『007 ユア・アイズ・オンリー』
For Your Eyes Only
ロジャー・ムーアがボンドを演じるシリーズ12作目。ボンドガールはキャロル・ブーケ。
公開:1981年 時間:127分
製作国:イギリス
スタッフ
監督: ジョン・グレン
原作: イアン・フレミング
『読後焼却すべし』『危険』
(『007 薔薇と拳銃』所収)
キャスト
ジェームズ・ボンド: ロジャー・ムーア
メリナ・ハブロック: キャロル・ブーケ
クリスタトス: ジュリアン・グローヴァー
ミロス・コロンボ: トポル
リスル伯爵夫人: カサンドラ・ハリス
エミール・ロック: マイケル・ゴタード
ゴンザレス: ステファン・カリパー
ビビ・ダール: リン=ホリー・ジョンソン
ルイージ・フェラーラ: ジョン・モレノ
グレイ国防大臣: ジョフリー・キーン
ビル・タナー: ジェームズ・ビリエ
Q: デスモンド・リュウェリン
マネーペニー: ロイス・マクスウェル
車椅子の男: ジョン・ホリス
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
画期的なミサイル誘導装置ATACを積んだ英国軍用船がギリシャ沖で沈没し、さらに引き揚げ作業に当たっていた海洋考古学者ハブロック卿夫妻が惨殺される。英国情報部はボンドを派遣。
ボンドはハブロック夫妻の娘メリナ(キャロル・ブーケ)と調査を開始するが、やっと探り当てた犯人を復讐に燃えるメリナが殺してしまい、二人は犯人を操っていた組織に追われることになる。
ボンドはこの組織の裏を探り、ギリシャの謎めいた富豪クリスタトス(ジュリアン・グローヴァー)に目を付ける。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
原点回帰の意気込みや良し
スケールこそ大きいが荒唐無稽な内容だった前作『007ムーンレイカー』を反省し、スパイアクションの原点回帰を旗印に撮られたのが本作。
原題の”For Your Eyes Only”とは極秘書類の表紙に書かれる決まり文句と、「あなたにだけ見せてあげる」というボンドガールの艶めかしい台詞のダブルミーニング。
邦題にも”For”を入れないから、我々日本人は日本語英語から脱却できないのだと嘆きたくなるが、『007 読後焼却すべし』よりはマシか。
監督のジョン・グレンは『女王陛下の007』以来複数のシリーズ作品で編集や助監督を務め、本作でついに監督デビュー。以降、ロジャー・ムーアからティモシー・ダルトンのボンドまで計5本のメガホンを取り、この年代の作品群を支えた人物。
宇宙基地から大男ジョーズの登場までエンタメ路線に走ってファンが頭を抱える羽目になった前作にくらべ、確かに本作は正統派といえなくもない。
◇
ただ、原点回帰といいながら、過去作との訣別を匂わせる部分がアヴァンタイトルに登場する。まずは『女王陛下の007』において挙式後すぐに射殺されてしまった、ボンドの元妻の墓参り。
次にボンドが乗った小型飛行機をリモコンで墜落させようとし、返り討ちに遭って空中から煙突の中に放り込まれる猫を抱いた車椅子の男。権利関係のトラブルで名前も出せないが、どうみてもスペクターのボスである宿敵ブロフェルドだ。
そしてタイトルバックには大ヒットしたシーナ・イーストンの主題歌。シンガー自ら映像で登場するのは、彼女が初めてらしい。ボンドガールと言われても納得の顔立ちだからか。
話の流れはいつもと同じ
ギリシャ沖イオニア海で何者かに襲われて沈没した英国のスパイ船には、ミサイル誘導装置ATACが積まれていた。ATACを他国に奪われるわけにはいかない英国政府は、海洋考古学者ハブロック卿(ジャック・ヘドレイ)に探索を依頼。
だが、ハブロック卿の娘メリナ(キャロル・ブーケ)が両親に協力しようと船に訪れた時、水上機でやってきたゴンザレス(ステファン・カリパー)によって両親は銃撃されてしまう。
軍事的に悪用できてしまう画期的な新製品が盗まれる、悪の組織に親が殺されて美しい一人娘が復讐を企てる。そして我らがジェームズ・ボンドがその娘の協力を得ながら、ラスボスのアジトに潜入し敵の息の根をとめる。
ありがちなパターンは予想することも容易だが、そこはお約束の範疇であってツッコミどころではない。
◇
