『失楽園』今更レビュー|アダムとイブが林檎を食べてから後を絶たない

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『失楽園』

渡辺淳一の人気原作を森田芳光監督が黒木瞳と役所広司主演で映画化し大ヒットを叩きだす。

公開:1997 年  時間:119分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:       森田芳光
脚本:      筒井ともみ
原作:       渡辺淳一

  『失楽園』
キャスト
久木祥一郎:    役所広司
松原凛子:      黒木瞳
久木文枝:     星野知子
知佳:       木村佳乃
徹:         村上淳
衣川和記:      寺尾聰
水口吾郎:      平泉成
鈴木:       小坂一也
横山:      あがた森魚
村松:      石丸謙二郎
宮田秀子:      原千晶
小畑常務:     中村敦夫
松原晴彦:      柴俊夫
三浦節子:    岩崎加根子
今井美都里:    金久美子

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

(C)1997 「失楽園」製作委員会

    あらすじ

    出版社に勤務する久木(役所広司)は突然、閑職である調査室行きを命じられる。これまでの人生に虚無感を覚え始めた彼の前に凜子(黒木瞳)という美しい人妻が現れ、情事を重ねるように。

    やがて彼らの仲は、久木の妻(星野知子)、凜子の夫(柴俊夫)、そして久木の会社にも知れることになる。世間から孤立し、愛を深めていく久木と凜子が辿り着いた場所とは…。

    今更レビュー(ネタバレあり)

    役所広司と黒木瞳

    渡辺淳一の同名原作を森田芳光監督が映画化した作品。きわどいベッドシーンを切り落とし、どうにか成人指定を免れて、結果的に観客動員数が200万人を超える大ヒットとなる。

    原作はお堅い日本経済新聞の連載小説とは思えない過激な性描写で、よく日本のサラリーマンは朝から電車でこんな小説を読んで通勤していたなあと、今更ながら驚かされる。

    出版社でやり手だった元編集長の主人公・久木祥一郎(役所広司)が50歳で閑職に追いやられる。カルチャーセンターで書道を教える38歳の人妻講師・松原凛子(黒木瞳)と、友人の伝手で知り合い、すぐに深い仲になっていく。

    この年齢層の不倫劇となれば、キャスティングに共感が得られるかが勝負だろう。その点では、役所広司黒木瞳という鉄板の組み合わせなら文句なしだ。

    (C)1997 「失楽園」製作委員会

    黒木瞳は映画初主演で大胆な妖艶さを披露した『化身』(1986、東陽一監督)をはじめ、ドラマでも渡辺淳一原作ものとは縁が深い。

    一方の役所広司も、この当時『Shall we ダンス?』(1996、周防正行監督)や『うなぎ』(1997、今村昌平監督)など、興行成績でも芸術賞でも、飛ぶ鳥を落とす勢いが始まった頃合いだ。

    ただ、いくら老けメイクにしたところで、撮影当時40歳前後の役所広司は、まだ閑職に追いやられた企業戦士の、枯れた感じが弱い。髪の毛だって、黒々フサフサすぎる(長年CMやってたカロヤン・アポジカの育毛効果か)。

    まあ、主人公男性がリアルに老けてたら、絵にならないから、これで正解なのかもしれないが。

    (C)1997 「失楽園」製作委員会

    ちなみに、テレビドラマ版では、既に二人とも鬼籍に入ってしまったが、古谷一行川島なお美の組み合わせ。

    今回はオーソドックスな森田芳光

    原作では、長編小説の過半をベッドシーンの濃厚な描写で埋め尽くす、渡辺淳一の気迫の筆力に驚かされたが、さすがに映画ではそこまで裸尽くしではない。

    勿論、黒木瞳役所広司にしては相応に激しい濡れ場なのだが、過激な部分の切り落としと、女性受けを狙ったという森田芳光監督の巧みなカメラワークや演出力により、エロいながらも品のある、美しい仕上がりになっている。ここはさすが手練れの森田監督

