『レイクサイド マーダーケース』
東野圭吾の人気原作を青山真治監督が役所広司・薬師丸ひろ子ほか演技派キャストで映画化。そこまではよいのだが…。
公開:2005 年 時間:118分
製作国:日本
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
有名中学への受験を目指す三組の親子が、カリスマ塾講師の津久見(豊川悦司)を招いて湖畔の別荘で受験合宿を開くこととなり、アートディレクターの並木俊介(役所広司)も、目下別居中の妻・美菜子(薬師丸ひろ子)、娘の舞華(牧野有紗)とともにこれに参加する。
ところがそんなある日、並木の仕事仲間で愛人でもある英里子(眞野裕子)が不意に別荘に姿を見せた末、何者かに殺されるという事件が発生。自分が殺したと美菜子が告白するが、スキャンダルを恐れた他の連中は必死で事件の隠蔽を図る。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
山荘の密室殺人ものかと思いきや
青山真治監督はひとつのジャンルで似たような作品を撮り続けるタイプではなかったので、『EUREKA』(2000)で熱い演技をみせた役所広司を起用し、全く異質な本作を撮りたくなる気持ちは分かる気がする。ただ、今回は<やっちまった感>が否めない。
◇
原作は当時ベストセラーだった東野圭吾の『レイクサイド』。過熱するお受験の準備のために、小学生の子供たちと指導講師とともに、湖畔の別荘で合宿をする三組の家族。そこで突然に巻き起こる殺人事件。
設定だけ聞けば、コテージの密室殺人。容疑者は家の中のメンバーに限られるが、みんなアリバイがあって、名探偵がそれを崩していく展開を想像するが、そこは東野圭吾だけあって、まるで違う。はじめから犯人は明かされており、それを周囲の大人たちが、隠蔽していこうとする物語だ。
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冒頭、主人公のアートディレクターの並木俊介(役所広司)が、カメラマンの高階英里子(眞野裕子)の撮影現場にいる。
水の中を沈んでいく女のイメージ。フラッシュの閃光に目を塞ぐ、光過敏症の並木。そして撮影後は不倫相手である英里子とのピロ―トーク。おどろおどろしいタイトルロゴも含め、序盤から不穏な雰囲気が漂う。
そしてようやく並木は山荘へとクルマを飛ばすのだが、原作はそこから始まる。つまり、序盤のシーンは並木と英里子の関係や人物像を伝えるための独自アレンジなのだ。
私、殺してしまった!
原作が人気ミステリーである以上、あまり映画で勝手に細工して、物語を破綻させるわけにはいかない。なので、基本的にはコテージに入ってからの話の流れは原作どおりスムーズに進む。
オリジナルでは家族がもう一組多かったが、三家族にしたことで絵的にはまとまりやすくなったし、物語も自然に繋がっており、これは好判断。
◇
遅れて山荘に到着する並木。本音では中学受験に反対ののびのび教育方針の並木。だが、妻や他の二夫婦は、完全に受験臨戦モード。そして名門中学を目指し保護者面接や勉強の指導をする厳しい講師・津久見(豊川悦司)。
そこに更に異分子が投げ込まれる。不倫相手の英里子が、仕事の書類を届ける口実で現れたのだ。並木の想定外の登場だったが、そのまま英里子は晩餐まで居座り、そして近隣のホテルに帰っていく。
そしてその晩、事件は起こる。英里子に呼び出されて山荘を抜け出しホテルに向かった並木は、結局彼女に会えずに戻ってくる。だが、みんなの様子がおかしい。この張り詰めた空気の変化は、うまく表現されている。
そして居間の床には、花瓶で頭を叩かれて血まみれで横たわっている英里子の死体が。
「私がやったのよ」
と茫然とつぶやく妻の美菜子(薬師丸ひろ子)。
(私、殺してしまった! おじいさまを刺し殺してしまった!)
