『パーフェクト・ケア』
I Care a Lot
ロザムンド・パイクが演じる法定後見人のお題目は立派だが、実態は資産をもぎ取る悪徳商法。そして彼女はついに地雷を踏む。
公開:2021 年 時間:118分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: J・ブレイクソン キャスト マーラ・グレイソン: ロザムンド・パイク フラン: エイザ・ゴンザレス ジェニファー・ピーターソン: ダイアン・ウィースト ローマン・ルニョフ: ピーター・ディンクレイジ エリクソン弁護士: クリス・メッシーナ アレクシー: ニコラス・ローガン カレン・エイモス医師:アリシア・ウィット サム・ライス施設長: ダミアン・ヤング ロマックス裁判官: イザイア・ウィットロックJr フェルドストロム: メイコン・ブレア
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
法定後見人のマーラ・グレイソン(ロザムンド・パイク)の仕事は、判断力の衰えた高齢者を守り、ケアすること。
多くの顧客を抱え、裁判所からの信頼も厚いマーラだが、実は裏で医師や介護施設と結託して高齢者たちから資産を搾り取るという、悪徳後見人だった。
パートナーのフラン(エイザ・ゴンザレス)とともに順調にビジネスを進めるマーラだったが、新たに資産家の老女ジェニファー(ダイアン・ウィースト)に狙いを定めたことから、歯車が狂い始める。
身寄りのない孤独な老人だと思われたジェニファーの背後には、なぜかロシアンマフィアの存在があり、マーラは窮地に立たされるが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
悪徳法定後見人
近年のロザムンド・パイクは『ゴーン・ガール』(デヴィッド・フィンチャー監督)の印象が強すぎて、何か裏で企んでいる女にしかみえない。
そんな彼女が本作では裁判所からの信頼も厚い法定後見人として、高齢者のケアに努めている。なるほど、今回は老人のために戦う人格者の後見人かと冒頭では思えたが、そんなはずはない。
ロザムンド・パイクが演じるこの女、マーラ・グレイソンは、次々と裕福で身寄りの少ない、介護の必要な老人をみつけては、結託している高級老人介護施設に送り込んで、資産を搾り取る悪徳後見人なのだ。
◇
繁盛している法律事務所のような豪華なオフィスの彼女の部屋の壁には、カモにしている顧客の老人たちの写真が、所狭しと並べて貼られている。
公私ともにパートナーであるフラン(エイザ・ゴンザレス)、上顧客を紹介してくれる女医のカレン・エイモス(アリシア・ウィット)、そして老人介護施設を運営するサム・ライス(ダミアン・ヤング)。
彼女の悪事を知らないロマックス裁判官(イザイア・ウィットロック・Jr)をも巧みに抱き込んでおり、鉄壁のコンソーシアムが出来上がっている。
新たな獲物がひっかかる
本作は、このマーラが身寄りのない裕福な老人、ジェニファー・ピーターソン(ダイアン・ウィースト)を新たなターゲットに選んだところから始まる悲喜劇だ。
高齢でも矍鑠とし、認知症も介護とも無縁とみえる豪邸で独り暮らしのジェニファーをカレン医師から紹介され、サム・ライスの介護施設の高級スイートに送り込むマーラ。
突然自宅に善人顔で押しかけたマーラをジェニファーは気丈に突っぱねるが、裁判所命令の紙をちらつかせ、付近には警察車両まで配置し、言葉はソフトだが強制的に老女を施設に連行する。
◇
ケータイも没収し、自宅の鍵も体よく取り上げられ、茫然とするジェニファー。もはやヘビに睨まれた、無力な老人だ。
そしてもう主人が戻ることはない屋敷では、早速家財や絵画、クルマなどが売り払われ、家屋も転売のためにリノベが始まる。やれ恐ろしや。
ある日突然に紙切れ一つで家から病院送りにされ、そこで反抗すれば薬漬けにされたり拘束されたりでなす術がない。日常生活から急遽転落する恐怖。
クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』でアンジョリーナ・ジョリーが演じた、子供を誘拐された母親のそれだ。そう思ったのは、ジェニファー役のダイアン・ウィーストが、『運び屋』でイーストウッドの妻を演じていることからの連想もあるかもしれない。
そして現れた男たちは救世主か
