『ブルータリスト』考察とネタバレ|大本命って言ってたじゃん

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『ブルータリスト』
 The Brutalist

エイドリアン・ブロディが演じるハンガリー系ユダヤ人建築家の米国での波乱の半生

公開:2025年 時間:215分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:      ブラディ・コーベット


キャスト
ラースロー・トート:
        エイドリアン・ブロディ
エルジェーベト・トート:
       フェリシティ・ジョーンズ
ジョーフィア:  ラフィー・キャシディ
ハリソン・ヴァン・ビューレン:
            ガイ・ピアース
ハリー:      ジョー・アルウィン
マギー:    ステイシー・マーティン
アッティラ: アレッサンドロ・ニヴォラ
ゴードン:   イザック・ド・バンコレ
レスリー:     ジョナサン・ハイド

勝手に評点:3.0
 (一見の価値はあり)

(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C)Universal Pictures

あらすじ

ハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は第2次世界大戦下のホロコーストを生き延びるが、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)や姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。

家族と新しい生活を始めるため米国ペンシルベニアに移住した彼は、著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。

建築家ラースローのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、彼の家族の早期米国移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築を依頼。

しかし母国とは文化もルールも異なる米国での設計作業には、多くの困難が立ちはだかる。

レビュー(まずはネタバレなし)

2024年アカデミー賞に作品賞ほか10部門ノミネートの本作、大本命と謳っているキャッチフレーズも誇大広告ではないだろう(の筈だったが)。3時間半という上映時間に腰が引けたが、意を決して劇場に向かう。

ホロコーストを生き延び、米国に渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)の半生を描いた作品。

「ブルータリスト」とは、50年代から流行した、装飾を極力排除して素材そのもの(コンクリート打放しなどが代表的)に重きを置く建築様式「ブルータリズム」の建築家をさす。

モダニズム建築好きな私としては、これはぜひ見ておかないと。コゴナダ監督の『コロンバス』(2017)を、ただ美しいモダニズム建造物が登場するだけで、気に入ってしまったくらいだし。

というわけで期待値は高かった本作であるが、観終わってすぐに思ったことは、またもアカデミー賞レース前後の煽り商法に踊らされてしまったかということ。

 

例えば近年作品賞を獲った『エブ・エブ』(2022)は今もって意味不明な作品だし、同じく『オッペンハイマー』(2023)もノーラン監督の作品の中では凡庸。だけど、どちらも声高につまらないとは言いにくい空気が世間的に蔓延していた。

本作にも同じ匂いがする。エイドリアン・ブロディ主演のハンガリー系ユダヤ人が移民として米国に来る話というだけで、すでに酷評が躊躇われるじゃないか。

本作で何が残念だったかというと、主人公ラースロー・トートが架空の人物、つまりフィクションの物語だという点。

そりゃ確かに、どこにも実話ベースだと書かれてはいないし、映画なんて嘘で成り立つ世界なのだけれど、真実の重みがあればこそ、3時間半この男の半生につきあう気になったわけで。

ブラディ・コーベット監督は、「もっと長い配信ドラマを見慣れている世の中で、物語に没入させるのにはこの上映時間でも厳しかった」といった趣旨のコメントをしていたと思うが、配信ドラマはタイパ重視で「倍速・ながら見」だよ。

考えてみたら、エイドリアン・ブロディがこういう役を演じている時点で、主人公が実在した『戦場のピアニスト』(2002、ロマン・ポランスキー監督)が頭に浮かんでいる。

更にダメ押しするように、劇場で配布されるのが、本編でラースローの設計するコミュニティ・センターの資料。まるで博物館に置かれた小冊子のような装丁で、すっかり事実に裏打ちされた物語と信じ込んでしまった。

小冊子に芥子粒みたいに小さな文字で、「架空の内容です」と注釈があるのに観賞後に気づき、愕然とした。このまま騙されてた方が幸福だったかもしれないのに。

建築家の映画となれば、どのような建造物ができあがるかを堪能したいではないか。ところが、不思議なことに本作では、ラースローが設計したものをしっかりとカメラに収めようとする意思が、まるで感じられない。

スチール製のパイプ椅子や、リノベしてこしらえた図書室、そして何度も困難な目に遭いながら建設プロジェクトを進めるコミュニティ・センター。どれひとつとっても、作品がきちんと登場しない。

(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C)Universal Pictures

製作陣には建築愛などなく(『コロンバス』を観よ)、ただ、ユダヤ人の米国移民の苦労話が撮りたかっただけなのだ。そうであるならば、この映画に目新しさはあまりない。

とはいえ、3時間半が長時間耐久レースのような苦痛かというと、そうでもない。215分と聞くと身構えるが、前半後半で各100分、インターミッション15分という構成になっていて、快適に観賞できた。これで映画一本分の料金ならお得とも言える。

