『スイス・アーミー・マン』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『スイスアーミーマン』今更レビュー|私をジェットスキーで連れてって

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『スイス・アーミー・マン』
Swiss Army Man

『エブエブ』の二人組監督ダニエルズの撮った長篇デビュー作は、奇想天外さでは一枚上手といえる

公開:2016 年  時間:97分 
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督・脚本:      ダニエル・クワン
         ダニエル・シャイナート

キャスト
ハンク・トンプソン:    ポール・ダノ
メニー:      ダニエル・ラドクリフ
サラ・ジョンソン:
  メアリー・エリザベス・ウィンステッド
プレストン:   ティモシー・ユーリック
ハンクの父:     リチャード・グロス
サラの娘:      アントニア・リベロ

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2016 Ironworks Productions, LLC.

あらすじ(公式サイトより)

無人島で助けを求める孤独な青年ハンク(ポール・ダノ)。いくら待てども助けが来ず、絶望の淵で自ら命を絶とうとしたまさにその時、波打ち際に男の死体(ダニエル・ラドクリフ)が流れ着く。

ハンクは、その死体からガスが出ており、浮力を持っていることに気付く。まさかと思ったが、その力は次第に強まり、死体が勢いよく沖へと動きだす。

ハンクは意を決し、その死体にまたがるとジェットスキーのように発進! 様々な便利機能を持つ死体の名前はメニー。

苦境の中、死んだような人生を送ってきたハンクに対し、メニーは自分の記憶を失くし、生きる喜びを知らない。「生きること」に欠けた者同士、力を合わせることを約束する。果たして二人は無事に、大切な人がいる故郷に帰ることができるのか。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

『エブエブ』より奇想天外

今年度オスカーの最大の話題作になっている『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、エブエブ)を撮ったダニエル・シャイナート監督とダニエル・クワン監督の通称ダニエルズ

まるでお笑いのコンビ名のようだが、この二人の長編デビュー作が本作である。奇想天外という意味では、決して『エブエブ』に負けていない、というか内容的にはこちらの方がはるかにエッジが効いている。

公開当時にはタイトルで戦争映画かと誤解し、すっかりスルーしてしまっていたが、今回鑑賞してみて、その常識ばなれした内容に驚いた。

まずは冒頭、大海原に浮かぶメッセージの瓶。ケビン・コスナー『メッセージ・イン・ア・ボトル』のようなロマンスとは無縁の、遭難して無人島に漂流した男が救援を求めている。

この孤独な青年ハンク(ポール・ダノ)は絶望して首つり自殺を試みるが、波打ち際に水死体をみつける。遺体は妙な痙攣を繰り返し、ずっと放屁している。

(C)2016 Ironworks Productions, LLC.

十徳ナイフ男の実力をみよ

見た目はホラーのようだが、おならのおかげでマヌケな雰囲気になっており、恐怖感はない。だが、ここから先はいきなり観客の度肝を抜く。

延々と続く放屁の推進力を利用して、ハンクはこの男の上にジェットスキーのように乗って、大陸をめざして海を進む。何なのだ、この映画は! 人間ジェットスキーにまたがる姿は、まるで懐かしのB級特撮ヒーロー『電人ザボーガー』ではないか(興味ある人はググってね)。

驚いたのはそれだけではない。メニーという名のこの男(ダニエル・ラドクリフ)は、おならのガス噴射以外にも、マーライオンよろしく口から水を大量に噴き出して、ハンクののどを潤したり、そうかと思えば口からガスを銃のように噴射し、獲物を仕留めたり、ハンクのワイルドライフを助けてくれるのだ。

そうか、だから『スイス・アーミー・マン』というタイトル。アーミー・ナイフのように、一つの身体がいろんな道具に様変わり。『十徳ナイフ男』よりはカッコいいネーミング。

女装するハンクに惚れるメニー

生前の記憶を失くしているメニーに、ハンクはいろいろなことを教え始め、記憶を甦らせようとする。チーズパフの背徳的なうまさと香り、『ジュラシック・パーク』の曲と映画の素晴らしさ。

雑誌の水着グラビアで勃起を経験したメニーは、ハンクの待ち受け画面に写った女性サラ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)に一目惚れ。

彼女に会ったことがあると言い出し、仕方なくハンクはサラをまねて女装し、バスに乗り合わせるという設定でメニーに疑似恋愛を体験させようとする。

(C)2016 Ironworks Productions, LLC.

