『パーフェクト・ワールド』
A Perfect World
クリント・イーストウッド監督がケビン・コスナーを主役に迎え、脱獄犯と人質の少年との心の交流を描いた作品。
公開:1993年 時間:138分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: クリント・イーストウッド 脚本: ジョン・リー・ハンコック キャスト ブッチ・ヘインズ: ケビン・コスナー レッド・ガーネット: クリント・イーストウッド フィリップ・ペリー: T・J・ローサー グラディス・ペリー: ジェニファー・グリフィン サリー・ガーバー: ローラ・ダーン テリー・ピュー: キース・ザラバッカ トム・アドラー: レオ・バーメスター ボビー・リー: ブラッドリー・ウィットフォード
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1963年アメリカ。テキサス及びアラバマ州全土に敷かれた緊急捜査網をかい潜って、脱獄犯ブッチ・ヘインズ(ケビン・コスナー)は、8歳の少年フィリップ(T・J・ローサー)を人質に逃亡を続けていた。
物心ついたころから刑務所の壁と向き合って生きてきた孤独な男ブッチの犯した罪は、脱獄、誘拐、殺人にまでエスカレートしていた。
追跡するテキサス州警察署長、レッド・ガーネット(クリント・イーストウッド)はブッチを初めて監獄に入れた張本人。
再び犯罪者と追跡者となったふたりの男は、宿命の糸に操られるかのごとく、砂塵をあげて荒野を疾走した。フィリップを人質に逃げるブッチが目指すのは、この世に残された唯一のひとつの完璧な楽園(パーフェクト・ワールド)。
しかし、追い詰められ、凶暴性をむき出したブッチは、一夜の宿を提供してくれた男に銃を突きつけるのだった。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
二つの才能のぶつかり合い
クリント・イーストウッド監督が、自ら出演もしていながら、主役の座を譲っている映画は珍しい。
本作の主演は、誘拐した少年と逃避行を続ける脱獄囚ブッチを演じたケビン・コスナー。イーストウッドが演じるレッド・ガーネットは、それを追う州警察署長だ。
◇
ケビン・コスナーは『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990)で作品賞と監督賞のオスカー像を獲得。ともに人気俳優であり映画監督としても実績をあげている、イーストウッドとコスナーのタッグは話題性に富む。
共通点が多いゆえに撮影現場での衝突もあったようだが、互いの才能は認めており、作品が空中分解する事態にはなっていない。
むしろ、衝突よりも興味深いのは、本作の舞台が1963年のテキサス州ということだ。州知事がケネディ大統領の遊説パレードに参加する予定であることから、暗殺目前の時期と分かる。
イーストウッドは直前の出演作『ザ・シークレット・サービス』(1993)で、JFKを救えなかった警護官を演じたばかり。
一方ケビン・コスナーは『JFK』(1991)で暗殺事件を捜査する検事を演じ、ともにJFKとは因縁が深い。更に、コスナーといえば『ボディガード』(1992)のひとであり、この二大俳優には重なる部分が多いのだ。
俺たちは犯人を追うだけだ
本作は冒頭、草むらに仰向けになって倒れているケビン・コスナーのカットから始まる。彼のすぐ横には『お化けのキャスパー』のお面が転がり、上空をヘリが飛び、強風で紙幣が宙に舞っている。
子どもの安否は分からないが、このシーンから、誘拐は失敗したことが想像できる。あの紙幣は、奪い損ねた身代金か。この冒頭からほぼ全編回想シーンになるわけだが、犯行の失敗まで最初に匂わせてしまう構成には、どんな意図があったのか疑問だ。
ただ、ここからはイーストウッド監督の作品らしい簡潔さでテンポよく進む。
首尾よく刑務所を脱獄したブッチ・ヘインズ(ケビン・コスナー)とテリー・ピュー(キース・ザラバッカ)。クルマを奪い刑務官を殺害し、侵入した民家で捕まりそうになったため、その家にいた男の子フィリップ(T・J・ローサー)を人質に逃走する。
脱獄した二人は元から仲が悪く、暴力的で頭の鈍いテリーが独断で民家に侵入し母親(ジェニファー・グリフィン)を襲ったことから、こんな顛末になってしまったのだ。少年を攫って逃げることにはなったが、ブッチは子供思いの善人として描かれている。
ここでようやくクリント・イーストウッドの登場だ。脱獄誘拐犯を追う州警察署長レッド・ガーネット。ハットをかぶった風貌にシェリフのバッチが似合う。
知事が彼のもとに送り込んだ犯罪心理学者サリー・ガーバー(ローラ・ダーン)は、「犯罪者のプロフィールを分析し、それに合わせて対応を変えるのよ」と、警察の男たちを相手にマウントを取りにいく。
