『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
The Holdovers
アレクサンダー・ペイン監督がポール・ジアマッティとの再タッグで贈るクリスマス映画の新定番。
公開:2024 年 時間:133分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: アレクサンダー・ペイン
脚本: デヴィッド・ヘミングソン
キャスト
ポール・ハナム: ポール・ジアマッティ
アンガス・タリー: ドミニク・セッサ
メアリー:ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ
リディア・クレイン:キャリー・プレストン
クンツ: ブレディ・へプナー
スミス: マイケル・プロヴォスト
オラーマン: イアン・ドリー
パク: ジム・カプラン
ダニー: ナヒーム・ガルシア
エリス: ダービー・リリー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1970年、マサチューセッツ州の全寮制寄宿学校。生真面目で皮肉屋で学生や同僚からも嫌われている教師ハナム(ポール・ジアマッティ)は、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることになる。
母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることになった学生タリー(ドミニク・セッサ)、寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)。
それぞれ立場も異なり、一見すると共通点のない三人が、2週間のクリスマス休暇を疑似家族のように過ごすことになる。
レビュー(まずはネタバレなし)
コメディじゃなかった
“ホールドオーバーズ”とは、残留者という意味だが、日本では馴染みがないからか『置いてけぼりのホリディ』という副題がつく。
このタイトルでクリスマス映画というと、つい『ホームアローン』的なドタバタコメディを想像してしまう。キービジュアルもそう見えるし。だが、蓋を開けるとまったく違った。
名優ポール・ジアマッティならではの、ちょっとほろ苦い人間ドラマ。日本でも、それらしい邦題でクリスマス・シーズンにあてるのが相応しい作品なのに、なぜか6月公開。
ポール・ジアマッティが演じる主人公は、全寮制寄宿学校に勤める堅物の嫌われ者教師ポール・ハナム。殆どの生徒が家族のもとに戻るクリスマス休暇に、数名だけ残留する生徒のために、監督役として学校に残ることになる。
アレクサンダー・ペイン監督とポール・ジアマッティのタッグは、『サイドウェイ』以来だそうだが、もう20年前の映画になるのか。いまだに西海岸のワイナリーの場面を映画やドラマで見ると、この作品を思い出す。
1970年の時代設定というのが心憎い。冒頭のミラマックス等の製作・配給会社の社名ロゴのデザインや画質がすでにそれっぽく、アメリカン・ニューシネマ全盛の時代の匂いがする。
寄宿舎に取り残されたところで、スマホやオンライン・ゲーム等でネットワークに繋がっていられる現代社会では、この生徒たちの寂寥感は出しにくい。だからこその1970年代。定番のクラシックなクリスマスソングとも相性がいい。
そして誰もいなくなった
融通の利かない考古学の教師ハナムは、生徒のみならず同僚からも煙たがられている。休暇前に生徒に返す試験はほとんどが落第点。休暇後に追試してやるといって不評を買う。
ハナムは元教え子の校長にも嫌われ、休暇中の監督役という貧乏くじが回ってくる。
残る生徒は4名。素行の悪いクンツ(ブレディ・へプナー)にロン毛のスポーツマンのスミス(マイケル・プロヴォスト)、下級生にはモルモン教徒のオラーマン(イアン・ドリー)と韓国人のパク(ジム・カプラン)。
そこに急遽、再婚した母がハネムーンに行くことになりセント・キッツ島旅行が取り止めになったアンガス・タリー(ドミニク・セッサ)が加わる。これで生徒は5人。
◇
