『キリエのうた』
アイナ・ジ・エンドという新たなディーバを迎え、歴代ヒロイン総動員で岩井俊二監督が放つキャリア集大成的な3時間の大作。MVとしては文句なしの出来だが…。
公開:2023 年 時間:178分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本・原作: 岩井俊二
キャスト
小塚路花/ Kyrie:アイナ・ジ・エンド
(幼少期) 矢山花
小塚希(キリエ):アイナ・ジ・エンド
潮見夏彦: 松村北斗(SixTONES)
広澤真緒里/ ⼀条逸子: 広瀬すず
寺石風美: 黒木華
小塚呼子: 大塚愛
広澤楠美: 奥菜恵
広澤明美: 浅田美代子
横井啓治: 石井竜也
波田目新平: 松浦祐也
潮見加寿彦: 江口洋介
潮見真砂美: 吉瀬美智子
潮見崇: 樋口真嗣
<音楽関係者>
風琴: 村上虹郎
松坂珈琲: 笠原秀幸
サザンカ : 粗品(霜降り明星)
御手洗礼: 七尾旅人
根岸凡: 北村有起哉
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
住所不定の路上シンガー、キリエ(アイナ・ジ・エンド)は歌うことでしか“声”を出せない。
路上で歌う彼女の前に、“イッコ”と名前を変えた学生時代の友人、真緒里(広瀬すず)が現れる。
キリエはマネージャーとなったイッコと共に音楽を奏でながら、行方不明の婚約者を捜す青年・夏彦(松村北斗)や、傷ついた人たちの心に寄り添う女性教師・風美(黒木華)に出会う。
レビュー(若干ネタバレあり)
岩井監督の集大成だとは思うが
岩井俊二監督がアイナ・ジ・エンドという新たなディーバを迎えて撮った3時間の大作。冒頭、”Rockwell Eyes”と社名が出た瞬間から、どこを切っても岩井俊二と感じさせる、独特の映像美の世界。音楽は勿論、盟友の小林武史。
岩井ワールドを愛する者にとっては、こたえられない至福の3時間になるはずだった。だが、岩井俊二の作品を長年追いかけ続け、そこに感銘を受けた作品も数多い私に、本作はどうも波長が合わなかった。
◇
アイナ・ジ・エンドや広瀬すず、松村北斗といったメインキャストのファンであれば、十分に見応えがあったとは思う。これまで岩井監督作品とはあまり馴染みのなかった層にも、新鮮に見えるのかもしれない。
だが、往年のファン層にはどうだったろう(いや、当然賛否あるでしょうが)。
本作は岩井俊二監督の作品の集大成的な色合いが強い。それ自体は何ら問題ないし、むしろ歓迎したっていい話だ。
だが失礼ながら、過去作のエッセンスを手際よくかき集めることに終始し、それを超えることに関心が薄かったのではないかと勘繰りたくなる。
◇
内容的に、『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』の系譜にあたる作品だろうが、これらの代表作が公開当時から今日まで愛されているのは、美しさだけでなく前衛的な野心と先見性に満ち溢れていたからだと思う。
本作には、それがないとまでは言わないが、あまりに希薄で、これって過去作のセルフオマージュだよねと言うレベルに留まっているのではないか。
アイナ・ジ・エンドの歌唱力は圧巻
冒頭、雪原に寝っ転がる女子高生二人組。もうこの瞬間に『Love letter』と『花とアリス』が頭をよぎる。そして伴奏もなく、キリエが独唱するオフコースの「さよなら」。
主人公のキリエは路上ミュージシャンなので、このあと、彼女が歌うシーンは無数に出てくる。路上の客寄せのために「異邦人」や「マリーゴールド」といったカバー曲も歌えば、「憐れみの讃歌」ほかオリジナル曲も数多く歌い上げる。
アイナ・ジ・エンドの歌は確かに聴かせる。ハスキーな独特の声と、限界を知らず伸びていく声量。そりゃ、こんな娘が路上で歌ってたら、道行く人も足を止めるだろう。
本作を3時間飽きずに観られたとすれば、きっとアイナ・ジ・エンドの<聴かせる歌>の賜物である。
でも彼女には何の落ち度もないが、あの声質と喋り方は、『PiCNiC』や『スワロウテイル』で主演したCHARAに近すぎるのだ。CHARAが演じたグリコのキャラを超えるのは難しい。
◇
アイナ・ジ・エンドが演じる主人公のキリエは、歌でしか声が出せない。震災による津波の被害のせいで、心理的に声がだせなくなってしまった。
普段無口にしている分、いざ歌の場面となるとリミッターが解除されるのは分かり易い設定だが、ちょっと狡い気もする。感動ポルノとまではいわないが、この手の人物設定に震災を絡ませるのは、あざとい。
