『歩いても 歩いても』
是枝裕和監督がドキュメンタリー手法から離れた、事件のおきない家族劇。阿部寛と樹木希林の母子コンビは本作で生まれた。
公開:2008 年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 是枝裕和 キャスト 横山良多: 阿部寛 横山とし子(母): 樹木希林 横山恭平(父): 原田芳雄 横山ゆかり(妻): 夏川結衣 横山あつし(息子): 田中祥平 片岡ちなみ(姉): YOU 片岡信夫(義兄): 高橋和也 片岡さつき(姪): 野本ほたる 片岡睦(甥): 林凌雅 松寿司店長: 寺島進 横山家の隣人: 加藤治子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ある夏の日、元開業医の横山恭平(原田芳雄)とその妻とし子(樹木希林)が二人きりで暮らす家に、次男の良多(阿部寛)と長女のちなみ(YOU)がそれぞれの家族を連れてやって来る。
何気ない団欒のときを過ごす横山一家だったが、この日は15年前に亡くなった長男・順平の命日だった。
今更レビュー(ネタバレあり)
24時間のホームドラマ
是枝裕和監督による、成人して家から足が遠のいている子供たちと老いた両親の家庭劇。三浦海岸の夏の一日、24時間を描いたドラマは、ジャック・バウアーによる銃撃戦もないし、何も特別な事件が起きる訳ではないのに、どこかハラハラさせる。
阿部寛と樹木希林が母子を演じ、昭和歌謡の歌詞を題名に引用するスタイルは、『海よりもまだ深く』(2016)にも引き継がれる。
◇
冒頭は映像の前に、台所仕事の音から映画は始まる。老母のとし子(樹木希林)と一人娘のちなみ(YOU)が野菜の皮むきをしている。
大根のきんぴら、豚の角煮、枝豆とみょうがの混ぜ寿司。気の置けない母子は、互いの文句を言い合いながら、どこか楽しそうだ。
そして、今は開業医を引退したが、近所からは先生と呼ばれ気位高く、頑固で偏屈な父・恭平(原田芳雄)。
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そんな実家に京急線に揺られ帰ってくる息子の良多(阿部寛)。「電車あるし、やっぱり泊らずに帰ろうか」という、彼の横には、妻のゆかり(夏川結衣)と、彼を<良ちゃん>と呼ぶ息子・あつし(田中祥平)。
そう、ゆかりとは連れ子の再婚だった。この結婚を両親がどう思っているか、そして頑固な父との確執が、良多を憂鬱にさせていた。
多くの人が思い浮かべる母親像
「こんにちわー」「ただいまでしょうに」
玄関で他人行儀な挨拶をする息子を、笑いながら正す母。
家には、既にちなみの夫・信夫(高橋和也)と子供たちが、先客として我が物顔をしている。信夫は自動車の営業マンだけあって、人あたりも調子もよく、絵画修復士の仕事を失業中で人付き合いも苦手な良多とは対照的なキャラだ。
そして、この義兄一家は、診察室をリフォームして、この家を二世帯住宅にして同居する話を進めている。
ざっと、こんな感じで、老夫婦と、それぞれ結婚している姉弟の家族がみんな出揃う。
盆や正月だけ急に賑わう老夫婦の家とは、こういう感じが一般的だろうか。少なくとも、自分のケースにあてはまる部分は相当に多いように感じた。<実家あるある>だ。特に、樹木希林演じる母親など、自分の親にみえてくるほどだ。
- やれ食生活がどうとか、歯医者に行けとか、いまだに小学生扱いの息子への世話の焼き方
- 「死に別れより、生き別れの方がいいのよね。死んだ相手だと、想いを引き摺るから」怖いことを、陰で平気でズバッと言ってのけるところ
- 「あなたたち、子供はどうするの?作るの?」と、息子の嫁と二人きりの時を選んで、がさつにプライベートに踏み込んでくる話法
樹木希林のさりげない所作や台詞は、アドリブに見えるが、自分のアイデアであれば事前に監督に相談するなど、全て綿密に練られたものらしい。
娘のおでこをキレイと言ったり、嫁のえくぼを見つけてカワイイと言ったり、こういう自然な台詞も、楽屋での会話から拾ったものだとか。
そもそもは、是枝裕和監督の実の母親も毒舌家で、実体験をもとに構想した脚本だという。だが、そのお母さんは、息子が監督として成功する姿を見せる前に、亡くなってしまったそうだ。
「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」
本作の終盤で阿部寛に語らせる、両親に対して抱いている思いは、こんな監督の実感から来ているのだろう。
キャスティングについて
それにしても、母親に限らず、この家族たちの自然な会話は実に面白いし、キャスティングもまたいい。本作以降、是枝作品には欠かせない存在となっていく樹木希林。
『誰も知らない』の育児放棄母で鮮烈な印象を与えたYOUも、一家の緩衝材として本作での存在感が大きい。
