『秒速5センチメートル』
新海誠監督のあの名作が、感動もそのままに、実写化でよみがえるとは。
公開:2025年 時間:121分
製作国:日本
スタッフ
監督: 奥山由之
脚本: 鈴木史子
原作: 新海誠
キャスト
遠野貴樹: 松村北斗
(小中学生) 上田悠斗
(高校生) 青木柚
篠原明里: 高畑充希
(小中学生) 白山乃愛
澄田花苗: 森七菜
水野理紗: 木竜麻生
久保田邦彦: 岡部たかし
輿水美鳥: 宮﨑あおい
小川龍一: 吉岡秀隆
勝手に評点:
(オススメ!)

コンテンツ
あらすじ
1991年、春。東京の小学校で出会った遠野貴樹と篠原明里は、互いの孤独に手を差し伸べるように心を通わせるが、卒業と同時に明里は引っ越してしまう。
中学1年の冬。吹雪の夜に栃木・岩舟で再会を果たした二人は、雪の中に立つ桜の木の下で、2009年3月26日に同じ場所で再会することを約束する。
時は流れ、2008年。東京でシステムエンジニアとして働く貴樹は30歳を前にして、自分の一部が遠い時間に取り残されたままであることに気づく。明里もまた、当時の思い出とともに静かに日常を生きていた。
レビュー(ネタバレあり)
こういう実写化がいいんだ
新海誠監督の初期作品の中でもカルト的な人気を集める『秒速5センチメートル』を何と実写化したという。ファンの間には不安も多かっただろう。
だが、蓋を開ければ、これは納得の作品なのではないか。アニメ作品で感じられた、甘酸っぱい思春期の思い出が、フリーズドライされていたかのように、この作品の中で再び花開く。
監督はMVやCMで活躍の奥山由之。映画としては『アット・ザ・ベンチ』を監督しているが、正直ノーマークだった。いや、この実写化は見事だ。
原作アニメへのリスペクトがあるのは勿論だが、単にロケ地やカット割りをオリジナルに寄せに行っているだけの単純な模倣であれば、そこに実写化の意義はないことをしっかり理解している。
アニメのキャラクターは当然ながらアニメーターが描いた動きしかしないが、松村北斗や高畑充希をはじめ生身の俳優たちは、アニメでは表現しきれない細かい動作や表情で、オリジナルにあったナレーション部分を伝えきろうとしている。
◇
オリジナルでは63分の作品を、倍の長さに引き伸ばしているが、水増し感はまったくなく、新たに加えたエピソードもよく練られている。
オリジナルのアニメが有名なので、今更ストーリーには深くは触れないが、まるで元ネタのミッシングピースを、実写化でついに埋めてくれたような感慨を覚える。
挿話の並び替えが効いている
- 小学校で転校生同士、親しくなった貴樹(上田悠斗)と明里(白山乃愛)だが、転校し栃木の中学に行った明里に会いに、貴樹が雪のふる夜に豪徳寺から一人心細く電車を乗り継いで行く話
「桜の花びらが舞い落ちる速さは秒速5センチメートルなんだって」 - 種子島に転校し高校生になった貴樹(青木柚)に、同級生の花苗(森七菜)は惹かれるが、彼は子供の頃から好きだった宇宙やロケットにしか見ていないのだと気づき、涙する話
「ロケットを電車で運ぶの、時速5キロなんだって」 - 大人になって西新宿でプログラマーとして忙しく働き、自分を失っていく貴樹(松村北斗)に、恋人の理紗(木竜麻生)が別れを告げるメールを送る。
「1000回にわたるメールのやり取りをしたとしても、心は1センチほどしか近づけなかった」
アニメ版は、3つのエピソードがそれぞれ完全に独立し、時系列順で登場するのだが、映画では3.の現代(1990年代)から物語が始まり、途中で回想シーンとして1と2をはさんでいく。
この順番を変えた構成は心憎い。もっともハラハラ展開の①を中盤以降に持ってきたことで、しっかりと盛り上がりが作れているし、各エピソードの一体感も生まれた。
◇
イマドキの中学生ならLINEでやりとりできてしまうから、約束の待ち合わせに会えるかどうかのドラマは生まれにくいのだろうな。
駅や電車内の様子、西新宿の風景やガラケーにG-Shockなど、アニメではリアルな詳細描写が実に新海誠っぽいと思ったが、映画は現物でそれを再現。
学校やコンビニのロケ地も良く探してきたものだ。特に、種子島のロケット打ち上げは、実写ならではの迫力があって良かった。

キャスティングについて
キャストも顔ぶれだけ見れば華やかながら、誰もが元ネタの世界観を壊すような目立ち方を避けようとしているかのようで、新宿にいる高畑充希や木竜麻生も、種子島にいる森七菜も宮崎あおいも、みんな地味目なナチュラルメイク。
特に肌を焼いて女子高生サーファーになりきっている森七菜はさすがの女優根性。5年前の『ラストレター』の頃の初々しさを思い出す。
少女時代の明里を演じた白山乃愛は、東宝シンデレラの最年少受賞者だそうで、それも納得の華やかさ。これから大活躍するんだろうなあ。
そして松村北斗は、繊細で不器用な主人公を見事に演じきる。『夜明けのすべて』のパニック障害の青年を思い出していたら、今回は彼女役の木竜麻生の方が、電車に乗れない症状だったので驚いた。
『夜明けのすべて』と同じくプラネタリウムが本作にも登場し、またも松村北斗がその投影やナレーションに携わるというのも面白かった。ここは映画オリジナルの部分だが、なかなかうまい。

星やプラネタリウムに関しては、本年公開の『この夏の星を見る』というイチオシの映画があるのだが、その中で高校天文部の顧問を演じていた岡部たかしが、本作では貴樹の勤務先の上司を演じているのが面白かった。
何だか、プラネタリウム繋がりで三つの映画が混じり合っているようだ。
そして、エンディング
ここから更にネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
栃木と鹿児島に離れ離れになる13歳の少年と少女は、18年後の小惑星がぶつかると予測された日に、また会う約束をする。

新海誠の『秒速5センチメートル』の前作にあたる『雲のむこう、約束の場所』で主演の声優を務めた吉岡秀隆が、プラネタリウムの館長を演じている。
このあたりにお涙頂戴的なウェットさを嗅ぎ取れてしまい、ひょっとしてオリジナルとは違う結末なのかとひやひやした。
◇
だが原作を愛する奥山由之監督はじめ製作陣は真面目に路線を踏襲し、最後には小田急線の踏切を挟んでのラストに繋がる。アニメでは言葉足らずだった行間を、けして過剰にならずに程良く埋めてくれる。

唯一、実写版に物申すとすれば、この作品とは切っても切り離せない名曲、山崎まさよしの「One more time, One more chance」をもっときちんと使って欲しかった。
種子島のカラオケボックスで、この曲を歌わずに二人で聴いてみたり、電車内の若者のヘッドホンから漏れるシャカシャカ音で流してみたりと、発想は面白いが、ここは余計な演出不要で聴かせてよ。
奥山由之監督がMVも手掛けている米津玄師は私も好きなミュージシャンだが、エンディングに登場するのは、やはり山崎まさよしのあの曲であってほしかった。