『いますぐ抱きしめたい』
旺角卡門 As Tears Go By
ウォン・カーウァイ監督のデビュー作、アンディ・ラウ、マギー・チャン、ジャッキー・チュンの共演で描く香港の青春
公開:1988 年 時間:96分
製作国:香港
スタッフ 監督・脚本: ウォン・カーウァイ キャスト アンディ: アンディ・ラウ マギー: マギー・チャン ジャッキー: ジャッキー・チュン トニー: アレックス・マン サイ: ロナルド・ウォン メイベル: アン・ウォン
スタッフ勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
香港でヤクザな暮らしを送るアンディ(アンディ・ラウ)のもとに、ランタオ島からやって来た面識のない従妹マギー(マギー・チャン)が訪ねてくる。
そこへアンディの弟分ジャッキー(ジャッキー・チュン)から電話が入り、アンディは借金の取り立てに手を焼くジャッキーを助けるため夜の街へと繰り出す。
そんな彼に失望して長年付き合った恋人も去ったとき、アンディはマギーの面倒を見ることになる。やがてアンディとマギーは急接近するが、アンディはジャッキーが起こしたトラブルに巻き込まれてしまう。
心身ともにボロボロになったアンディは、ランタオ島に戻ったマギーと平穏な日々を過ごすが、ジャッキーが組の邪魔者を殺す鉄砲玉に志願したとく知らせを受け、命の危険も顧みず飛び出していく。
今更レビュー(ネタバレあり)
As Tears Go By(涙あふれて)
ウォン・カーウァイの初監督作品であり、4Kレストア版が本年に公開予定。1989年のカンヌ国際映画賞では本作で新人監督賞にノミネートされた。
ヤクザな男と従妹の女の恋愛をからめた香港ノワール。
ウォン・カーウァイ監督独特のスタイリッシュな映像とロマンティックなモノローグの映画スタイルは、次作『欲望の翼』で撮影のクリストファー・ドイルと出会ってから確立されることになる。
だが、初監督の本作では、すでにその萌芽は感じられる。
80年代後半の、まだ洗練されていないが活気に満ちた香港。低予算で機材からロケ場所まで制約は多そうだが、そんな苦労は窺わせずに工夫をこらしたクールな映像の数々。
香港映画に新風を巻き込むに違いない才能が、すでに本作からは伝わってくる。
同年公開のダブル浅野(若い人は知らないか)主演のトレンディドラマにあやかったような邦題はどうなのだろう。英語タイトルの”As Tears Go By”(涙あふれて)の方が好みではある。
従妹との出会い
冒頭、叔母さんからの電話で叩き起こされるチンピラのアンディ(アンディ・ラウ)。面識のない従妹が香港の病院に通うのでしばらく泊めてやってほしいとの依頼。
登場したのは、アベノマスクのような懐かしい布マスクをしたマギー(マギー・チャン)。
◇
アンディは借金取り立てを生業にしており、弟分のジャッキー(ジャッキー・チュン)が助けを求めると、夜の街に飛び出していき荒っぽい取り立てをする。ヤクザな稼業だ。
そんなアンディに嫌気がさした恋人のメイベル(アン・ウォン)は、黙って彼の子を堕胎し、去っていく。自暴自棄になるアンディ。だが、すぐにマギーと惹かれ合うようになる。
◇
男二人に従妹が一人の組み合わせは、まるでジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のようではないか。もっとも、バイオレンスも男女関係も、だいぶ濃度が異なるけれど。
チンピラ同士の抗争
バイオレンスの部分では、どこか間抜けだが人一倍負けん気は強く、すぐにヒートアップする弟分のジャッキーがまず問題を起こし、アンディがそれを始末する構造。
ジャッキーにもその弟分サイ(ロナルド・ウォン)がいるのだが、サイの披露宴のためにジャッキーがカネを借りたことでひと悶着ある。その借金を巡って、取り立て屋のトニー(アレックス・マン)と争いになるのだ。
トニーの一派とアンディたちの香港を舞台にした抗争。
といってもトニーがコミカルないじめっ子キャラ(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のビフみたいな)なので、同じアンディ・ラウが相手でも『インファナルアフェア』とは違うテイスト。
バイオレンス描写はさほど血生臭くないが、コマを落とした画素の荒い映像をつなぐなど、見せ方はクールで、30年経過した今でも古臭さがないのには驚く。
アンディがトニーの股間を撃ちぬいた時には驚いたが、それでも悶死せず生きているところをみると、ズボン貫通だったのね。
愛は吐息のように
そして恋愛パート。肺の病気が快復したため、ランタオ島に戻っていたマギーに会いに、追いかけていくアンディ。彼女には交際している医師がいたが、それを振り切って二人で熱い抱擁を交わす。
島で階段から降りてくる乗客を待つシーンが何度か登場する。この階段で少しずつ通行人の足が見えてきたり、最終便が終わりシャッターが下りたりするカットが秀逸だ。はじめは駅かと思ったが、フェリーの船着き場なのだろう。
◇
アンディ・ラウとマギー・チャン。次作『欲望の翼』にはジャッキー・チュンも含めみな再共演しており、以降それぞれがウォン・カーウァイ監督の複数作品に起用されていくが、すべては本作から始まったのだと思うと感慨深い。
けして甘い台詞を囁き合うわけでもない、キスだけは濃密だったが、少々淡泊にもみえるアンディとマギーの関係。その見せ方もスタイリッシュでよいのだが、流す音楽だけは何とかならなかったのか。
『トップガン』の有名曲「愛は吐息のように」のカバーなのだが、さすがにあのメガヒット作のイメージに引きずられてしまい、いただけなかった(『恋する惑星』の「夢のカリフォルニア」は良かったけど)。
もっとも、香港映画では流れる曲は国ごとに差し替えることも多いそうなので、これはどのバージョンを観るかによって、異なる部分なのかもしれない。
鉄砲玉となるジャッキー
終盤は、アンディたちが属する組の邪魔者を殺す鉄砲玉に、ジャッキーが志願したという知らせを受け、アンディは何とかそれを制止しようとする。この辺の男臭いドラマ展開がたまらない。
アンディが途中で外から聞く留守電サービスには、「無事に帰って」とマギーからのメッセージ。この辺の小道具の使い方は、『恋する惑星』の金城武の「君を1万年愛す」に受け継がれている。
◇
組長から大金をもらって恩義のある人に振舞い、決死の覚悟で暗殺の日を迎えようとするジャッキー。その二日前にトニーのもとに行き、これまでの仕返しにと挑発するが相手は乗ってこない。
ジャッキーを痛めつけてしまうと、鉄砲玉を自分が引き受けるハメになるから、手が出せないのだ。この構図は面白い。
そして最後には、ようやくジャッキーをみつけたアンディが彼を引き留める。理解しあえたように見えたが、隙をみてジャッキーはアンディのもとを立ち去る。この一瞬のカットは渋い。
ラストは、のちの北野映画を思わせるような展開で終わる。ちなみに、台湾版ではラストが異なるそうで、そっちの方も見てみたい。
以上、ウォン・カーウァイ監督のデビュー作ということで、どうしても贔屓目になってしまう。
だが、彼の映画スタイルの原型を見出すとともに、アンディ・ラウやマギー・チャン、ジャッキー・チュンといった香港映画界のスターの共演で90年前後の時代を振り返ることもでき、拾い物の一本。