『リリイ・シュシュのすべて』
dž All About Lily Chou-Chou
岩井俊二が放つ若者のダークサイド。行き詰る思春期の日々に追い求めるは歌姫が満たしてくれるエーテル。
公開:2001 年 時間:146分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 岩井俊二 キャスト 蓮見雄一: 市原隼人 星野修介: 忍成修吾 津田詩織: 蒼井優 久野陽子: 伊藤歩 佐々木健太郎: 細山田隆人 神崎すみか: 松田一沙 犬伏列哉: 沢木哲 多田野雅史: 郭智博 クリオネ: 中村太一 飯田待典: 五十畑迅人 辻井影彦: 西谷有統 清水恭太: 笠原秀幸 寺脇仁志: 勝地涼 仲貝弘和: 内野謙太 池田先輩: 高橋一生 小山内サチヨ: 吉岡麻由子 恩田輝: 田中要次 星野いずみ: 稲森いずみ 蓮見静子: 阿部知代 高尾旅人: 大沢たかお 島袋: 市川実和子 シーサーさん: 川満勝弘
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
田園の広がる地方都市で暮らす中学生の蓮見雄一(市原隼人)は、かつては親友だった同級生の星野修介(忍成修吾)に万引きなどの犯罪行為を強要され、鬱屈とした日々を送っていた。
唯一の救いはカリスマ的な人気を持つ女性歌手、リリイ・シュシュの曲を聞くこと。彼はリリイ・シュシュのファンサイトを運営し、そこで仲間を見つけるのだが。
今更レビュー(ネタバレあり)
エーテルを求めリリイシュシュを聴く
少女の躍動感と刹那的な美を映像に切り取ってきた、一般的な岩井俊二のイメージからはだいぶ離れたダークサイドの衝撃作といえる。
だが、彼のフィルモグラフィをみれば本作だけが異質なわけでもないし、小林武史やドビュッシーを中心とした音楽のたくみな取り込み方や、インターネット掲示板との過激なまでの融合など、随所に岩井俊二らしさは感じられる。
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本作は、主人公たちと同年代の中学生たちの年頃でないと、なかなか共感できない内容なのかもしれない。恋にときめく、明るく楽しい学校生活とは真逆の、いじめや暴力や軽犯罪が蔓延している、息苦しい思春期の日々。
どうしたら、そんな中で生きていく活力や希望が見いだせるのか、暗中模索するなかで、主人公の蓮見雄一がたどりついたのが、カリスマ的な人気を持つ女性歌手のリリイ・シュシュ。みんな、彼女の歌の中にエーテルを求めて、聴き入るのである。
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本作は賛否両極に分かれる作品だ。公開時にはすっかり大人になっていた私にとって、本作は音楽や映像、文字の融合という見せ方の部分では興味深い点があったものの、内容に関してはどっぷりと暗鬱な気分になる苦手な作品だった(その割には何回か観返しているが)。
ただ、若い世代はじめ、好きな音楽に人生を助けられたひと、本作の中学生たちに自分を重ねるひとには、胸に突き刺さる何かがあるのかもしれない。
田園の中心で愛を聴き入る
見渡す限り広がる青い田園風景のど真ん中にただ一人制服姿で佇む中学生の雄一(市原隼人)、CDウォークマンとヘッドフォンでリリイ・シュシュの歌に聴き入る。そして画面には、何度もリロードされるメッセージが示され、多くの投稿者がリリイの音楽とエーテルについて熱く語り合う。
この掲示板は雄一が立ち上げた非公式ファンサイト<リリフィリア>。キーボードの入力音と画面上のリリイ文字からメッセージへの変換、そこにかぶさるリリイの音楽(実際にはsalyuが歌っていたのを最近知った)、そして田園風景に立つ雄一。この場面が146分の映画の中で相当な時間繰り返されるのだが、次第に身体が馴染んでくるのが分かる。
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映画の序盤、雄一は不良仲間の多田野(郭智博)やクリオネ(中村太一)とともに、カバンの置き引きやCDの万引きなど、悪事を働きカネを稼ぐ。
