『渇水』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『渇水』考察とネタバレ|太陽や空気と同じように水だってタダでいいんだ

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『渇水』

生田斗真の新境地か。水道料金滞納者の停水を執行する職員のささやかな抵抗。

公開:2023 年  時間:100分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督:    高橋正弥
脚本:    及川章太郎
原作:    河林満 『渇水』

キャスト
岩切俊作:  生田斗真
木田拓次:  磯村勇斗
小出恵子:  山崎七海(子役)
小出久美子: 柚穂(子役)
小出有希:  門脇麦
岩切和美:  尾野真千子
佐々木課長: 池田成志

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)「渇水」製作委員会

ポイント

  • 停水執行の水道局員という設定のユニークさと、そこから人間の本性がみえてくるドラマの広がりがいい。題材は至って地味だが、生田斗真と磯村勇斗の起用によって、最後までダレずに引き込まれる展開になっている。幼い姉妹の演出もいい。原作とは異なるラストは映画的には正解と言いたい。

あらすじ

市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は、水道料金を滞納している家庭や店舗を回り、料金徴収および水道を停止する「停水執行」の業務に就いていた。

日照り続きの夏、市内に給水制限が発令される中、貧しい家庭を訪問しては忌み嫌われる日々を送る俊作。妻子との別居生活も長く続き、心の渇きは強くなるばかりだった。

そんな折、業務中に育児放棄を受けている幼い姉妹と出会った彼は、その姉妹を自分の子どもと重ね合わせ、救いの手を差し伸べる。

レビュー(まずはネタバレなし)

払っていただけなければ停めます

「日本人は水と安全はタダと思っている」という、イザヤ・ベンダサンの著書『日本人とユダヤ人』にあるフレーズはよく知られている。確かに蛇口をひねるだけで飲料水が手軽に手に入る国は、今も先進国でもそう多くないだろう。

だが、日本の水道水とて、無論タダではない。そして世間には、その料金を滞納し続け、停められてしまう人もいる。本作は、その滞納者の料金を徴収し、支払いがなければ停水をする市役所水道局員の物語である。

何とも二ッチな職種であり、こういう機会がなければなかなかイメージが湧かなかったが、なるほどそういう仕事は当然に必要なのだろう。

サラ金業者や暴力団の借金取りとはまた違う。彼らは(少なくともドラマでは)延滞者を脅かして回収に走る仕事だが、それ以上のことはできない。

水道局員は滞納者を脅かさずとも、「停水執行」の権限を持っている。払ってくれなければ、特殊な工具で栓を締めれば業務完了。回収できずに事務所に戻って親分に半殺しに遭うこともない。

では、楽な仕事か。いやいや、従事者には気が重い仕事だろう。電気やガス料金を滞納して止められるまでの期間に比べ、水道の滞納は1~2か月猶予期間が長い。それは、停水は生死にかかわるからだと聞く。

つまり、彼らは生殺与奪の権利を持たされている。だから執行人には重圧がある。

映画化するって本気か

本作の主人公は、そんな重苦しい職務を無表情に淡々とさばいていく前橋市水道局職員・岩切俊作(生田斗真)。妻・和美(尾野真千子)と息子がいるが、今は別居中。孤独で単調な日々を過ごしている。

岩切と組んで仕事をしている後輩の木田拓次(磯村勇斗)。まだ経験不足だが、そのせいか、この仕事で人間味を失ってもいない。

原作は文學界新人賞に選ばれた河林満の同名短編。彼は立川市役所在籍時に給水停止業務に関わった経験を活かし、本作を書いた。

映画化にあたり先に原作を読んでみたが、主人公と何人かの滞納者とのやりとりは、描く世界のユニークさもあって、大変引き込まれた。

だが、文学の芸術性を求めた短編小説ゆえか、物語の手じまいの仕方が急転直下でしかも激しく落ち込む内容だ。これ、生田斗真で映画化するって本気か? と不安がよぎる。

もっとも、プロデューサーや助監督として多くの名将をサポートしてきた高橋正弥にとって、そんなことは初めから承知していたようで、結末は変更する条件で映画化の準備に入る。

(C)「渇水」製作委員会

生田斗真と磯村勇斗

脚本は及川章太郎。短編である原作の流れや空気を壊すことなく見事に話を膨らませ、そこに映画的な要素も盛り込みながら100分の物語に仕上げた。

30年も前の原作の何を変えたわけでもないのに、古臭さも感じさせない。そしてエンディングも甘からず辛からずの、絶妙な味付けになっている。

原作者の河林満は2008年に亡くなっている。その友人から本作の映画化を打診された高橋正弥が、監督のメガホンを取る。そこに白石一彌が初のプロデューサーとして参画し、それが奏功したか、主役の生田斗真、相棒の磯村勇斗の起用が実現する。