だが、「そんな余裕があるか。俺たちは犯人を追うだけだ」と、意に介さないガーネット。知事がパレードに使用する予定の新車の巨大トレーラーを移動捜査本部として強引に拝借し、犯人を追う。
疑似父子のロードムービー
本作のメインは、ブッチとフィリップ少年の疑似父子のような心の通じ合いだ。
フィリップを脅かして痛めつけようとする脱獄仲間のテリーを冷徹に射殺するなど、ブッチには凶悪な一面もあるのだが、なぜか少年には優しく接する。
「ボクも殺す?」
「お前は友だちだろ」
フィリップは、次第にブッチに心を開いていく。誘拐犯と子どもとはいっても、たまたま逃亡時の人質にしただけのことで、ブッチは営利目的で身代金を要求するわけでない。
少年も、逃げようと思えばチャンスはあるのに、自らの意思で彼についていく。誘拐犯と仲良くなると聞くと、「ストックホルム症候群」という言葉が頭に浮かぶが、本件は違うのだろう。
宗教上の理由から、クリスマスもハロウィンも禁止の家庭に育ったフィリップ少年は、誕生日も祝ってもらえず、綿菓子もローラーコースターも知らずに育った。
母と姉妹のいる家庭に滅多に父は帰らず、父性愛に飢えている少年を、男同士として同格に扱い、自信と夢を与えてくれるブッチ。少年はすっかり惹かれてしまう。
ブッチは少年に叶えたい夢をリストアップさせ、それを実現させてあげようとする。
◇
ハロウィン用に欲しかった「お化けのキャスパー」のコスチュームを少年が万引きし、以降ずっとお面とともに着用しているのが可愛らしい。後にイーストウッドが実写版『キャスパー』(1995)にカメオ出演するのも、本作の縁だったのだろうか。
ラジオのニュース報道で、洋服店やドラッグストアの店員に通報されてしまうのではないかとヒヤヒヤしている我々は、すっかりブッチたちのシンパになっていることに気づく。
追いかけるガーネットたち
では、ブッチを捕まえて少年を保護しようとしているガーネットたちは悪なのか。勿論、そうではない。
実はガーネットはブッチを以前から知っている。未成年の頃に微罪で捕まった彼を、わざと少年院送りに仕向けたのだ。それは、彼をDVの父親から引き離し保護するための苦肉の策だった。
だが、ブッチは更生しなかった。ガーネットは複雑な思いを抱え、彼を追う。サリー(ローラ・ダーン)もまた、犯罪心理の調査の過程で、ガーネットの過去の経緯をつかんでいた。
当初、サリーは犯罪心理の理論を振りかざし、最後はガーネットに完敗する、うるさい肉食系女子だろうと踏んでいた。
だが、この二人はブッチが少年を傷つけないであろうことを、それぞれ確信しており、やがて協調する。捜査に介入しているFBI捜査官のボビー・リー(ブラッドリー・ウィットフォード)が最後まで撃ち気満々なのとは対照的だ。
◇
本作でイーストウッドが主役のコスナーを引き立てて、ガーネットたちは一歩引いているところはバランスがよいのだが、一方でちょっと粗も目立つ。
例えば、ガーネットがかつて若き日のブッチをあえて少年院に入れるようにした温情の裏工作は、物語ではほぼ埋没してしまっているように思う。知事から拝借している設定の銀のトレーラーも、映画の中では笑いしか提供していない。
今更レビュー(ここからネタバレ)
以下、ネタバレになるので未見の方はご留意ください。
ブッチたちを好意で招き入れてくれた黒人農夫の家庭で、父親の子どもへの虐待を目にしてブッチがキレる。だが、鉄拳制裁を加えるブッチを見かねたフィリップが、泣きながら発砲する。
ブッチは怒りそうなものだが、「どうせ撃たれるなら、お前で良かったよ」と語る。
そして終盤、ついにブッチたちは警察部隊に草原で取り囲まれる。説得のため、丸腰でガーネットが近づく。少年が銃を捨ててしまったので、ブッチも丸腰だが、それは誰も知らない。
ブッチが少年に渡そうと、父にもらったアラスカの絵葉書を胸ポケットから出そうとする。FBIのボビーがそれを銃と誤認し、彼を射殺してしまう。
「俺は合図を送っていない。なぜ撃った!」
命中させて得意満面のスナイパーを、ガーネットは殴り、サリーは蹴りを入れる。
銃を出すと見間違えて相手を撃ってしまう展開は、古くからの定番だ。イーストウッド自身も、その後『グラントリノ』(2008)で似たようなことを繰り返していたっけ。
少年は無意識に求めていた父親の存在をブッチに感じ取り、ブッチは自分の父親を憎み切れずに、脱獄して父の待つアラスカを目指す。そしてガーネットも、まるで自分の息子のことのように、ブッチの行く末を案じている。
そこには、愛情表現の下手な、複数の父子関係が複雑に絡み合っている。
◇
結局、少年は母のもとに帰り、犯人は射殺される。予定調和もいいところだ。でも、ベタな展開だが、不思議と心に残る。ブッチという男の魅力によるものだろうか。
ケビン・コスナー自身のアイデアで、いくつか演出を加えキャラクターの深みを出したという。そういわれると、いつものイーストウッド監督の、あっさり味の仕上げとどこか違う気もする。それが、本作ならではの味わいに繋がっているのかもしれない。