    特異の電車シーンも、夜の西武線のホームでの別れを惜しむやりとりや、不倫旅行に出かける品川駅のホームでの待ち合わせなど、雰囲気づくりがうまい。

    今回はシュールな演出や遊びは堪えて、純粋に不倫ドラマを美しく撮ったようだ。

    蓋を開ければ大ヒットで、角川歴彦による新・角川映画としても幸先のよいスタートが切れたし、何かと縁のあった原正人プロデューサーにも義理が果たせた格好だった。

    キャスティングについて

    主演の二人以外の配役では、妻をめとられる、凛子の夫役の柴俊夫。家ではすぐに書斎にこもって、ろくに妻と会話もしない医師。

    うまそうに高級チーズを食す姿が不気味だ。これは森田オリジナル演出。遊んでいるなあ。不倫ドラマの人妻の夫役は、こういうマザコンかDV系が定番。

    一方、久木の妻役には星野知子。彼女は夫の下手な嘘で外泊する浮気に気づくも、責めもせず嫉妬で騒ぎもせず、突然静かに離婚を切り出す。

    星野知子といえば、『サザエさん』ですよ、あなた。そんな健康キャラの彼女をこんな目に遭わせ、離婚を切り出されて「突然、そんなことを言われても」と間抜け面で同様する久木が憎たらしい。

    ちなみに、久木夫妻の一人娘役は、映画デビューの木村佳乃。すでに嫁いでおり、旦那はロン毛の村上淳。若い。

    (C)1997 「失楽園」製作委員会

    久木の会社の調査室の面々。室長の小坂一也ほか、あがた森魚石丸謙二郎、若いOL原千晶。どれもいかにも干されそうな面々が似合う。

    ひねもす暇そうにしている連中で、酒の席で女性の前でラブホの話とか、この中で誰がモテそうかOLに尋ねたりのセクハラ全盛世代。

    その他、やり手の同僚に平泉成、妙に軽薄そうなのが鼻につく、九木の遊び人の親友に寺尾聡

    どっちもやや意外な配役だが、最も違和感があったのは、常務役の中村敦夫。ごく普通の上司キャラで、さほど目立つべきでないポジションの筈が、中村敦夫の眼光が鋭く、存在感ありすぎ。

     

    凛子の親友でフランス人亭主と離婚したシングルマザーの美都里(金久美子)という快活な女性が登場する。

    これは原作にはないキャラだと思うのだが、なぜ追加投入したのだろう。凛子には相談相手などいない方が、ドラマとしては一層効果的と思うのだが。

    そして失楽園にたどりつく

    物語は、当初は愛欲に溺れ、いつのまにか家庭も捨てて情事に耽るようになっていく二人が、ともに家庭を捨てるという大きな決断を経て、さらに、いまのこの瞬間が最高に幸福だと、心中へと進んでいく。

    原作では、長い物語の中盤までの大半で情事が描かれ、凛子の父の通夜の晩にまでホテルに強引に誘い出す久木にやや呆れる(それでも現れてしまう凛子だから、ドラマになるのだろうが)。

    どれだけ抱き合えば気がすむのかと、盲目的に愛に走る二人にやや食傷気味になってきたところに、凛子の夫の興信所調査や怪文書投げ込みなどが起き、ついに二人は家庭を捨てて、横浜に小さな部屋を借りる(原作では渋谷だったか)。

    (C)1997 「失楽園」製作委員会

    なぜ、結婚したら他の人を愛してはいけないのか、この幸福の絶頂を迎えている今より先の人生に、何の未練があるのか。考えた末に二人は、抱き合って深く結合したまま同時に死に果てる服毒心中の計画にたどりつく。

    心中に向かう説得力が弱い

    あらすじだけを追うとやや無理筋に思えるこの話を、原作では説得力をもって巧みに書ききっている。

    愛人を殺して性器を切り取ったことだけが猟奇的に取り上げられた阿部定事件が、本当はひとつの究極的な愛情表現だったのだと、仕事で事件を調べていた久木が丁寧に凛子に説明する。

    或いは、軽井沢の別荘で愛人だった婦人記者・波多野秋子と心中を遂げた有島武郎を引き合いに出す。これら、中盤からの伏線も効いているためでもある。

    だが、映画ではこの心中への展開の説得力が弱い。これは残念な点に思えた。

    どうやって青酸カリを入手したのかのプロセスも曖昧だし、心中場所として意味があった、軽井沢の凛子の父の別荘という設定が消え去って無味乾燥な洋間になったのも物足りない。鴨とクレソンの鍋だけでなく、舞台設定にもこだわってほしかった。

    こうして、二人の男女は、互いに深く結合したまま口移しでワインを飲み、息絶える。回想シーンのように、雪の舞う山道を連れ立って歩く二人のショットは美しい。

    (C)1997 「失楽園」製作委員会

    ここで絵になる二人を登場させて、エロい映画という印象を上書きする。そして、冒頭にも登場した、死を予感させる滝が登場。

    ラストは、原作と同様、死体検案調書で締めくくる。最後に浮かび上がる裸の二人は、深く結合して心中したはずなのに、枕を並べて横たわっている。回想シーンだとしてもおかしいじゃないかと、思わずつっこみたくなる。