それに、普段も小声では喋れるというのが中途半端で、やるなら完全に筆談ではないのかと感じた。
路上で演奏していたキリエを親切に家に泊めてくれる女性・逸子(広瀬すず)が、高校時代の親友だったというところから話が広がっていく。
そんな偶然あるかよとも思ったが、新宿駅前で歌っていたのなら、彼女の歌声でイッコが気づいて声をかけるというのはあり得そうだ。
石巻・大阪・帯広そして東京
岩井監督作品らしく、複数の時代や都市での回想シーンが巧妙に織り込まれている(若干ネタバレになるので、ご留意願います)。
キリエとイッコが再会したのは2023年の東京。キリエは本名を小塚路花という。亡くなった姉の名、希を拝借している。
イッコはマネージャーとして彼女を音楽プロデューサー(北村有起哉がいい味)に紹介。またキリエ自身も、風琴(村上虹郎)や松坂珈琲(笠原秀幸)といった路上ミュージシャン仲間と活動の場を広げていく。
2010年の宮城県石巻市。姉の希は高校の先輩、潮見夏彦(松村北斗)と交際し始める。路花(矢山花)はまだ小学生だ。アイナ・ジ・エンドは、ここでの高校時代の姉と、震災後に高校生になってからの妹の二役を演じている。
岩井俊二は広瀬すず起用の『ラストレター』で採用したこの一人二役手法を本作でも使用するが、若干分かりにくくなる弊害あり。
ところで、夏彦役の松村北斗が若い頃の江口洋介に激似だと思っていたら、伯父の役でその江口が登場する。
夏彦は父親役の樋口真嗣と全く似ていないので、絶対、母(吉瀬美智子)と伯父(江口洋介)の仲が怪しいと睨んだのだが、当てが外れた。ちなみに伯父のパートナーはロバート・キャンベル。この設定、要るか?
震災を挟んで舞台は2011年の大阪。ここで小学生のルカは、ひとりで古墳近くの森林にひっそりと住んでいる。教え子でもないが、ルカの存在を知り、心配してくれる小学校教師・寺石風美に『リップヴァンウィンクルの花嫁』の黒木華。
ルカは姉のフィアンセだった夏彦が進学しているはずの大阪に一人で来たが、会えずにいた。風美先生の努力で夏彦との再会を果たすが、結局赤の他人の二人ではルカの力にはなれず、少女は児相に連れていかれてしまう。
ここで児相を悪者扱いする必要があったかという気も。それに風美先生を登場させた理由がイマイチ弱い。
続いて2018年の帯広。ここでの主役はイッコ。広瀬すずで十勝・帯広が舞台だと朝ドラみたいだが、彼女は本名の広澤真緒里を名乗り、大学受験勉強中。
家庭教師をするのが夏彦で、ルカは妹として、彼と一緒に暮らしている。夏彦の口利きで、真緒里は一歳年下のルカと親友になる。
この町で三代続いてスナックのママになるのはうんざりだと、受験を決意する真緒里。その母親役には『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の奥菜恵。『ラストレター』のときと同様、次々と過去作の主演女優を投入だ。
ところで、この母と再婚する裕福な常連客が石井竜也なのは、ちょっと見抜けなかった。だから、正体バレないようにカラオケもスキャットだけだったのか。
まだエーテルはみつからないよ
以下、更にネタバレになります。
広瀬すず、黒木華、奥菜恵、そしてCHARAの後継者のようにアイナ・ジ・エンド。キャスティングに構成、そして音楽の扱い方も岩井俊二監督の集大成的な作品に見えるが、『リリイ・シュシュ』で探し求めていたエーテルが、ここにある気はしない。
女を武器に商売している母親を軽蔑していたイッコが悪質な結婚詐欺師だったというのも、絵空事にしか見えない。『ちひろさん』(今泉力哉監督)の有村架純が元風俗嬢役なのといい勝負だ。
亡くなった姉の恋人だった男性との色恋が始まるのかやきもきさせる点では、広瀬すずの『ラストレター』に似ているが、さすがに姉がお腹の子とともに被災してしまうのでは、新たな恋愛は描きにくい。
かといって、音楽業界の人々はみな善人で、ヤバそうなのは結婚詐欺被害者の男たちだけでは、黒木華の『リップヴァンウィンクルの花嫁』にあったような現代社会のおぞましさも出しにくい。
結局、この脚本ではキリエの歌唱力に頼って盛り上げるしかないということか。
◇
ラストに新宿中央公園で、警察の制止を押し切ってキリエたちが歌うシーン。さも国家権力や体制に反発する姿勢をアピールしているようだが、よく考えれば、主催者が演奏許可を取り忘れているのが悪いのだ。
私が近隣住民なら、素直に反体制を叫べない。アイナ・ジ・エンドのMVとしては、出色の超大作だけど…。