この二人のキャスティングはハマったと思う。本来、メチャクチャ地味な作品であり、この二人にも派手な演技や動きが要求されるわけではない。

演者によっては暗鬱な作品になりかねないところだが、いるだけで輝きのある生田斗真と、そこにやんちゃな感じのある磯村勇斗が加わることで、絵が映えるのだ。

水不足で悩み毎日が炎天下の前橋をカメラがうまくとらえているが、この二人は汗だくでも爽やかなところも好感。

(C)「渇水」製作委員会

射貫くような少女の眼差し

そして二人の少女。冒頭は、内田裕也じゃないが『水のないプール』。水が張っていないことに落胆しつつ、姉妹がピッピッピとシンクロナイズドスイミングごっこに興じる。

この姉妹は、滞納者・小出有希(門脇麦)の娘たちで、停水執行をきっかけに岩切たちと知り合いになる。

定職もなくマッチングアプリで新たな男をひっかけようとする母と、育児放棄で電気も水道も途絶えた家で暮らす姉妹。

是枝監督『誰も知らない』YOUと子供たちを彷彿とさせる。門脇麦が演じる母親は、YOUよりは子供想いに見えたけれど、放置に違いはない。

(C)「渇水」製作委員会

しっかり者の姉・小出恵子(山崎七海)凛とした強い眼差し、そして天真爛漫な幼い妹・久美子(柚穂)屈託のなさ。この子役の少女二人の存在感は、大人たちを凌駕している。

そして、岩切の妻役の尾野真千子をはじめ、滞納者や町の人々のほとんどワンカットのカメオ出演の俳優陣も、なかなか楽しませてくれる。これは高橋正弥監督のキャリアの長さと人徳のなせる業か。

最初の滞納者は、かつて助監督として複数作品を支えた宮藤官九郎。売れない傘屋の吉澤健に、女に貢がせる滞納常習者の宮世琉弥、姉妹の隣家に住む柴田理恵門脇麦をファミレスでナンパする篠原篤。意外なところでは、刑事役に大鶴義丹。どれもみな、さりげない登場で場の調和を乱さない。

流れを変えてみたいんだ

それにしても、なかなか序破急の盛り上がりをつけにくいこの内容を、飽きさせずにぐいぐいと引っ張る監督の演出力は大したものだ。

最近ではみかけなくなったフィルム撮影も、作品の1カット1カットに独特の風合いと緊張感をもたらしているように思う。

「太陽や空気と同じように、本当は水だってタダでいいはずなんだ」

自分の親に愛情を注がれずに育ち、息子ともどう接していいか分からずに苦悩する岩切は、特にこの仕事に思い入れがある訳でもなく、流されるままに生きていき、そして淡々と徴収と停水をこなしてきた。

だが、彼はある日、初めて流れを変えてみたくなる。

「変えさせてくれよ!」

少女たちが彼の何かを動かしたのか。それをテロリズムというのかは分からないが、こうして岩切の、ささやかな抵抗が始まる。

生田斗真は多彩な俳優であることは当然認識しているが、『土竜の唄』『僕等がいた』といったお馴染みのシリーズとは異なる、役者としての底力を感じさせる作品だ。

(C)「渇水」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

最後にエンディングの話に触れたい。まずは岩切が小さなテロリズムと語った、給水制限の公園の水道開栓と少女たちのホースでの水の掛け合い。

これに少女たちの家の停水措置の解除やら、制止した同僚職員への乱暴行為、或いは少女たちの連れまわしも罪になるのか分からないが、とにかく岩切は警察に拘置。

上司の佐々木課長(池田成志)に諭旨退職を勧奨され、それに従う。公園の水まきで退職は酷な気もするが、本人はあまり意に介していない。池田成志クドカンのドラマ『監獄のお姫さま』以来個人的にはツボの舞台俳優だが、本作でも絶妙なポジション。

そして岩切と引き離された姉妹。彼女たちには、原作の自殺という悲惨な末路よりははるかに前向きなラストが与えられる。これには安堵した。停水の末路が少女の死ではあまりに気の毒だ

(C)「渇水」製作委員会

二人は育児放棄の母親からも引き離され、施設なのか里親なのか、新たな環境に身を移すことになる。あまりに明るい未来を与えても、原作とのギャップが大きすぎる。この落としどころは悪くない。

そして、そんな明日のことは構わず、塩素の匂いを嗅ぎつけた姉妹は、隣接するプールに侵入する。今度は『水のあるプール』だ。ピッピッピ。伏線回収。シンクロのあと着衣のまま飛び込む少女たち。

一方、彼女たちに置き手紙をもらい、元の孤独な生活に戻る岩切。だがそこに、疎遠だった息子から連絡が入る。アイスに当たりが出たくらいの、ささやかな幸福なのかもしれないが。

ところで、岩切が乗っている自家用車のナンバーが3274。「渇水」に因んでいるのなら、芸が細かい。