『先生の白い嘘』
性被害の苦しみを描いた鳥飼茜の原作コミックを三木康一郎監督が奈緒と風間俊介で映画化
公開:2024年 時間:117分
製作国:日本
スタッフ
監督: 三木康一郎
脚本: 安達奈緒子
原作: 鳥飼茜
『先生の白い嘘』
キャスト
原美鈴: 奈緒
早藤雅巳: 風間俊介
新妻祐希: 猪狩蒼弥
渕野美奈子: 三吉彩花
三郷佳奈: 田辺桃子
和田島直人: 井上想良
清田恵里: 板谷由夏
池松和男: ベンガル
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
高校教師の原美鈴(奈緒)は、女であることの不平等さを感じながらも、そのことから目を背けて生きている。
ある日、親友の渕野美奈子(三吉彩花)から、早藤雅巳(風間俊介)と婚約したことを告げられるが、早藤こそ美鈴に女であることの不平等さの意識を植え付けた張本人だった。
早藤を忌み嫌いながらも、呼び出しに応じてしまう美鈴。
そんなある日、担当クラスの男子生徒・新妻祐希(猪狩蒼弥)から性の悩みを打ち明けられた彼女は、思わず本音を漏らしてしまう。新妻は自分に対して本音をさらけ出してくれた美鈴にひかれていく。
レビュー(ネタバレあり)
インティマシー・コーディネーター
男女間の性の格差を描いて反響を呼んだという鳥飼茜の同名コミックを実写映画化。原作は未読。本作は何といっても、例のインティマシー・コーディネーターの謝罪騒動が強烈に印象に残っている。
主演の奈緒が導入を希望したインティマシー・コーディネーターを、撮影の際に間に人を入れたくなかったからという理由で、三木康一郎監督が却下した一件だ。
◇
舞台挨拶で奈緒が明かしたこの話は、監督を攻撃する意図ではなかったかもしれないが、結果的に炎上騒ぎとなり、三木監督とプロデューサーを謝罪に追い込んだ。
日本の#MeToo運動が活発化したのは2022年、本作のクランクインはその前だったようだが、性被害に苦しむ女性主人公を扱った映画の作り手としては、意識が低すぎる。
性被害をなくしたいという思いで原作を描いた鳥飼茜も、苦々しい思いでいたのではないか。
とはいえ、作品そのものは、その騒動とは切り離して観てみよう。
割り箸を割っても均等に綺麗には割れない。「自分はいつも取り分が少ない方に属している」と独り言ちる主人公の原美鈴(奈緒)。
居酒屋で親友の美奈子(三吉彩花)と待ち合わせていると、彼女は婚約者の早藤(風間俊介)を連れてくる。
身なりも冴えない陰キャの美鈴に、ガサツで軽薄そうなハデ女の美奈子がなぜ親友同士なのか不思議だったが、そんなことを気にさせないほどの風間俊介の圧巻のゲス男ぶり。
女はいつも不条理な怖さを抱えている
美鈴と早藤は初対面ではなく、6年前に美奈子の引越しを手伝った際に会っているどころか、その時早くも、この男の毒牙にかかっている。その時から、美鈴は女であることの不平等さを植え付けられてしまっているのだった。
再会以来、勤務先の高校にまで執拗に押しかけて来て性行為を迫る早藤に抵抗できない美鈴。親友のカレシ(後の婚約者)から性被害を受けているとは、誰にも相談もできない。
◇
一方、そんな美鈴の担任クラスでは、教え子の新妻(猪狩蒼弥)がバイト先の主婦に誘われホテルに行き、女性に恐怖心を抱くようになっている。
「男と女では不平等さが違うの」と、新妻に声を荒げる美鈴だったが、次第に二人は互いの存在に心の安らぎを覚え、惹かれ合うようになる。
オラオラ系のクズ男・早藤は、自分を怖がっている美鈴を性奴隷にすることでしか欲情できず、婚約者の美奈子にはそそられない。そんな早藤の手荒な扱いにマインドコントロールされ、美鈴は苦しみ続ける。
◇
公式サイトには当初「早藤を忌み嫌いながらも、快楽に溺れ、早藤の呼び出しに応じてしまう美鈴」と書かれていたが、表現が不適切との指摘を受け、一部削除されたという。
一連の騒動から、世間は神経質になっているともいえるが、確かに、美鈴は<快楽に溺れ>てはいない。それではただのポルノ映画だ。
