『マルホランドドライブ』今更レビュー|難解さを超えた先にあるもの

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『マルホランド・ドライブ』
Mulholland Drive

デヴィッド・リンチ監督らしさが隅々まで行き渡った、代表作にして最高傑作。

公開:2001年 時間:145分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:       デヴィッド・リンチ
キャスト
ベティ/ ダイアン・セルウィン:
            ナオミ・ワッツ
リタ/ カミーラ・ローズ:
           ローラ・ハリング
アダム・ケシャー:ジャスティン・セロー
ココ:          アン・ミラー
ジョー:      マーク・ペルグリノ
ウェイトレス:  メリッサ・クライダー
カウボーイ:  モンティ・モンゴメリー

勝手に評点:4.0
 (オススメ!)

(C)2001 STUDIOCANAL. All Rights Reserved.

あらすじ

ロサンゼルス北部の山を横断する曲がりくねった道路“マルホランド・ドライブ”。

ある夜、車の衝突事故が起こり、唯一の生存者である女(ローラ・ハリング)は傷を負ったままハリウッドの街にたどり着く。

高級アパートの一室に身を隠した彼女は、そこで女優志望のベティ(ナオミ・ワッツ)と遭遇。女はとっさに“リタ”と名乗り、事故に遭って記憶を失っていることをベティに打ち明ける。

リタのバッグには大金と青い鍵が入っており、思い出せるのは“マルホランド・ドライブ”という言葉だけ。ベティはリタの記憶を取り戻す手伝いをしようと決意する。

今更レビュー(ネタバレあり)

デヴィッド・リンチ監督の追悼上映作品として選ばれたのも肯ける、監督らしさの詰まった代表作だと思う。ハリウッドの光と闇を描き出すようなミステリアスな作品。

リンチ監督のお家芸ともいえるシュールな妄想世界をふんだんに採り入れた美しく妖しい映像であることは勿論だが、それだけではない。

恐ろしく難解な作品ではあるが、全編を通じてその解釈ができるようにはなっているのだ。ご丁寧に、監督自らが<10個のヒント>なるものまで提供してくれている(今でもウィキペディアに掲載されている)。

もともとは『ツイン・ピークス』に続きTVシリーズとして作成したが、パイロット版の段階で放映中止の憂き目に遭ったところを、フランスのカナル・プリュスの持ち掛けで劇映画として仕切り直しされる。

あわてて結末を考えて辻褄を合わせに行くが、結果的にこのような傑作が生まれるというのだから、この世界は面白い。

『ツイン・ピークス』のおかげで、リンチの作品は何でもありで、真面目に観ていても太刀打ちできない印象が植え付けられた。そのおかげで本作にも、あまり抵抗感なく向き合えることはできた。

ただ、公開当時はあまりに意味不明で、途中で理解を投げ出してしまった記憶がある。今回、追悼も兼ねて再観賞したが、ようやく本作の良さに気づけたように思う。

レビューサイトには難解な映画を得意とする猛者の皆さんによる解説書が数多あり、私がそこに新解釈を付加できるとも思えないので、ここではゆるく自分なりに整理できた点を述べさせていただく。

映画は大きく前半・後半に分かれ、前半は、記憶喪失の女リタ(ローラ・ハリング)と、女優志望でハリウッドにやってきたベティ(ナオミ・ワッツ)の物語。

マルホランド・ドライブを走るリムジンの車内で運転手に殺されそうになるリタ。そこに偶然対向車が衝突。全員死亡の中で、彼女だけが生き残り、サンセット大通りまで逃げ延びて、そこでアパートに忍び込む。

そこは女優ルースの部屋で、姪っ子であるベティが、叔母が撮影で不在の間、使わせてもらうことになっていた。

こうして二人は部屋で鉢合わせし、リタを同居人と勘違いしたベティは、彼女の過去を探る手助けをすることになる。

(C)2001 STUDIOCANAL. All Rights Reserved.