女装したハンクを見て「ローラ・ダーン?」とメニーが言ったのは、知らないはずの『ジュラシック・パーク』を覚えていたということか。

こんな異境の地で男二人が何をやっているのか不思議な展開ではあるが、ガラクタや植物などでこしらえた二人の秘密基地のような世界がとても居心地よくみえる。バスの窓の外を景色が流れるように風景写真を動かしていく演出の手作り感もいい。

キャスティングについて

映画はほぼ主人公たちの二人芝居だが、ハンクを演じるのは『プリズナーズ』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)のポール・ダノ。アカデミー作品賞をダニエルズ監督の『エブエブ』と競う、スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』で父親役を演じている。

そういえば、『ジュラシック・パーク』スピルバーグ。一方、『エブエブ』の方の父親役は『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』の子役だったキー・ホイ・クァン。どこまでいってもスピルバーグと因縁が深まるじゃないか。

(C)2016 Ironworks Productions, LLC.

メニーを演じているのは『ハリー・ポッター』のタイトルロールでおなじみのダニエル・ラドクリフ。まさか腐敗ガスを尻から垂れ流す死人の役を演じるとは。

そして、なかなか登場しないヒロイン(といえるか)のサラ・ジョンソンには、『ジェミニマン』『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』メアリー・エリザベス・ウィンステッド

(C)2016 Ironworks Productions, LLC.

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

そして感動と混乱のラストへ

本作はストーリーの詳細を語ったところで、あまり実態は伝わらず、奇想天外なものを受け容れるには、やはり目の当たりにするしかないのではと思う。ここで、メニーの様々なスイス・アーミーナイフ的な機能を紹介したところで、理解の助けになるとも思えないし。

ただ、ネタバレといえる部分があるとすれば、それはサラがハンクのカノジョではなく、それどころか知り合いでもなく、ただバスでいつも見かけて憧れているだけの人妻であるということだ。

ハンクがそれを正直に打ち明けると、メニーは生きる希望を失ってしまう。ついにはアーミー・ナイフ機能も損なわれ、熊の餌食になりかけるのだ。

二人はサラが夫と娘と暮らす家の近くまでたどり着くが、メニーは既に死んでしまっている。それが騒ぎとなり、警察やマスコミに取り囲まれ、生き残ったハンクは好奇の目にさらされる。

彼らが二人で暮らしてきた秘密基地まで土足で踏みにじられ、メニーのおかげで生き延びられたというのに、世間はハンクを好意的に受け容れようとはしなかった。まあ、そうだろう。

そんなメニーが死んでいたはずの姿から、再び腐敗ガスを力強く噴射し始め、二人で去っていくラストは、ある意味爽やかな幕切れである。

はたして、メニーは本当にいたのか、ただのハンクの幻想だったのか。意味不明といえばそれまでだが、この不可解さこそA24の配給作品にふさわしいテイストだ。

(C)2016 Ironworks Productions, LLC.

今にして思えば、『エブエブ』は本作のナンセンスな面白さと切れ味に、家族ドラマのエッセンスを盛り込んだものになっている。それはそれで楽しめたが、A24作品らしいともいえる奇想天外さや突き放し方は、本作の方が一枚上手な気もする。

おならの音がなければ、もっと泣ける人はいるのかもしれない。奇想天外という言葉がこれほどあてはまる作品も珍しい。なるほど、タイトルに偽りなし。