ただ、休憩の存在はもっと告知すべきだろう。「215分にわたる壮大な人間ドラマ」(公式サイト)って、ミスリードだし、知らずに敬遠してしまったひともいるはず。

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前半は、いろいろ期待させる部分も多く、惹きつけられた。

妻エルジェーベトや姪ジョーフィアと強制的に引き離され、単身、自由の女神のもと、マンハッタンに到着したラースロー。旧知のアッティラ(アレッサンドロ・ニヴォラ)の待つフィラデルフィアへ向かい、彼から妻の生存を伝えられて涙を流す。

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アッティラの店で家具屋を手伝い、実業家ハリソン・ヴァン・ビューレン(ガイ・ピアース)の息子ハリー(ジョー・アルウィン)から、父へのサプライズで図書室の改装を請け負う。

その仕上がりは見事だったが、勝手な仕事が見つかりハリソンの逆鱗に触れる。親しいアッティラからはあらぬ言いがかりで追い出され、仕方なく炭鉱仕事で飢えを凌ぐラースロー。

だが、ある日ハリソンが再び訪ねてくる。彼は、ラースローが祖国で活躍していた気鋭の建築家だと知り、仕事を持ち掛けてきたのだ。

こうして、希望の国アメリカで、ようやくラースローにも才能を発揮するチャンスが巡ってくる。だが、本作はただのサクセスストーリーではないことを、我々は後半で思い知ることになる。

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ラースローを演じたエイドリアン・ブロディについては今更いうまでもなく、この役のキャスティングを考えたら、まず頭に浮かぶであろう俳優だ。地で行けそうに思わせること自体、彼の演技力の賜物なのだろうが、あくまで自然体にみえる。

本作で存在感が際立っていたのは、実業家ハリソン役のガイ・ピアースだろう。ラースローのパトロン的な理解者にも見えるが、感情的な暴君にもなる。クセのある助演俳優ポジションは、ガイ・ピアースの好むところ。

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ハリソンの長男ハリー役のジョー・アルウィンの放蕩バカ息子っぷりや、親しそうにみえてすぐにラースローを追放するアッティラ役のアレッサンドロ・ニヴォラなど、憎まれ役の男性陣もそのゲスな感じが絶品で、ラースローが気の毒になる。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください

ハリソンの口利きで弁護士が動いたことにより、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)がついに米国に入国する。

だが、栄養失調で妻は車椅子生活になっており、姪は精神的なショックからか発話ができなくなっている。

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ラースローは建設プロジェクトに専念し、ハリソンも妻や姪を気にかけてくれるが、次第に、全ての歯車が狂い始める。

設計に影響が出るほどのコスト削減の強行、資材を積んだ列車の不運な事故による建設計画の白紙撤回等々。やがて、姪ジョーフィアは結婚相手を見つけ、夫婦で子育てのために聖地エルサレムに戻ってしまう。

建設は再開したが、苛立ちがエスカレートするラースロー。自分が鎮痛のために常用する麻薬を、痛みに苦しむ妻に与えるが、過剰摂取で死にかける。そこで彼は感情を爆発させる。

「この国は、僕たちを歓迎していないんだ!」

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裕福な実業家は、芸術家を自分の支配下に置きたがる。ハリソンはイタリアに大理石の買い付けに行った際、泥酔したラースローをレイプした。それもあってか、ラースローは人格が変わってしまった。

妻エルジェーベトは夫の性被害を聞き、単身、ハリソンの屋敷を訪れ、怒りをぶちまける。フェリシティ・ジョーンズの迫力演技はガイ・ピアースに負けていない。

私はここで身を乗り出した。実はハリソンの性加害場面は薄暗く、分かりにくかったのだ。だが、彼女の台詞ではっきりした。ただ、ここからの展開はやや分かりにくい。

まず、大勢の前で自分の罪を暴露されたハリソンは、すぐに姿を消してしまう。家族が探しても見当たらない。自室から銃声でも聴こえそうな場面だったが、彼の消息が分からぬまま、なぜか物語は唐突に「エピローグ(1980)」に移る。

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そこはラースローの作品が取り上げられた美術展で、コミュニティ・センターについてジョーフィアがスピーチをするのである。エルジェーベトは既に亡くなり、会場には車椅子のラースローと、昔のジョーフィアにそっくりな娘がいる。

このエピローグはいただけない『関心領域』のように、戦時中からいきなり現代のホロコースト博物館の清掃シーンに飛ばすくらいのインパクトがあれば話は別だ。

だが、センター設計にあたっての思想(狭い部屋は収容所と同面積、ただし天井だけ高い)などは、淡泊なスピーチではなく、現物を前にラースローに語らせてあげたかった。

「大事なのは到達地であって、経路ではない」

そう、それすらも、車椅子の本人を前に姪が口にするのでは、興ざめだ。

冒頭のタイトルも、エンドロールが斜めに流れるのもカッコいいのだが、「この映画にそのクールさ必要か」と思ってしまう。

こんなに長い映画の最後は曲も終わって完全無音状態でひたすらスクロールを見させられる。なんの罰ゲームだ、これ。