『ハンニバル・ライジング』
Hannibal Rising
原作者トマス・ハリスが脚本も手掛けた、レクターの若き日の物語。謎めいた経歴が魅力の主人公の過去を白日の下に晒すことに意味があるのかは疑問。
公開:2007 年 時間:121分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ピーター・ウェーバー 原作・脚本: トマス・ハリス 『ハンニバル・ライジング』 キャスト ハンニバル・レクター: ギャスパー・ウリエル レディ・ムラサキ: コン・リー ポピール警視: ドミニク・ウェスト グルータス: リス・エヴァンス コルナス: ケヴィン・マクキッド ミルコ: スティーヴン・ウォルターズ ドートリッヒ: リチャード・ブレイク グレンツ: イヴァン・マレヴィッチ ミーシャ: ヘレナ=リア・タコヴシュカ ハンニバルの父: リチャード・リーフ ハンニバルの母:インゲボルガ・ダクネイト
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
第二次大戦下のリトアニア。森にたたずむ城で暮らす貴族、レクター夫妻は戦火を逃れるため山小屋に逃げ込むが、幼いハンニバルと妹ミーシャを残して落命する。
両親を失った兄妹は近くの山小屋に移り住むが、ナチスに協力していた飢えた逃亡兵たちに妹を惨殺されてしまう。ハンニバルは、そのショックから悪夢にうなされる辛い日々を送る。
8年後、少年に成長したハンニバル(ギャスパー・ウリエル)は施設を脱走し、唯一の肉親であるパリの叔父のもとに向かうが既に亡くなっており、屋敷には未亡人のレディ・ムラサキ(コン・リー)がいた。
レディ・ムラサキから英才教育を受けるようになり、やがて医学生となったハンニバルは、妹の復讐に目覚めていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
若き日のハンニバル
ハンニバル・レクター博士の物語もそろそろネタが尽きてきたのか、本作は彼の幼少期からの生い立ちを描く前日譚。原作者であるトマス・ハリスが自ら脚本も手掛けている。
高貴な血筋に生まれ育ったハンニバルが、いかにして怪物になったのかが、本作で解き明かされる。
ここまで映画化でハンニバルを演じてきたアンソニー・ホプキンスだが、さすがに若き日まで演じられるわけがなく、本作ではギャスパー・ウリエルが抜擢。けしてホプキンス似ではないが、若きハンニバルに見えなくはない。
オドレイ・トトゥと共演した『ロング・エンゲージメント』で知られ、近年ではマーベルのDisney+ドラマ『ムーンナイト』にも出演していたギャスパー・ウリエルだが、2022年初に事故で早逝している。
幼少期のハンニバル
物語は第二次大戦に遡る。リトアニアの貴族の家に生まれたハンニバルは、戦禍を逃れるために、家族でレクター城から森の中にある山小屋に避難する。
ところが、そこでソ連軍戦車とドイツ空軍機との戦闘に巻き込まれ、両親は死に、幼い妹のミーシャと二人で小屋でひっそりと暮らす。
家柄が良さそうなのは認識していたが、レクター城に住んでいたとは驚きだ。ここまでの流れは、本格的な戦争映画を思わせる真面目なつくり。
そして、ある日小屋に逃亡兵たちが闖入してきては、子供しかいないことを幸いに、家に立て籠る。ただ、食糧がない。餓死寸前の男たちは、幼いミーシャに目を付ける。
8年が経過し、ハンニバルは、戦争孤児収容所となった我が家のレクター城を脱走し、母のしまっていた手紙を頼りにパリの叔父を訪ねる。
頼みの叔父は昨年亡くなっていたが、未亡人のレディ・ムラサキ(コン・リー)が彼を住まわせ、英才教育を施してくれるようになる。
この美しき未亡人のもとで暮らすうちに、ハンニバルは多くの素養を身につけ、その後の彼の人格を形成していく。
日本文化に触発される
