『コーダあいのうた』考察とネタバレ !あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『コーダ あいのうた』考察とネタバレ|愛のうたなら倖田だけどね

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『コーダ あいのうた』 
 CODA

アカデミー賞作品賞を堂々受賞、フランス映画『エール!』をリメイクした聾者一家でただひとりの健聴者の娘の物語。

公開:2022 年  時間:111分  
製作国:アメリカ
  

スタッフ 
監督・脚本:     シアン・ヘダー
原作:      ビクトリア・ベドス
        エリック・ラルティゴ
            『エール!』
キャスト
ルビー・ロッシ:  エミリア・ジョーンズ
ジャッキー・ロッシ: マーリー・マトリン
フランク・ロッシ:  トロイ・コッツァー
レオ・ロッシ:   ダニエル・デュラント
ベルナルド・ヴィラロボス:

          エウヘニオ・デルベス
マイルズ: 

    フェルディア・ウォルシュ=ピーロ
ガーティー:  エイミー・フォーサイス
ブレディ:   ケヴィン・チャップマン

勝手に評点:4.0
        (オススメ!)

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

あらすじ

豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビー(エミリア・ジョーンズ)は、両親と兄の四人家族の中で一人だけ耳が聴こえる。陽気で優しい家族のために、ルビーは幼い頃から<通訳>となり、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。

新学期、秘かに憧れるクラスメイトのマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)と同じ合唱クラブを選択するルビー。すると、顧問の先生(エウヘニオ・デルベス)がルビーの歌の才能に気づき、都会の名門音楽大学の受験を強く勧める。

だが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられず、家業の方が大事だと大反対。悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを選ぶと決める。

レビュー(まずはネタバレなし)

Children Of Deaf Adults

ここ数年多くの作品を候補作に送り込んだNETFLIXApple TV+が出し抜き、本年度のアカデミー賞ネット配信作品として初めて作品賞を受賞した本作。

音楽を扱う映画だから<CODA>は楽譜の記号に由来するものと早合点していたが、Children Of Deaf Adults(耳の聴こえない両親に育てられた子ども)の略語だという。知らなかった。

米国マサチューセッツ州グロスターで漁師を営む一家の物語だが、聴覚障害を持つ両親と兄に囲まれて育った、ただ一人の健常者である娘が主人公。

舞台設定をフランスの片田舎の酪農家に変えれば、2014年のフランス映画の感動作『エール!』エリック・ラルティゴ監督)と同じとなる。そう、本作は同ヒット作のハリウッド・リメイクなのだ。

職業と舞台設定、家族構成(弟⇒兄)の違いを除けば、ストーリー展開は会話も含めて相当オリジナルと似ている。

私はリメイクと知ったうえで観ていたが、もし知らなくても、いまだに仲睦まじい夫婦が揃って医者の診察を受け(娘に説明させて)、性病で二週間性行為禁止と医者に言われて激しく抗議するシーンで思い出しただろう。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

オリジナルの『エール!』ファンとしては、リメイク作品にオスカーを獲られてしまうのは少々悔しいが、今年度のノミネートには『ウェスト・サイド・ストーリー』もおり、リメイクだろうが作品単体で評価されるのは正しいことなのだ。

勿論、本作がつまらないということでは全くない。骨格がしっかりした作品ゆえに、『エール!』を観ていた人でも、引き続き十分に<笑えて泣ける>作品になっている。初めて観るという方には、予備知識なく観られることを羨ましく思う。

キャスティングについて

本作でまず感心したのは、家族のキャスティングである。頑固者の漁師の父親フランクのトロイ・コッツァー、そして美しく気も強い母親ジャッキーのマーリー・マトリン

この夫婦役の二人は、ともに『エール!』の主人公の両親役と雰囲気がとてもよく似ている。同じ俳優を起用したのかと思ったくらいだ(フランス語と英語の違いは、手話なので関係ない?)。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

マーリー・マトリン『愛は静けさの中に』(1986)で史上最年少でアカデミー主演女優賞(21歳)を獲った、実際に聾者でもある女優だ。「母さんは耳が聴こえなくても昔ミスコンで一位を獲ったんだぞ」という父の自慢は、この経歴とも重なる。

父親役のトロイ・コッツァーも同じく聾者だが、当時のマーリーの活躍に感銘を受け俳優となり、本作では彼が聾者の男性俳優として初のオスカー(助演男優賞)を獲った。

兄・レオ役のダニエル・デュラントもまた本物の聾者であり、両親役それぞれとも共演経験がある。「俺たち三人は、お前が生まれてくるまで平和に暮らしてたんだ!」とレオが妹に語っているように、この三人は本当の家族のような存在にみえる。

そして主人公のルビー・ロッシを演じるエミリア・ジョーンズ。この配役は映画のキモだろうが、演技力に歌唱力、さらには流暢に手話ができなければいけない。これを充足する人材はなかなかみつかりそうにない。

