『私の男』
桜庭一樹の直木賞受賞原作を、紋別を舞台に熊切和嘉監督が映画化。主演は浅野忠信と二階堂ふみ。
公開:2014 年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ 監督: 熊切和嘉 脚本: 宇治田隆史 原作: 桜庭一樹 『私の男』 キャスト 腐野淳悟: 浅野忠信 腐野花: 二階堂ふみ (少女期) 山田望叶 田岡: モロ師岡 大塩: 藤竜也 大塩小町: 河井青葉 大塩暁: 仲野太賀 尾崎美郎: 高良健吾 大輔: 三浦貴大 花の父親: 竹原ピストル
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
津波で家族を失った10歳の花は、遠い親戚と名乗る男、淳悟(浅野忠信)に引き取られる。
花(二階堂ふみ)と淳悟はふたりで寄り添うように暮らし、その密な関係に淳悟の恋人・小町(河井青葉)は苛立ちを隠せずにいた。
やがて地元の名士の大塩(藤竜也)が死体で発見され、淳悟と花は人知れず東京へと向かう。
今更レビュー(ネタバレあり)
父と娘の禁断の関係
桜庭一樹の直木賞受賞作を熊切和嘉監督が映画化。
奥尻島を襲った大地震で震災孤児となった少女・花(山田望叶)を、遺体霊安所で出会った遠縁にあたる海上保安官の男・腐野淳悟(浅野忠信)が引き取ることになる。
やがて高校生に成長した花(二階堂ふみ)。恋人の小町(河井青葉)と長年交際しながら独身を続ける淳悟と花には、父娘とは思えないほど親密な繋がりがある。
それがやがて、ひとつの事件へと発展していく。
一言で言ってしまえば近親相姦ものだ。
だから、いかに嫌悪感なく、或いは共感を呼ぶように物語を伝えられるかがポイントになってくるが、桜庭一樹の原作では、構成を花が結婚する場面から単元ごとに時系列を遡っていくことで、うまく工夫されていた。
映画はそのような凝った構成にはしておらず、震災から順を追って流れていく。そのため、どうしようもなく嫌悪感が先立つ人もいるかもしれない。
私はあまりその背徳が気にならなかった。舞台となっている厳寒と豪雪の紋別が、ただならぬ非日常感を与えているからかもしれない(住んでいる方には日常でしょうけれど)。
これが雪もない普通の都を舞台にした映画だったら、二人の関係への見方も変わってきたように思える。
◇
淳悟と花が実は本当の父娘なのだということも、原作ではそれなりに重みをもって伝えられたが、映画では明確に伝わりにくい。
確かに、冒頭の出会いの場面で「俺の子だ」という台詞はあるが、それは「今日から俺の子だ」の意味にしか聞こえない。
だから、二人はただの年の離れた親戚という見方もできてしまい、じゃあ肉体関係があってもいいか、という気にもなる。
キャスティング
圧巻なのは紋別やウトロの冬編のロケだろう。
勿論、ここを舞台にしていることは原作でも重要なポイントだが、それを違和感なく、いや原作以上の迫力でカメラに収めるというのは、さすが帯広出身の熊切和嘉監督だと感服する。
『海炭市叙景』の函館、『658km、陽子の旅』の青森の撮り方も良かったが、冬の静けさや凍てつく寒さの伝わり方が本作では別格。
また、寂しい風景に、下校のメロディのように流れるドボルザークの「家路」が似合いすぎて、旅愁が漂いまくる。音楽は今回もジム・オルーク。
それにしても、劇中の二階堂ふみみたいに、紋別の女子高生は生足だして雪道を通学しているのか。観ている方が寒くなる。
じゃれ合って雪合戦している男子生徒は、仲野太賀ではないか。それに、少女の花に「生きろ」と言って津波に飲まれたお父さんは、殆ど肉眼では視認できないが、竹原ピストル。要所に実力派を配置するのも熊切流。