彼女のファンならずとも、誰もが思い出すであろう『Wの悲劇』(1984、澤井信一郎監督)の名台詞が心の中で蘇る。ここから、受験のためにスキャンダルを恐れる家族たちが、並木を巻き込んで動き出す。
豪華な山荘メンバー
青山真治監督の対談によれば、舞台となる山荘はスタジオではなく現地に実際に建ててしまったそうで、豪華な話であるが、山荘に集まるメンバーの顔触れも負けずに豪華、かつ演技派揃いだ。
メインの並木家は夫の俊介(役所広司)に別居中の妻・美菜子(薬師丸ひろ子)。娘の舞華(牧野有紗)は妻の連れ子になる。原作では男の子だったと記憶するが、バランス的にはこの方が合う。
当代一流の俳優・役所広司は何を演じてもいうことなしだが、本作では、自分の不倫が発端となった事件でありながら、常識をふりかざす難しい役どころを好演。
一方の薬師丸ひろ子も、見慣れた清廉潔白な善良キャラとは違い、嫌な女キャラが入ってるところが新鮮。相変わらず、射貫くような眼力は健在。
山荘のオーナー、医者の藤間智晴(柄本明)と妻の一枝(黒田福美)。自分の家だからということもあるが、終始場を仕切っているのは藤間であり、死体の処理実務に関しても長けている。頼りにはなるが、善悪の正体が不明なこのキャラは、柄本明ならではの持ち味発揮。
黒田福美は、このメンバーの中にあってはホスト役として出しゃばらず目立たないが、それがかえって本物っぽいし、おっとりキャラの彼女がたまにいう一言も生きる。
大手建設会社の課長だったか、関谷孝史(鶴見辰吾)と妻の靖子(杉田かおる)。夫は、中学受験を目指すサラリーマン家庭のステレオタイプなキャラ。妻は美菜子と学生時代からの友人という設定。
鶴見辰吾と杉田かおるの夫婦だから、ふたりの子は『3年B組金八先生』(1979)で15歳で産んだ子じゃないのか、とつっこみたくなる。年齢的には、ちょっと違うか。
鶴見辰吾には、薬師丸ひろ子と『翔んだカップル』(1980、相米慎二監督)の同棲繋がりもあるわけで、今回の愛憎ドラマの中心は鶴見辰吾なのではと、勝手に盛り上がる。
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派遣された進学塾講師の津久見を演じる豊川悦司は、本作では当初の保護者面接の指導場面から、人間味を感じさせない不気味キャラを押し通す。
多少デフォルメした感じで嘘くさくなってしまったものの、元来豊川悦司はこういう役柄も数多くこなしているせいか、映画全体のバランスを壊す違和感はない。さすがトヨエツ。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。
迷彩を施すべきだったか
さて、このように、出演者勢は文句なしの陣営であるのだが、それではなぜ、本作は観終わってモヤモヤ感がつきまとうのか。本作で私が違和感を覚えたのは、青山真治監督のミステリーへの向き合い方だ。
分かりやすくいえば、序盤の不穏な雰囲気からも明らかなように、青山監督は本作をホラー仕立てにしたがっている。
主演が役所広司ということもあり、同志でもありライバルでもある黒沢清監督と同じ土俵で勝負したかったのかもしれない。『EUREKA』(2000)から本作までのほぼ同時期、役所広司は黒沢作品『カリスマ』(2000)、『回路』(2001)、『ドッペルゲンガー』(2003)に出演している。
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ホラーならそれに徹すればよいのに、本作は東野ミステリーだからそうもいかない。さらに、よせばいいのに原作にはない数々の迷彩を施し始める。
- 並木の光過敏症
- 美菜子の未来予知能力
- 同じく彼女の光る眼
- 藤間の接触不良気味の懐中電灯
- 湖中に遺体を沈める際に落とす並木のイニシャル入りライター
- 湖面に浮かび上がる不自然な泡
- カットの繋ぎで消えた、関谷が湖畔の路上に捨てた吸い殻
これらの小ネタは、ホラーであればそれなりに面白いが、ミステリーであれば邪魔な小細工でしかない。意図が合って推理を誤誘導するならまだしも、思わせぶりに加えているだけではないかという疑念は払拭できない。
消えた吸い殻の意味が分かった
英里子が殺された場所が室内でなく森の中なら、着ていたコートに泥が付いていないのはおかしいという意見があるようだ。
確かにこどもたちの足跡がつくほどにぬかるんでいるような現場ではあるが、彼女の倒れている場所がどこまでウェットな状態かは、画面が暗くてよく視認できなかった。
◇
関谷の吸い殻が消えた件は編集ミスかという声まであるが、原作では、遺体を湖に捨てやすいよう、貸しボート屋のボートを準備したり片付けてくれる、新たな協力者の存在(津久見)に並木が気づくくだりがある。
本作ではボートの代わりに、証拠になりかねない吸い殻を片付けてくれる者の存在を匂わせたというのが、分かりにくい真相なのだと思う。
ラストのワンカットはイケてなかった。どうしてここでチープな特撮を持ち出したのか。これまでの雰囲気が台無しだ。
湖水に沈む女がミイラ化していき、その目のくぼみには落としたライターが、というエンディングショット。そもそも、死体遺棄の時点でミイラになってないと、目のくぼみにライターは収まらないと思うのだが…。
(2024年6月追記:この死体が浮き上がるショット、CGではなく実際にクレーンで眞野裕子を回転させながら引き上げたそうだ。この青山真治監督のこだわりはさすがだと思った)