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夏川結衣はこれまでも是枝作品に複数参加の常連メンバーだが、今回は、ドラマ『結婚できない男』(2006)の恋人(未満)同士に続いての阿部寛との共演。これはこれで楽しい。だって、ドラマでいがみ合っていた二人が、そのまま子連れ再婚しているようなキャラなのだ。
連れ子の<笑わない王子>あつしを演じた田中祥平は、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(松岡錠司監督)でオダジョーの少年時代を演じているのだ。つまり樹木希林とは母子の役なわけで、この繋がりも面白い。
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義兄の高橋和也は、妻役のYOU同様に、一家の緩衝材としてうまく機能している。彼はこういう、出しゃばらず、かといって無くてはならない重要なポジションには欠かせない、バイプレイヤーだと思う。是枝作品への起用も多いのは肯ける。
そして、一家の大黒柱・原田芳雄は本作では、ずっと偏屈オヤジのままだ。孫たちがこの家を<おばあちゃんの家>と呼んでいるのが気に入らない、器の小ささも笑える。
時たま、近所の人たちや、息子の連れ子に対しては社交的な一面も見せるが、家族、特に妻のとし子に対しては、結局打ち解けるような姿を見せない。
原田芳雄が演じるのなら、もう少し人間的な優しさを見せる父親も見てみたかった気がするが、本作においては、この意固地な部分が大事なのか。
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この我儘で妻に一片の愛情も滲ませなかった男の、過去の浮気を赦せずにいる妻が、その時に買ったレコードが、いしだあゆみの<ブルーライト・ヨコハマ>なのである。いやあ、この曲から、この歌詞から、こんなにもドロドロとした心情が現れて、タイトルにまでなってしまうとは、想定外だった。
家族はかけがえないが、厄介なものだ
今は恭平の引きこもりに使われるだけの診察室のある古い二階建ての家。庭から差し込む木漏れ日も美しい。でも、これがセット撮影と、三鷹にある小児科医を借りたロケの合わせ技だったとは。
人工光を混ぜることで、セットとロケを自然に繋いでいるのだ。映画はマジックである。正面にカメラを置く小津安二郎ではなく、成瀬巳喜男を意識したと是枝監督がいう部屋の中の撮り方も、この家の雰囲気にあう。
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この日に家族が一同に会するのには、理由がある。兄・順平の命日なのだ。何度も遺影がフレームインするのに、ピントをぼかして顔をはっきりみせない演出がユニークだ。
父を継いで医者になるはずだった優秀で人徳者の兄は、溺れかけた子供を救おうとして命を落とした。もう15年も前の話だが、両親はまだ亡くした長男への未練を引き摺って生きている。良多にはそれが歯痒い。
生きていれば道を外れていたかもしれないのに、死んでいては兄を越えることはできない。思えば良多は実家では死んだ兄、新たな家庭では死んだ前夫という、越えられない存在と比較され続けるのだ。
毎年線香をあげに訪ねてくる、順平が命を救った少年は就職を考える年齢になっている。相撲取りのような体格で、就活もろくにできない頼りない若者だ。
「来年もまた、お待ちしていますからね」と笑顔で若者を見送る母。
帰った途端、「あんなくだらんヤツのために、何でウチの倅が」と、大声で嘆く父。
「もう、来年は解放してやろうよ」と良多はいうが、母は許さない。
「15年ごときで忘れられてたまるもんですか」
家族とはかけがえのないものだが、いつも居心地がよい訳ではない。
この一家にも、長男を海難事故で亡くすという大きな出来事はあったが、今抱えている大小の課題の多くは、それとは関係なく発生したものだし、映画の中で解決することもない。
言うなれば、誰の身の回りもありそうな日常を描いた作品だ。だが、不思議と退屈ではない。
その数年後、恭平ととし子はともに他界し、長男と同じ墓に入る。そこに墓参りに訪れる良多の家庭には、小さな女の子が生まれている。こうして、家族の物語は続いていくのだ。
◇
良多たちが小さい頃、両親は隣の畑のとうもろこしを無断で頂戴した。かき揚げを作っていると、隣人が収穫物をおすそ分けに来る。
「母さん、スーパーで買わなきゃ良かったね」
長男のヤツが、そう機転を利かせたんだよ。両親は、事あるごとにこの思い出話を持ち出す。
「あれは兄さんじゃなくて俺が言ったんだよ。父さん、間違って覚えてるから」
そういう家族あるあるの小ネタ、結構ツボだったなあ。