手がかりは、バッグの中の大金と青い鍵、そしてリタがかすかに覚えている、マルホランド・ドライブの交通事故やダイアン・セルウィンという名前。

並行するエピソードが、映画監督アダム・ケシャー(ジャスティン・セロー)の新作の主演女優に、カミーラ・ローズを使えとマフィアのような連中が圧力をかけてくる話。

ふざけるなと相手にしないアダムだが、カウボーイ(モンティ・モンゴメリー)をはじめ怖い連中に脅迫されたり、いつのまにか銀行口座が凍結されていたりで、ついに連中に屈し、オーディションでカミーラを選ぶ。

ただ、監督が気になっていたのは、そこに新人で売り込みをかけに来ていたベティだった。

さて、ただでさえ難解なこの映画で私は一つ大きな勘違いをしていて、当初、アダムが主演に選ぶよう圧力をかけられた女優カミーラの宣材写真をナオミ・ワッツと思ってしまったのだ。

だから、オーディションで歌を披露して合格するのも彼女だと思い込んでいた。実際カミーラ役はメリッサ・ジョージで、彼女が主演に抜擢されるという話なのである。

その他、間抜けな殺し屋ジョー(マーク・ペルグリノ)がブラックリストを奪うために殺人を犯したり、ウィンキーズというダイナーの建物裏に悪魔がいる夢をみるダン(パトリック・フィッシュラー)がそれを確かめにいったりと、混乱を誘うエピソードが挟まる。

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やがてベティとリタは、ダイアンのアパートを突き止め、そこに横たわる腐乱死体を発見する。動揺したリタはブロンドのウィッグで別人になりすまし、まるで双子のようになったベティと同性愛に耽っていく。

そしてその深夜、二人がでかけた謎の劇場シレンシオで、泣き女の歌を聴き、涙を流す。手元のバッグに青い箱をみつけ、家に隠した青い鍵でそれを開けると、二人は忽然と姿を消す。

さて、ここまで何となくは理解できていたつもりだったストーリーが、ここで瓦解する。

ここから先は現実パートとなり、ベティが実は探していた女優志望のダイアン・セルウィン(ナオミ・ワッツ)で、記憶喪失のリタが、実は人気女優のカミーラ・ローズ(ローラ・ハリング)であることが分かってくる。

アダムは前・後半とも映画監督のままだが、現実では彼は女優に抜擢したカミーラと交際し婚約。

そのパーティに参加していたダイアンは、同性愛相手だったカミーラが監督とできていて、しかも他にも寝ていそうな相手(前半ではカミーラだった女)までいることを知る。

そしてダイアンは、殺し屋ジョーにカミーラ殺しを依頼するのだ。

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依頼場所のダイナーのウェイトレスの名札が現実ではベティ、妄想ではダイアンと、現実とはすり替わっている。

アパートの大家のココは現実には監督の母親、カミーラも前半では本人から取り巻きの女にすり替わっている。妄想では、実在の人物を都合よく立場をかえて登場させる。

殺人依頼の場所をレジから眺めている客の男は、そこに悪意を感じ、妄想の中では悪魔に出会う人物として登場する。ダイナーと同じコーヒーカップを前半でベティが自室で使っているのも、記憶の混濁か。

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前半でマフィアたちが探している人物(つまりリタ?)がみつからないという状況を連絡する先が赤いランプのある部屋。そこはダイアンの部屋だったことが後半で分かる。

青い鍵がダイアンの部屋にあるということは、ジョーはカミーラ殺しに成功したのだろう。

嫉妬の末に愛する女性を殺してしまった罪悪感が、まだどこかで生きているのではないか、そして自分と復縁できるのでないかという妄想をダイアンに創り出させた

そして良心の呵責が、最後に登場する笑顔の老夫婦(純粋に女優志望でハリウッドに来た彼女を応援してくれた人たち)となって、ダイアンに襲い掛かった結果、彼女は自分に銃口を向けた。それがあの、腐乱死体だったのだ。

「静粛に、静粛に。楽団はここにはいません。すべては録音です」

妄想の中のクラブ・シレンシオで何度も繰り返される口上。あなたが見聞きしているものは、すべてまやかしですよと、妄想の中で教えてくれているわけだ。

なんだ夢落ちかよ」と言わせないだけの出来栄え、デヴィッド・リンチ監督らしい力作だった。