彼自身が悪ガキなのかと思えば、廃工場でさらに不良連中にボコられて、全裸で自慰行為を強要される。彼らもまた、強要されて悪事を働いていたのだ。そしてそれらのリーダー格と思しき中学生が星野修介(忍成修吾)。
沖縄旅行で何かが変質する
そして映画は彼らが中一時代に遡る。中学では成績優秀で剣道部員の星野は、小学校ではいじめられており、今の学校でも、期待とのギャップに悩む。星野は雄一と親しくなり、雄一を家に泊めては美人の母親(稲森いずみ)が歓待し、リリイの音楽の良さを教える。
二人は他の仲間たちとカネを集めて沖縄旅行にでかける。ここで大きな転機を迎える。現地でツアコンをする島袋(市川実和子)あたりとひと夏の経験話に発展するのかと思えば、もっと深刻で、星野は現地で二回、死の危険に直面するのだ(溺れかけた後、危険な魚に直撃を食らう)。
更に、旅先で出会った生命力溢れる風来坊の高尾(大沢たかお)が突然轢死したことで、星野の人生観が変わる。
◇
二学期に学校に現れた星野は、もはや暴力を解放し、誰も手が付けられない存在になっていく。こうなると、雄一は星野の最下層にいる手下のひとりだった。そして、冒頭の万引き行為に繋がっていくのだ。
現実から逃避する者と立ち向かう者
ここでようやく、クラスの女生徒の話が絡んでくるが、岩井俊二らしい明るさも健康的な楽しさもない。
女生徒のひとり、津田詩織(蒼井優)は星野らに弱みを握られ、少女売春をさせられては、彼らに上納金を納めている。雄一が憧れているピアノの上手な生徒・久野陽子(伊藤歩)は、クラスの意地悪女・神崎すみか(松田一沙)に陰湿ないじめを受け、挙句にはこの女の指示で星野の手下たちに輪姦されてしまう。
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売春を続けながら、カネを得ることに喜びを感じ始めてもいた津田は、そんな自分に嫌気がさしたのか投身自殺を図る。一方の久野は、レイプ後にも坊主頭で登校し、気丈に自分の生き方を貫く。
気が重くなる展開に、映画ではなんの解決も与えてくれないが、これをリアルととらえることもできる。
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20年前の作品だが、主人公の中学生たちには、現在活躍する俳優たちが散見される。
本作が映画デビューとなる市原隼人、悪役で鮮烈なイメージを与えた忍成修吾。女子中学生の二人は、『スワロウテイル』の伊藤歩と『花とアリス』の蒼井優の二枚看板。中学生の中には、剣道部のモテる先輩に高橋一生や、勝地涼の姿も見える。『花とアリス』には、郭智博や大沢たかおも登場した。
ライブでエーテルは沸点に達する
大好きなリリイの最新CDは星野に叩き割られ、憧れの久野がレイプされているのを知りながら、自分は何もできない。
厳しい現実から雄一が逃避できる場所は、管理人<フィリア>として全てを統治でき、またリリイ愛について好きなだけ語れるファンサイト・リリフィリアだけ。そしてその中で、<フィリア>は投稿者のひとり<青猫>と意気投合していく。
◇
そして、ついに渋谷でリリイのライブが開催されることとなる。チケットを入手した雄一は、会場で青林檎を目印に<青猫>と会う約束だった。
自分が誰よりも溺愛し、のめり込んでいると思っていた存在に対し、多くの熱狂的なファンが好き勝手に語っていることが伝わる、開場待ちの場の雰囲気が興味深い。
雄一は複雑な心境だったろう。そして、彼が目にした青林檎を持っていた人物は、なんと星野だった。観客には分かっていたことだが、これは落ち込む。
しかも星野は、雄一の持つ良い席のチケットと強引に交換し、自分のチケットは破り捨てるのだ。結果、雄一は入場できず、会場前で漏れる音を聴く羽目になる。
こんな悪魔のような男が、リリイのファンだなんて。絶対エーテル腐ってる。そう思ったであろう雄一のその後の行動には共感してしまう。だが、後味がよいものとは言い難い。これが音楽の力だとは、思いたくはない。
流れる音楽からは想像できないハードな展開。これまでの路線とは一線を画す岩井俊二のほろ苦い挑戦状だ。