メインのボンドガール(ここではキャロル・ブーケ)の生存率は高いが、リスル伯爵夫人(カサンドラ・ハリス)のような愛人っぽいポジションの女性は間違いなく死ぬ。
ルイージ・フェラーラ(ジョン・モレノ)のようにボンドに協力する男性も同様の憂き目に遭う。その辺は本作でもルールを逸脱しない。
アクションは盛り沢山
本作は従来以上にアクションが充実している。
- 冒頭の小型飛行機曲乗りも大迫力で、アヴァンタイトルの見せ場としては申し分ない
- メリナの愛車シトロエン2CVをボコボコにしながら敵のプジョー504から逃げまくるカーチェイス
- ゲレンデでのオフロードバイク軍団からの逃亡、スキージャンプ台やリュージュのコースの滑降
- スケートリンクではホッケー軍団との乱闘
- 断崖絶壁でのクリフハンガー
- 海中でのズゴック(ガンダムっす)みたいな潜水服相手のバトル
盛り込み過ぎで節操がない気もするが、ジョン・グレン初監督作ゆえ欲張った品ぞろえ。ただ、当時ロジャー・ムーアは50歳代半ば。若作りとはいえ、さすがに世代交代の時期なのではと感じ始める。
ボンドガールのキャロル・ブーケはクロスボウを操る知的美女。きりっとした目元がいい。ツンとすましたタイプに分類される正統派ボンドガール。
特筆すべきは、ボンドにはキスまでしか許さなかったこと。『私を愛したスパイ』にはなかった貞操観念が好感。
◇
もう一人のボンドガールは、富豪のクリスタトス(ジュリアン・グローヴァー)が支援しているスケート選手のビビ・ダール(岩崎良美じゃないよ、リン=ホリー・ジョンソン)。
プロだからスケートのうまさは文句なしだが、本作における存在意義が謎。ただのセックスに夢中なお年頃の尻軽娘にしかみえない。ビビはシリアス路線の本作では浮いてたわ~。
エスプリは効いてたけれど
ボンドカーとしては『私を愛したスパイ』でお馴染みのロータス・エスプリ。今回は潜水艦への変形もなし。
美しいフォルムには毎度うっとりだが、1台目がすぐに自爆で大破するのは見るのもつらい。2台目はメタリックオレンジ。なんの特殊装置も披露せずだが、スキー板をリアキャリアにぶっ刺す積み方が絵になる。
今回はシリアス路線なので、あえてQ(デスモンド・リュウェリン)の開発した秘密兵器は登場させなかったそうだ。ちょっと物足りない。
その代わりに、ボンドの記憶を頼りに犯人を人相書きしてくれるシステムが登場するのだが、さすがに今見ると噴飯ものの出来。当時は最先端だったか。
◇
Qの新製品もマネーペニー(ロイス・マクスウェル)とボンドの軽口の応酬も控えめなのに加え、本作では上司Mが休暇中で登場しない。
バーナード・リーが亡くなったための苦肉の策だが、グレイ国防大臣(ジョフリー・キーン)やビル・タナー(ジェームズ・ビリエ)が代わりにボンドに指示をだす。ここには愛情が感じられず、職場は殺伐としている。
結局ラスボスは誰だ
メリナの両親であるハブロック夫妻を殺害した首謀者は誰か。ボンドは似顔絵から、殺し屋のロック(マイケル・ゴザード)が依頼人であることを突き止めるが、その裏で糸を引くのが密売業者のコロンボ(トポル)だと睨む。
だが後に、ボンドが情報をもらった富豪のクリスタトスこそが黒幕であることを知る。
ボンドの憎めない相棒役となるコロンボを演じるトポルは、巨匠キャロル・リード監督の遺作『フォロー・ミー』(1972)で個性的な探偵役をやっていたイスラエルの俳優。どちらもお人柄が伝わってくるキャラクターだ。
◇
原作はイアン・フレミングの短篇小説二編だが、『読後焼却すべし』では両親を殺された娘の仇打ちの協力、『危険』では、コロンボとクリスタトスとの関係がそれぞれ描かれている。
ここ何作か、まったく原作をかけ離れた映画化が多くなっていたが、今回はわりと忠実に再現。このあたりも原点回帰の一環なのかもしれない。
ラストは、ミッションコンプリートでお宝を奪還し、最後にボンドガールと水上でしっぽりという既定路線に背くものではない。
だが、奪い返したATACを受け取りに現れたソ連のゴーゴル将軍 (ウォルター・ゴテル)の眼前で、ボンドはそれを崖から海に放り投げる。
これでデタントだというわけだが、ATACが壊れたことを見届けて将軍もニヤリとする。このパターンは過去作にはない新機軸ではないか。
エンドロールにはシーナ・イーストンの主題歌が流れる。この曲のおかげで、作品の評価がワンランク高くなるように思える。