戦国時代の殺した武将の首級の絵巻の美しさ、日本刀のもつ切れ味の鋭さ、剣術を通じて体得した武士道や仇討ちの精神。ハンニバルがこれほど日本文化や思想にも精通しているとは。
ただ、彼が日本刀の使い手になるのは理解できるが、ポスターにも使われている、甲冑とともに付ける顔の下部を覆う面を装着するシーンでご満悦なのは意味不明。
確かに、ジェイソンマスクのようにハンニバルのトレードマーク的なアイテムではあるが、本来は拘束衣のひとつであり、若き日の彼が陶酔しながら装着するものではないはず。
レディ・ムラサキは原作では紫夫人と訳されていたが、トマス・ハリスが『源氏物語』の紫式部にオマージュを捧げて名付けたものだ。
そこまで日本推しなのに、この役がコン・リーにオファーされてしまうのは、日本人としては歯痒い。『SAYURI』(2005)の日本人女性役をコン・リーとチャン・ツィイ―、ミシェル・ヨーのアジア女優陣におさえられていた記憶が蘇る(豪華キャストではあるが)。
殺人鬼の誕生
さて、マーケットで肉屋の男がレディ・ムラサキに侮辱的な言葉をかけたことで、ハンニバルは怒りが抑えられず、その場でも殴りかかり、後日この男を斬殺する。殺人鬼が誕生した瞬間だ。
ポピール警視(ドミニク・ウェスト)は彼を疑うが、ウソ発見器も平然と切り抜けて余裕綽々。また、彼の犯行と知るレディ・ムラサキは、ブッチャーの生首を町中に飾り、捜査を攪乱する。
こうして逃げ切ったハンニバルは、奨学金を得て医学生となり、死体運びを手伝ううちに人体解剖にも慣れ親しんでいく。妹ミーシャの惨殺されたショックで夢にうなされる彼は、秘かに入手した自白剤を自分に打って記憶を呼び戻す。
はるばるソビエト国境を越えて山小屋に残された逃亡兵たちの認識票を手にして、ついに復讐を開始する。逃亡兵たちは以下の5人。
- グルータス(リス・エヴァンス)
…闇商人 - コルナス(ケヴィン・マクキッド)
…料理店経営者 - ミルコ(スティーヴン・ウォルターズ)
…グルータスの仕事仲間 - ドートリッヒ(リチャード・ブレイク)
…ソ連警察中尉 - グレンツ(イヴァン・マレヴィッチ)
…カナダの剥製店経営者
一人殺しては頬の肉を喰らい、復讐を果たしていくハンニバル。彼の犯行動機を知ったポピール警視やレディ・ムラサキは、そんなことをしても意味はない、警察の手に委ねろと説得するが、聞く耳を持たない。
ちょっと期待と違うんだよな
さて、ハンニバルが一人ずつ復讐相手を追い詰めていく展開自体は、よく出来ていると思う。トマス・ハリス自身が脚本を書いているだけに、破綻もなく人物描写の深みもある。
ただ、これってハンニバル・レクター博士のシリーズとして、ファンが求めているものなのかというと、ちょっと的外れな感じが否めない。
若いハンニバルがいきなり、壮年のアンソニー・ホプキンスのように人肉を上品に味わったり、華麗な刃物さばきをみせたりするのは乱暴だろうから、どうしても控えめになる。
本作がまだ萌芽の段階なのは分かるが、それでも、これでシリーズも終わりだと思うと、あの怪物の若き日にしては行動の過激さと洒脱さが足らないのだ。
さらに実も蓋もないもとをいえば、我々はハンニバル・レクター博士の謎めいた経歴に惹かれるのだ。一体どうすればこんなに上品で教養のある殺人鬼の紳士が生まれるのだろう、と。
本作でご丁寧にも、それを白日の下に晒されては、夢中になって観ていたマジックショーの種明かしをされたようで、一気に熱が醒めてしまった気分である。
単体作品としてはけして悪くはない出来なのだけれど、ハンニバルというレッテルが貼られてしまったことで、本作は不遇にも、固定ファンには受け容れられにくい作品になってしまったのではないか。
◇
トマス・ハリスは処女作の『ブラック・サンデー』から本作まで、全ての著作が映画化されている人気作家だが、最新著書の『カリ・モーラ』には『羊たちの沈黙』のクラリス・スターリング以来のニューヒロインが登場。
本作に懲りて、もう映画化の記録は途絶えるだろうか。