『回路』
黒沢清監督が撮ると、デジタル媒介系のホラーはこういう作風になるのか。肌ざわりはドライなのに、Jホラー感が漂う。
公開:2001年 時間:118分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
一人暮しの平凡なOLだったミチ(麻生久美子)。しかし最近、彼女の周囲では同僚の自殺、勤め先の社長の失踪など無気味な事件が相次いでいた。友達が、恋人が、そして家族までが次々と消えていく。
時を同じくして、大学生・亮介(加藤晴彦)の自宅のパソコンには、インターネットにアクセスしてもいないのに「幽霊に会いたいですか」という奇妙なメッセージが浮かび上がり、黒い袋に覆われた異常な人の姿が現れた。
次第に廃虚となる町で、ミチと亮介は出会い、迫り来る恐怖に挑むのだが……。
今更レビュー(ネタバレあり)
ビデオではなく、配信
インターネットを介して巻き起こる恐怖を描いた、黒沢清監督によるホラー。
カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞し、またハリウッド・リメイクで、『エルム街の悪夢』の巨匠ウェス・クレイヴンも脚本に参加した『パルス』が作られるなど、相応の結果を残している。
◇
黒沢清も認めているように、数年前に原作も映画もバカ売れした『リング』(1998、中田秀夫監督)の影響が濃厚だ。Jホラーがブームになってきた時代の中で、二匹目のドジョウ感は否めない。
インターネットとビデオという違いはあるにせよ、デジタル情報(ビデオはアナログか)として怨念めいたものが伝播していく恐怖には、近いものがある。
ただ、そこは黒沢清監督であり、やはり独特のテイストを貫いている。
中田秀夫監督や、或いは『呪怨』の清水崇監督のようなJホラーの保守本流にみられる、湿度の高いヌメッとした肌触りや、幽霊をバシッと見せてしまうような演出はない。
さすがに明るい夏の日差しの下というよりは薄暗い場面が多いものの、どちらかといえば、ウェットよりはドライで無機質な演出が幅を利かせている。幽霊らしきものは、結局最後までぼんやりとした姿でしか登場しない。
では、怖くないのかと言われると、結構怖い。雰囲気と間合いで見せる、職人芸の怖さである。
映画は、観葉植物の販売会社で働くOLの話と、怪しいサイトにアクセスしてしまう大学生の話が並行して進み、終盤で合流する構成となっている。
観葉植物の販売会社
まずは観葉植物の販売会社。といっても、ビルの屋上階のビニールハウスのような職場なのだが、田口(水橋研二)が無断欠勤し一週間が経過し、同僚の工藤ミチ(麻生久美子)がアパートを訪ねる。
田舎町を走りそうな古いバスに揺られ、田口の住む団地へ向かう。無人のバスも寂れた団地も、いかにも何かありそうな不吉な印象。
◇
腐乱死体でもあるかと思われた部屋の中は、透明なビニールカーテンで仕切られ、その奥には田口が。なんだ生きているじゃないか。
だが、(ここはネタバレとなるが、知っていても十分怖いと思う)仕事で使うフロッピーディスクをミチに渡したあと、気がつくと、田口は部屋の奥で首をつっている。
画面に映っているもの自体、単体ではさほどインパクトはないのに、見せ方ひとつでここまで盛り上げられるのだ。
警察で取り調べを受けた後、悲嘆に暮れて出てくるミチを同僚の順子(有坂来瞳)と矢部(松尾政寿)が迎える。こんな薄暗い建物、どこでロケハンして見つけたのだろう。不気味過ぎる。
ミチも順子も矢部も、花屋で働く学生バイトにしかみえないが、みんな社会人のようだ。若者に混じって、存在感を消しているような社長に菅田俊。
◇
田口がなぜ自殺したのか不明だが、彼のフロッピーにある奇妙な画像には、部屋のPCの前に佇む生前の田口。ここからメンバーが、一人また一人と、姿を消していく。
死体をはっきりと見せるわけではなく、むしろ、壁にできたシミになってしまうという、ダークファンタジー的な処理でごまかしているのだが、それが喪失感を醸成する。
怪しい幽霊サイトと大学生