『エール!』では、歌手のルアンヌ・エメラが主演をしているが、本作では英国女優のエミリア・ジョーンズが、見事な歌唱と手話を披露してくれる。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

ヤングケアラーという社会問題

家族で唯一、耳が聴こえて普通に会話ができる存在。当然ながら一家のあらゆる場面で面倒をみることになる。いわゆるヤングケアラーの苦悩。好き勝手に生きたい年頃なのに、ルビーには家族のために自制することが習性になっている。

はじめてみつけた歌うことの喜び、そして恋人との出会い。突如彼女に訪れる、バークリー音楽大学への奨学生となるチャンス。だが、自分は家族たちを置き去りして旅立つことができるか

このドラマをお涙頂戴にしてしまっては、ベタなテレビドラマになるところだが、通常なら台詞が飛んでくる家族の会話がすべて手話になっていることで、やりとりにも適度な間合いや動きが生まれ、望外の効果が得られている。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

リメイクがオリジナルを越えることは難しいのは本作も同じだが、よく健闘していると思う。特に感心した点をいくつか挙げたい。

漁師への設定変更はなかなかいい。『ダンケルク』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を監修したアドバイザーの協力を得たという漁船の雰囲気や漁業組合組成に乗りだす展開、それに聾者だけの漁船操縦は危険とみなされ免許停止になってしまう家族の悲哀。いずれもよく考えられている。

ルビーがデュエットを組むことになる憧れの同級生マイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)と次第に親しくなり、崖から湖に飛び込んで仲直りするくだりも、ルビーの青春の甘美なひとときが描かれていて、とても好感。湖の登場は複数回あるが、いずれも、緊張を緩和してくれる美しいシーンだ。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

オリジナルでの弟役を兄のレオに変更したことも効果的だった。兄として頼られるべき存在なのに、聾者ゆえにみんなが妹に依存する家族の在り方は、レオにとっても苦痛。

だが、妹の人生を束縛していることに誰よりも気づいているのもまた兄なのだ。兄妹の関係描写は、オリジナルよりも細やかだったと思う。

最後に選曲。これはオリジナルとはガラッと雰囲気を変えてきた。

タミー・テレルマーヴィン・ゲイによるソウルの定番<You’re All I Need To Get By>、そしてジョニ・ミッチェルの力強いバラード「青春の光と影」(Both Sides Now)

オリジナルではフランスのシャンソンから持ってきた曲だったが、ここは米国映画らしい選曲で対抗。なかなかよい。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

愛すればこそのダメ出し

最後に、もう少し『エール!』との比較で気になった点を語らせてほしい。

ルビーが師事する音楽のV先生ことベルナルド・ヴィラロボス(エウヘニオ・デルベス)。最初の授業だけは厳しい芸術家風だったが、あとは甘々な先生でちょっとがっかり

これはオリジナルの厳しい偏屈教師が好きだった。前半厳しいからこそ、ラストのコンクールでルビーの伴奏をしてくれるところにホロッとなるのだ。

音楽のレッスンも、オリジナルよりだいぶ割愛されていたように思う。抱き合いながらデュエットを唄う練習も、アメリカでは馴染まなかったか。マイルズ少年には、もう少し活躍の場をあげたかった。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

晴れの舞台、学校の合唱大会にルビーを観に来る家族三人。でも、娘の熱唱は彼らには聴こえない。映画は途中から無音になる。娘の歌は聴こえないが、周囲の人々の喝采が動きで伝わる。

本当に娘は歌がうまいのだろうか。音楽とは突き詰めれば振動だ。それならば触って感じられる。だから大音量のラップが好きな父親は、夜に二人きりとなったルビーにもう一度歌わせて、彼女の首に手を当てて、それを感じる。

それにしても、コンクール会場であるバークリー音楽大学のあるボストンと、一家が暮らすグロスターとの距離が映画ではとても近く見えたのは驚いた。オリジナルではとても離れた場所にみえ、だからこそ時間に間に合うかでハラハラしたのだが。

健聴者でがっかりした?

「私が生まれた時、耳が聴こえると知ってがっかりした?」

ルビーは母親にそう問いかける。耳が聴こえると知って、母は不安に思ったという。自分が健聴者である母とうまくいかなかったように、娘とも分かり合えないのではないかと。

このやりとりは、娘からの問いかけではなく、母から切り出した方が効果的だっただろう。

また、オリジナルの作品にはあった、「でもパパは、慰めてくれた。この子は聾者の心を持っている。耳が悪いと思って育てよう」という重要な台詞が消えてしまったのは残念だ。

とはいえ、本作はいたずらに湿っぽい話にすることもなく、明るく逞しくいきていく家族たちにとても好感がもてる。ルビーと父・母・兄それぞれの関係がしっかり描かれているところもよい。

ハリウッド・リメイクという仕組みにあまり好印象を持っていなかったが、今回はそれを改めさせられた。

(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

ラストの別れ際にルビーが家族に見せるグワシ(©楳図かずお)のようなポーズは、なんと<I really love you>のサインだそうだ。『まことちゃん』、深い。