表向きは、困っている高齢者のためにせっせと多忙な中で後見人として働く、人格者のようにふるまうマーラ。そして実際に手を染めているやり口のえげつなさとのギャップが怖い。
悲惨な展開が不可避にみえたところで、リノベ中のジェニファー邸に一台のタクシーが現れる。運転手になりすましたアレクシー(ニコラス・ローガン)はジェニファーが不在だと聞き、不審がって引き返す。
何年も、この日にジェニファーと会う約束が守られてきたのに、無断で留守にするはずがない。そこから、ジェニファーの息子を名乗るロシアのマフィア、ローマン・ルニョフ(ピーター・ディンクレイジ)の攻勢が始まる。
やっと流れが見えてきたぞ。ピーター・ディンクレイジは『スリー・ビルボード』(マーティン・マクドナー監督)でも善人ぶりを発揮していた小人症で知られる俳優だが、今回は彼の全身が映し出される前に、ひげ面のアップだけで彼だと分かった。まあ、顔だけでも特徴的だからなのだが。
ここから先の展開は未見の方のために次項に譲るが、正直、どんなジャンルかもよく分からない中でマーラが暗躍する前半よりは、ややトーンダウンした感じは否めない。
ただ想像したような、分かりやすい勧善懲悪になっていないのは意外だった。先行きの読めない展開は、興味がだれることはない。
J・ブレイクソン監督。『アリス・クリードの失踪』(2011)、『フィフス・ウェイブ』(2016)に続く三作目。
前作はクロエ・グレース・モレッツのファン以外には刺さらない中途半端なSF作品だったけど、本作で挽回できたのではないか。後見人ビジネスの怪しさにメスを入れた快作に、他人事に思えない人も多いかも。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
現代風なアレンジ
本作は人物配置が現代風だなと思う。ひと昔前なら、この悪徳後見人はやり手の男だろうし、そのパートナーは同性でもなかっただろう。この悪党に牙をむく人物は、それこそ強面のマフィアがふさわしそうだが、あえて小人症の男を配している。
一見、弱い餌食のような存在に思えたターゲットの老女ジェニファーが、実は一歩もひかずマーラと戦い、挙句には首まで絞めるほどの好戦的な人物というのもユニークなギャップだ。ついでにいうと、黒人裁判官のあまりの無能ぶりも、そこそこ笑える。
◇
マフィアのボス・ローマンに仕える、エリクソン弁護士(クリス・メッシーナ)とアレクシー(ニコラス・ローガン)。この連中は一見頼りないおとぼけ三人組かと思ったが、それなりにしっかり仕事をする。
このマフィア連中もそれなりに激しい(非合法的な)攻撃をマーラたちに仕掛けてきており、結果的にはどちらが勝っても敗けても、どこか座りの悪い展開になってしまった。
とはいえ、映画的な深みはないかもしれないが、マーラたちが当初の被害者であるジェニファーたちに懲らしめられる物語でないと、どうにもスッキリしないのは事実。それだけ、彼女のやっている悪徳後見人はあこぎなビジネスなのだ。
「この国では、フェアプレーでは何も手に入らないわ」
殺されそうになっても、弱音ひとつ吐かないマーラの胆力がすごい。「私、負けないので」と言い切るロザムンド・パイクが、米倉涼子の顔に見える。
そしてラストシーン
ここから先は、更にラストを語ってしまうので、未見の方は読み飛ばしをお願いします。
ローマンたちに殺されかけたマーラとフランだが、どうにか危機をまぬがれ、反撃にでる。スタンガンと麻酔銃で意識を失ったローマンは、殺されるものと思っていると、どうやら山道で倒れているところを発見され、命を取り留める。
二人は、薬物注入で彼の身体能力を失わせたようだ。マーラは手際よく、裁判所から彼の後見人に指名されている。勝負はあった。
だが、負けを認めるのではなく、ローマンは彼女の手腕を買い、この後見人制度で全米の富裕老人を手玉に取る共同ビジネスを持ち掛ける。それに応じたマーラは、大きな成功を手中に収める。
なんとまあ、後味の悪い結末だと思っていたが、最後に意外な伏線回収があった。
冒頭に実の息子である自分を施設の母と面会させないことで、マーラを訴えて敗れた男・フェルドストロム(メイコン・ブレア)が、土壇場で再び登場するのだ。
「お前のせいで、母はひとりで死んだよ」
そして男は、マーラに銃口を向けトリガーをひく。
いや、これって三谷幸喜の出世作ドラマ『振り返れば奴がいる』の語り草になったラスト、織田裕二を刺す西村まさ彦じゃないか。そうだよ、この終わり方で正解。主役が殺されて、スッキリしちゃいかんのだけど。