町の名士である大塩さんに藤竜也。世話好きの善人だ。
その娘・小町(河井青葉)が煮え切らない交際相手の淳悟に愛想をつかして、上京してしまう。同棲する娘の花と、終始仲良くベタベタされていたのでは、当然か。
小町は原作ではもっと嫌な女のイメージだったが、薄幸が似合う美しい河井青葉が出てくると、淳悟たちが悪人にみえる。
小町ともホテルに行くものの、花の前では小町にまったく関心を払わない淳悟と、父にもらったピアスを飴のように舌の上に転がして、無邪気に人を傷つける小悪魔の花。
二階堂ふみ渾身の演技には、女優の覚悟が漲っている。彼女あっての作品といっていい。
そして浅野忠信の、何を考えているかが読めない空虚な目。『岸辺の旅』(黒沢清監督)も良かったが、あのように饒舌でないほうが、彼のミステリアスな魅力が引き立つ。
流氷シーンが圧巻
雪上で人目を忍んでキスするだけならまだしも、登校前に自宅で朝から父娘でコトに励んでいるところを、どうやら大塩さん(藤竜也)に目撃されてしまう。
ちなみに、天井から大量の血が滴る演出は、ミッキー・ロークの『エンゼルハート』からのパクリらしいが、さすがに1987年の作品なので、忘れていた。
花のために大塩さんは旭川に彼女の里親を見つけてくる。全ての事情を知って、向こうで幸せに暮らすように花に持ち掛ける。
だが、花にとって大塩さんの好意は、恋人との仲を引き裂かれるに等しい。直情型の彼女は、大塩さんを接岸した流氷まで誘き出し、そこに置き去りにしてしまう。
◇
この展開は初めから匂わされており、けしてサプライズではないが、どうやって撮ったのかと感心するほどの迫力シーンだ。昨今と違い、当然CGではない決死の撮影だろう。
だって、薄い流氷に花が足を乗せる時に、大きく沈み込んでいるもの。この場面だけでも、本作は観るに値する。流氷トラウマになりそうな、放置殺人。
この紋別編に比べると、淳悟と花が上京し、せまいアパートで暮らす東京編は、映画的には盛り上がりにくい。
大塩さん凍死事件の捜査なのか、恩人の敵討ちの個人的な執念なのか、紋別から田岡刑事(モロ師岡)が突然、花の留守中のアパートにやってくる。
手には、花が流氷上に落としたとみられるメガネ。犯行がバレたと確信した淳悟は、田岡に加熱中のシチュー鍋をかぶせ、返り討ちにしてしまう。
「これで一緒だな」
原作との大きな違い
原作では、大塩さんが手にしていたカメラに花が写っていたという手がかりを、映画ではメガネに変更。その他、原作と本作では、ここからの展開がだいぶ違う。
原作では(第1章として)、成長して大手企業の受付の派遣社員になった花が、役員の倅である若者に見初められ結婚する運びとなり、淳悟は新婦を見送り、押し入れの田岡の死体とともに消え去ってしまう。
一方映画では、その役員の倅で爽やかなイケメン尾崎美郎(高良健吾)に見初められた花が、彼に深夜アパートまでタクシーで送られる。美郎は淳悟に値踏みされ、「お前には無理だ」と言われ去っていく。
いきなり父親に上半身裸になれと言われ、指をしゃぶられたら、大抵、無理だと思うが。
数年後、今度はフィアンセの大輔(三浦貴大)との食事会に現れた淳悟が、やはり「お前には無理だ」と言い、花とテーブルの下で足を絡ませ合う。ここで映画は終わる。父娘が3年も離れて暮らす経緯は不明だ。
父娘の近親相姦ものは、悲劇で終わらなければいけない。ハッピーな勝ち逃げは許されない。その意味では、娘への未練タラタラの映画のエンディングは、あまりいただけない。
その点、原作での淳悟は娘の幸福のために、風のように姿を消している。これまでの娘との関係はどうあれ、父と同じ墓に入れなくなることを嘆く娘を置いて、去り際の美学を感じさせる淳悟の方が、「私の男」っぽいと思った。