あまりに暗く重い展開
美鈴が早藤にいろいろな状況で性加害を受けるシーンは、けして映像的には過激ではなく、奈緒が裸を晒すわけではない。ただ、早藤の言葉の暴力や行動が、彼女を精神的に追い詰める。
演技に真剣に向き合う奈緒が安心できる撮影環境を求めたくなる気持ちは男の私でも理解できる。
◇
映画は早藤に苦しめられ続ける美鈴が、いつ、どのように反撃をするのか(或いはできないのか)がポイントとなっていく。
美鈴に好意を抱き、彼女を救おうとする教え子の新妻は、彼女を救うのか、それとも返り討ちに遭うのか。親友の美奈子は、早藤の本性を知った時に、美鈴の敵になるのか味方になるのか。
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シリアスな題材だけに扱いが難しかったのだとは思うが、これは映画としてはあまりに暗い内容だ。救いがないわけではないのだが、かといって明るく気持ち穏やかなハッピーエンドでもない。
◇
早藤が終盤に払うことになるツケも、その罪の重さに見合うものとは思えない。原作コミックを読んでいないので、あくまで映画単体での感想だが、早藤の胸糞ぶりだけが心に刻まれ、後味の悪い映画になってしまったように思う。
三木康一郎監督といえば、『“隠れビッチ”やってました。』みたいなコミック原作コメディ映画がホームグラウンドでしょ。もしくは『トリハダ』的スリラー系か有川ひろ原作恋愛系。今回の題材は相性悪かったのでは。
キャスティングについて
美鈴を演じた奈緒は、ストーカーやボクサーなどといった役も演じるけど、『マイ・ブロークン・マリコ』では自殺、『傲慢と善良』では失踪と、基本的には幸薄い役が得意なカメレオン女優。
今回も早藤に殴られた後の顔とか、傷だらけで教壇に立つ姿とか、主演女優とは思えない痛々しさ。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の永作博美を思わせる、<傷だらけの天使>ならぬ<教師>。
早藤役の風間俊介のあの不敵な表情と言動は、坂元裕二の傑作ドラマ『それでも、生きてゆく』での怪演の再来だ。悪の部分をしっかりやれる役を探していたということなので、願ってもないヒール役だったろう。
でも、風間駿介がこういう役を演じると、どこか原田泰造に見えない?
◇
高校生の新妻を演じた猪狩蒼弥は、HiHi Jetsから離れての映画単独初出演。髪の毛がメッチャ重たそうだったけど、先生を慕う若者の純粋さが滲み出ていた。事務所先輩の風間俊介とは、もっと睨み合いがあっても良かったか。
美奈子役の三吉彩花は前半は何も事情を知らないで早藤と婚約しているバカっぽいオンナなのだが、終盤で妊婦になってからガラッとキャラ変。
同年公開の『本心』(2024、石井裕也監督)での透明感溢れる役とあまりに雰囲気が違っていて驚く。
学校のクラスメイト(田辺桃子、井上想良)は登場シーンは多いのに物語にはほとんど絡まないので、存在理由が不思議。精神科医の板谷由夏も絡みが中途半端な気がした。
このラストは物足りない
最後にネタバレになるので未見の方はご留意ください。
新妻クンに勇気をもらった美鈴が、早藤に呼び出されたホテルで初めて彼に反抗し、自分の怒りをぶつける。早藤は美鈴をボコボコに殴りつけるが、自身も相当のショックを受けたのか、自宅に戻り首を吊る。
こんな野郎は死なせてしまえばいいのに、なぜか美奈子の発見で一命を取り留める。破水した妊婦妻のために救急車を呼ぶよりも、まず警察に電話して自首する身勝手さも解せない。
美鈴は結局、好きになった新妻に対しても、相手が男性である限り、身体が受け付けない。簡単にハッピーエンドにはならないのだ。
関係が学校にバレたこともあり、彼女は別れを選ぶ。卒業後に先生を追いかけてくる新妻との再会、yamaの主題歌やコトリンゴの音楽により、いい雰囲気で終わらせようとしているのが透けて見える。
早藤が刑務所に収監されるだけって、なんか甘くないか。絶対再犯しそう。