)は、主人の萬屋が怖くて、柳田が娘を売って50両を作ったことを言えずにいる。侍らしからぬ腰抜けに見える。
◇
金が出てきたあとに、「首をもらう約束だ」と弥吉と萬屋に刀を向ける柳田に、「私ひとりを斬ることで、赦してほしい」と二人ともが必死に懇願する様子は、まるでダチョウ倶楽部。
だが、「二人とも斬る!」と言って柳田が一振り。そこで斬られるのが目の前にある高価な碁盤、というのがオチである。
なるほど、だからこのタイトルかと納得するわけだが、素人目には、細い刀の一振りで、分厚い碁盤が一刀両断できるものなのか、不思議でしょうがない。石川五ェ門の斬鉄剣なのか。
◇
なんだか、ケチの付け所がいっぱいありすぎて、力任せに列挙してしまったが、けしてつまらない映画ではない。ツッコみながら楽しめる時代劇なのだと思う。