『浅草キッド』
劇団ひとりがビートたけしの原作を映画化。浅草フランス座の師匠に鍛えられた青春の日々を大泉洋と柳楽優弥が好演。
公開:2021 年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ 監督: 劇団ひとり 原作: ビートたけし 『浅草キッド』 キャスト ビートたけし: 柳楽優弥 深見千三郎: 大泉洋 千春: 門脇麦 ビートきよし: 土屋伸之 麻里: 鈴木保奈美 井上: 中島歩 東八郎: 尾上寛之 田山淳: 風間杜夫
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
昭和40年代の浅草。大学を中退後、たけし(柳楽優弥)は「ストリップとお笑いの殿堂」と言われる浅草フランス座に転がり込み、「幻の浅草芸人」と呼ばれていた深見千三郎(大泉洋)に弟子入りする。
東八郎や萩本欽一など、お茶の間を席巻していた大人気芸人を育てた深見の下で、たけしは大成することを目指し笑いの修行に勤しんでいた。しかしテレビが普及するにつれ、演芸場の客入りは減る一方だった。
レビュー(まずはネタバレなし)
劇団ひとりのたけし愛
ビートたけしが師匠である芸人・深見千三郎と出会い、鍛えられた日々をつづった、若手芸人必読の自伝「浅草キッド」を劇団ひとりが監督・脚本を手がけ映画化。
全編にわたり、劇団ひとりの浅草愛、たけし愛に満ちた、思い入れの強い作品となっている。
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多くの人気芸人を育てながらも、自身は頑なに浅草の舞台芸にこだわり、テレビにほとんど出演しなかった「幻の浅草芸人」と呼ばれた師匠・深見を大泉洋、そしてビートたけしを柳楽優弥が演じる。
劇団ひとりは、初監督作の『青天の霹靂』でも浅草を舞台にし、大泉洋を起用している。
小説や脚本も手掛けるマルチタレントの才人であるが、さすがに処女作である『青天の霹靂』の演出にはちょっと遠慮があったか、正直あまり面白味はない。
だが、その後監督としての成長なのか余裕がでてきたのか、本作は演出にも冴えがみられるし、何よりセットを最大限活用した遊び心のある映像が撮れている。これは嬉しい。
柳楽優弥のたけし
昭和40年代。大学を中退して浅草のストリップ小屋フランス座でエレベーターボーイをしていたたけしは、深見のコントにほれ込んで弟子入りを志願する。
「師匠のコントが好きなんです!」
「お前、何ができるんだ? 何の芸もないヤツが、舞台に立てんのか!」
多芸な深見が披露するタップダンスに魅了され、隠れて練習を重ねるたけし。柳楽優弥の演じる若き日のたけしが、ガチで本物っぽい(勿論、当時のたけしはよく知らないが)。
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本人特有の癖のある仕草や表情も、度を過ぎれば陳腐なモノマネになってしまうが、さりげなく取り入れているところが好感。若い頃のたけしはこうだったのだろうという納得感がある。
一方で冒頭や終盤に登場する、現在のたけしのシーンなどは、背格好や発声の仕方も含め、完コピに近い。はじめは本人のカメオ出演なのだろうと思っていたくらいだ。これも柳楽優弥が演じているらしい。
いや、さすがプロ根性。『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)の撮影時に『その男、凶暴につき』を毎晩観てたけしの演技を研究していただけはある。
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加えて、松村邦洋がたけしの癖や喋り方を指導しているというではないか。どうりでレベルが高いのも肯ける。
迫真の演技なのは、普段のふるまいだけではない。きよし(土屋伸之)と結成した漫才コンビ<ツービート>が、漫才ブームの時流に乗って売れっ子になっていく。彼らがステージで見せる、きわどいネタばかりの漫才がまた凄いのだ。
映画で二人がやる掛け合い漫才は、映画用の新ネタではなく、本人たちがかつて舞台で喋っていたものだ。私のような世代は、それを夢中で観ていたクチだから、その内容だけでなく、彼らの語りや動きまで、よく覚えている。
それをきちっと再現し、本物と思わせるのだから、これは相当大変だったのではないかと推察する。
相方にお笑いコンビ・ナイツの土屋伸之を起用したことも大きい。さすが本職のツッコミだけあって、間合いも完璧だし、こちらもどうみてもビートきよしだ。
大泉洋の深見千三郎