それなりにキャラも立っており、この5人と教師のコミカルな戦争が描かれるのだと思っていると、なんと、スミスの父親の口利きで子供たちはみんなスキー旅行に行けることになる。
だが、母と連絡が取れないタリーだけ、その許可が下りず、ハナムと食事係の黒人女性メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)とともに、学校に居残る羽目に。この二段構えの展開で、タリーの寂寥感が一層強まる。
クラスでも斜に構えて打ち解けず、浮いた存在だったタリーと、生徒にも同僚にも好かれない堅物の独身教師ハナム。ある意味似た者同士ともいえる二人。
そこから先の展開は、まあ想定の範囲内ではある。はじめはぶつかり合う二人が、日が経つにつれ、少しずつ互いを理解しあい、距離を近づけていく。だが、この成り行きはドラマの王道だから崩してはいけない。
キャスティングの妙
特筆すべきは、キャスティングの妙だろう。タリーを演じたドミニク・セッサは映画デビューだそうだが、場慣れしていないフレッシュさが奏功。
不良っぽく突っ張りながらも、まだ高校生のウブな感じもあり、なかなか素直に本心をさらけ出せないタリーの立ち振る舞いが何ともいえずよい。
そして受け手となるハナム先生を演じるポール・ジアマッティは、味のある演技力については言うまでもないが、本作では考古学の知識をひけらかすだけで、教師としては人格的に欠点だらけという点がまたうまい。
この手の教師と生徒のドラマというのは、生徒の方は勿論だが、教師の方もあまりに人格者では面白くないし、共感できないのだ。
ロビン・ウィリアムスが教師を演じた『いまを生きる』(1989、ピーター・ウィアー監督)
は感動作品だったけど、主人公が熱血教師過ぎた。本作のハナム先生は、ダメ教師ぶりが丁度よいのである。
はじめは校則違反をうるさく言っていたハナムが、そのうち、この位ならいいか、ここは目をつぶってやるかと、少しずつ厳しい生活指導を緩和していく。
このあたりは、実刑が決まった若い水兵を護送するロードムービーの秀作、ジャック・ニコルソンの『さらば冬のかもめ』(1976、ハル・アシュビー監督)の匂いがするなあ。
さすが、アレクサンダー・ペイン監督。1970年代の設定にしただけはある。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
ハナム先生とタリー、そしてベトナム戦争で息子を亡くした肝っ玉母さんのメアリー。三人で何週間も学校に滞在していれば、そのうち気心も知れて親しくなっていくものだ。
- タリ―が立入厳禁の体育館に入って肩を脱臼し病院に担ぎ込まれる。
- 普段は学校で事務をしている女性リディア・クレイン(キャリー・プレストン)のホームパーティに誘われ、タリーがそこでエリス(ダービー・リリー)という娘に翻弄される。
- はたまた遠征したボストンでは、ハナムがハーバード大時代の旧友と鉢合わせし、彼の波乱含みの学生生活が明らかになる。
こうしたいくつかの出来事を通じ、すっかり監視が緩んだ頃に、タリーは脱出を試みて失敗してしまう。
彼は離婚した父親を訪ねようとしていた。父親は精神を病んで入院中。タリーは父親との再会を喜んだが、重症であることにショックを受ける。
「お前に言いたいことがある。食べ物に何かを入れられてるんだ」
この言葉に落胆する息子の姿が切ない。
◇
終盤でタリーの母と再婚相手が学校に怒鳴り込んでくる。タリーがボストンで父親と会ったことが問題となったのだ。おかげで、入院中の父親は病状が悪化したという。
タリーは退学処分になりかけるが、全て自分の考えだと、一切の責任をハナムが引き受る。
裁定がくだり、タリーが放校を免れ、ハナムが去ることになった。校長室で、タリーの両親相手にハナムがどのような啖呵を切ったのか、映画で一番の見せ場は想像するしかない。彼は何も言えなかったのかもしれないが。
本作では、ハナムもタリーも、そしてメアリーさえも、最後まで甘ったるい感動的な台詞は一言もいわない。心ではそう思っても、口に出るのは悪態ばかりだ。そこがいい。
照れくさくて言えないような言葉を、我々は彼らの表情や動きから読み取る。おとなの鑑賞に堪えるクリスマス映画だと思う。