さて、一方の大学生の部。経済学部の川島(加藤晴彦)が、慣れないインターネットのプロバイダー接続に四苦八苦していると、意味不明な幽霊サイトにつながってしまう。
その謎を解明したくなり、理工学部のコンピュータ室で知り合った春江(小雪)に指示を仰ぐ。右クリックでお気に入り保存とか、プリントスクリーンとか言われてもピンとこない川島に、時代を感じる。
幽霊サイトの正体はよく分からないままだが、川島と春江は次第に親しくなっていく。春江は川島に語る。
「インターネットで繋がりたいの、誰かと? でも、別にみんな繋がってないよ」
人間の生存環境を再現しようというプログラム、点は接近しすぎると死に、離れすぎると近づこうとする。それを研究している大学院生の吉崎(武田真治)が川島に語る。
霊魂の存在できる空間がキャパをオーバーして、受容できない分がこちらの世界に流れ込んできた。なにか偶然にうまれた単純な装置で、回路が開かれてしまったのかもしれない。そうなったら、もう止められないのだと。
それは、哀川翔が演じる工事作業員が、赤いガムテープでドアを目貼りしてこしらえた『開かずの間』がパワーショベルで破壊され、インターネット経由で何かが拡散していくことで表現されている。
理屈はなくても良い
このあたりの怪現象のなりたちについては、一応もっともらしく説明されているが、まあ説得力があるとは思わない。でも、そこを分かりやすく噛み砕いてもらう必要もない。
だって、ホラーなのだから。曲がりなりにも、理屈がついていればいいのだ。
いや、それすらも不要かもしれない。目的が分かってしまえば、助かるかは別にして、どこか安心できる。一番怖いのは、相手の正体もねらいも分からないことだ。
◇
怖がらせ方に冴えがあるかという点では、黒沢清監督、さすがにぬかりはない。夜の団地の街灯の頼りなさから、開かずの間やPC上の動画の不穏な雰囲気まで、よく計算されている。人気のない夕暮れ時の工場の塔から飛び降りる女を遠景ワンカットで見せる処理も、秀逸だ。
個人的に感心したのは、開かずの間で、矢部が女の幽霊に遭遇するシーン。
この幽霊は勿論、はっきりとは写されないのだが、彼に向かって歩いてくるのは分かる。そして、その動きが超スローモーションなのだ。人間離れしたスピードで動かれるのは、早すぎても遅すぎても、不気味なものだというのを本作で知った。
廃墟と化した銀座の町
物語は終盤で、ようやく、大学生の川島とOLのミチが出会う。春江がいなくなり茫然自失の川島が、廃墟のように無人化した町で、両親を助けられずにクルマの運転席で伏せているミチに声をかけるのだ。
すでに回路は暴走してしまった。多くの人が壁のシミになってしまったのか、もはや町には二人の姿しかない。ここまで、こじんまりした空間しか写してこなかった作品が、廃墟となった都市に突如カメラを向ける。
有楽町マリオンの近辺から銀座界隈の誰も走っていない道路を疾走する二人のクルマ。『蘇える金狼』の松田優作じゃあるまいし、まさか夜明けの時間帯の無人の銀座通りをねらって撮影した訳じゃあるまい。
当然CG処理だと思ったら、なんと大勢の助監督が車止めをして撮ったという。無茶をするものだ。おかげで、本作は後半からいっきにスケールアップした感じになる。
飛行機が墜落したり、大型船が登場したり。都市が炎上崩落するエンディングは、まるで『カリスマ』(1999)だが、最初と最後に登場する役所広司扮する、カリスマ船長(店長じゃないよ)は、まさに同作のイメージと重なる。
インターネットを通じて、人は次々に開かずの間に入っていき、永遠の孤独の苦しみに「た・す・け・て」とメッセージを送ってくる。もはや、リアルな世界には、どこにも人影が見えない。
川島が言ったように、永遠に生きることは本当に楽しい事なのか。幽霊は人を殺さない、逆に永遠に生かそうとする、ひっそりと孤独の中に閉じ込めて。
◇
苦しみながら生きていく方がよいのか、みんなと同様にシミになっていく方がよいのか、正解はどちらだ。
まるで、「マトリックス・レザレクション」で仮想現実と戦うかを問う、<どっちの色のピルを選ぶか>問題のようだ。「あなたは間違っていない」とカリスマ船長はミチにいうけれど。