一方、師匠の深見千三郎の大泉洋はどうだろう。テレビ嫌いの深見は、映像や音声がほとんど残っていないというので、柳楽優弥と違い、本物に似ているかどうかは判断のしようがない。
だが、いかにも浅草芸人の矜持があり、金欠でピーピーしていても女房(鈴木保奈美)にカネを借りて弟子には見栄を張る、そんな役柄は大泉洋に似合う。
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大泉洋は、本作では確固たる深見のイメージを持っていた、劇団ひとりの演出に素直に従っただけと語っている。
『騙し絵の牙』(吉田大八監督)でもそうだったが、大泉洋はアドリブで好き勝手にやるよりも、キッチリと監督に演出をしてもらう方が、作品の中で光るように思う。
本作における深見千三郎という芸人も、いかにも古き良き昭和の浅草にいそうな、人間的な魅力溢れる人物として描かれている。
その他キャスティング
浅草フランス座で、師匠と弟子を囲んでいる共演陣。たけしと親しくなっていく踊り子で、歌手に憧れる千春を演じた門脇麦。フランス座を切り盛りする、深見の妻の麻里を演じた鈴木保奈美。
普段なら、ドロドロした愛憎ドラマに絡んできそうなこの二人の女優は、本作では苦しい生活の中でも懸命に生きている、優しい女性を演じている。
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門脇麦はヒロイン役なのだろうが、安易に恋仲になったりはせず、挨拶のように「やらせないよ」とたけしに念を押すところが楽しい。
なお、彼女のほかにストリッパーは複数名いるが、年齢制限を意識したのか、劇団ひとりが敬遠したのか、踊り子さんが裸で登場するシーンは皆無だったのは意外。門脇麦がステージで歌い出すと、『さよならくちびる』のハルレオを思い出してしまう。
フランス座で脚本を書き、舞台のスタッフをする書生のような井上(中島歩)も、あまり目立つシーンはないのだが、とてもいい雰囲気。いかにも昭和の二枚目顔の中島歩が場にいるだけで、格段に時代がそれっぽく見えるのだ。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ケンカ殺法、ギリギリのボケ
「芸人なら見かけじゃなくて、芸で笑いをとれ。笑われんじゃねえぞ、笑わせんだ」
深見師匠のいじりに乗っかるだけで笑いが取れた初舞台。そこを出発点に、たけしは芸人として成長していく。
戦争で片手の全指を失ったという師匠に、たけしは「腹減って左手食ったって、本当ですか」と、相手を怒らせるかどうかギリギリのボケをかます。柳楽の表情がいい。
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かつて、渥美清や萩本欽一も巣立っていったこのステージ。だが、客の目当てはコントでも歌でもなく、ストリップだ。自分もこんな舞台ではなく、外で勝負してみたい。たけしは、小屋を飛び出し、師匠の忌み嫌う漫才でテレビに進出し、二人は疎遠になっていく。
ツービートは漫才ブームを牽引する中心的存在となり、テレビ嫌いの深見よりも、こと知名度に関しては大きな差を付けた。だが、「芸人としての師匠はついに越えられなかった」、ビートたけしは原作にそのように書いている。
本作の中でも、日本演芸大賞を受賞したその足でたけしは久々に深見の家をいきなり訪ね、小遣いだといって賞金を渡す。
「師匠に小遣いをやる弟子がいるか!」と怒りながら、「ひいふうみい」と札を数えだす深見。
「数えてんじゃねえか」とつっこむたけし。喧嘩になりそうでも、深い師弟愛が感じられる、いい場面だ。
世界中の人々が、真のたけしの姿を
劇団ひとりが偉大なる原作を映画化したいと脚本を書き始めたのは実に7年前。紆余曲折があり、最終的にはNETFLIXによって製作が決まる。
世界190か国同時配信ということは、これまでキタノ・ブルーの北野武や、『戦メリ』の鬼軍曹しか知らないような世界中の人にまで、ツービート時代から過激な笑いで勝負してきたたけしの姿が知れ渡るのだ。これは、快挙といえる。
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ラスト近くに、久しぶりにフランス座を訪ねたたけしが小屋の中を徘徊し、かつての思い出が走馬灯のように現れる長いワンショットがある。これは幻想的でとてもよい。
物語は、深見の寝煙草で起きた火災による唐突な焼死から、もの悲しい雰囲気に包まれる。だが、芸人の映画が辛気臭くてはいけないと、このような美しいシーンに取って代わったかのようだ。
「師匠、半分焼けてたから、火葬に費用は半額でいいそうです」
最後までギリギリのブラックジョークで涙を隠すたけし。浅草の芸人魂は死なず。