『麦子さんと』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『麦子さんと』今更レビュー|<あまちゃん>っぽいけど<梅ちゃん>

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『麦子さんと』 

𠮷田恵輔監督が、堀北真希の二役で描く母親とのドラマ。大嫌いだったあのヒトを、お母さんに変える旅。

公開:2013 年  時間:95分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:       𠮷田恵輔


キャスト

小岩麦子・彩子: 堀北真希
小岩憲男:    松田龍平
赤池彩子:    余貴美子
井本まなぶ:   温水洋一
古里ミチル:   麻生祐未
麻生春男:    ガダルカナル・タカ
麻生夏枝:    ふせえり
麻生千蔵:    岡山天音
やまだ:     田代さやか

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)「麦子さんと」製作委員会

あらすじ

声優になることが夢のアニメオタク女子・麦子(堀北真希)は、無責任な兄の憲男(松田龍平)と二人暮らし。そんなある日、麦子たちが幼い頃に家を出たまま音信不通だった母親の彩子(余貴美子)が突然現れ、同居することに。

自分勝手な母が許せず戸惑う麦子だったが、実は病魔に冒されていた彩子は、ほどなくして他界してしまう。麦子は納骨のため母の田舎を訪れるが、若かい頃の彩子とそっくりな麦子は町の人々に歓迎され、それまで知らなかった母の一面を知る。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

堀北真希の透明感がハンパない

𠮷田恵輔監督は、出演者に〇〇組みたいな常連メンバーをつくらない人なのだろう。コンスタントに作品を世に出しながら、出演する俳優はめったに再起用しない。

都度、その作品にあった配役を考えているのか。本作においては、主演の堀北真希がまさにその代表格だ。本作は構想期間が何年にもわたったようだが、3年ほど前になって、彼女の写真集が目に留まり、そこから話が進む。

作品を観れば、堀北真希のキャスティングはまさに絶妙と感じ入る。母の故郷である田舎町に佇む、ニット帽姿の麦子の透明感が際立つ。そこだけホワイトバランスを間違えたように、彼女の周辺だけが白く浮き上がって見えるほどだ。

本作公開時、彼女は朝ドラ『梅ちゃん先生』の主演もこなし、すでに売れっ子女優のひとりだったはずなのに、映画に登場するとなおフレッシュな魅力が感じられる。

(C)「麦子さんと」製作委員会

ただ、𠮷田恵輔監督としては、彼女のイメージだったのはニット帽の麦子の方ではなく、その母親・彩子の若き日の姿だったそうだ。

なるほど、それも合点がいく。回想シーンの彩子は、町中の男どもがみんな夢中になるのも肯ける魅力を湛えているからだ。

突如現れた、同居人の女

映画は冒頭、骨箱を両手に抱えた麦子が田舎の駅に降り立つ。彼女を乗せたタクシー運転手・井本(温水洋一)が仰天する。かつてこの町のアイドルだった美少女・赤池彩子に瓜二つだったからだ。

「それって、この人です」 麦子が膝の上の骨箱を示す。彼女は彩子の娘だった。

温水洋一のオーバーアクトや自転車の警官との衝突など、のっけからのコメディ演出に辟易するが、これは後半にかけての伏線なのかもしれない。

その後、一転して場面は都内の古くて狭いアパート。麦子は頼りない兄の憲男(松田龍平)と二人暮らし。父親が死んでから三年、かつて家族を捨てて出て行った母親については、麦子には記憶も曖昧だ。

だが、突然この母親(余貴美子)が一緒に暮らそうと転がり込んでくる。そうしないと、金欠のため今までのように二人への仕送りが難しくなるという。

麦子に仕送りのことを隠し兄の威厳を保っていた憲男のダメ男ぶりが、松田龍平によく合う。仕送りを止められては困る二人は、渋々同居を受け容れるが、兄は彼女と同棲すると出ていき、麦子はこの母親とは認めていない女と、生活することになる。

(C)「麦子さんと」製作委員会

母子の描き方がリアル

余貴美子が演じるこの女性のがさつでマイペースな性格、家族を捨てた負い目はあっても子供たちを愛している彼女と、それを拒絶する兄妹のヒリヒリするような関係の描き方がうまい。

食生活にあれこれうるさかったり、うるさい目覚まし時計かけたり、勝手に大事なもの捨てちゃったり、子供宛ての郵便物を勝手に開封したり。あああ、全部俺のオフクロにも当てはまるわ。地味に共感

でも、母のぶら下がり健康器と兄のスロットマシン、妹のアニメの立て看板。狭い部屋に各自が捨てられないお宝を置いている光景は、どこか血の繋がりを感じさせて微笑ましい。

声優学校に入りたくてアニメイトでバイトして入学金を貯める麦子。ネイルなんちゃらからトリマーと、憧れの職業がコロコロ変わるのを憲男に呆れられるが、彼女のハマっている『今ドキッ! 同級生』なる劇中アニメが秀逸なのに驚く。

©『麦子さんと』製作委員会

ぶっちゃけ、中身がなくても映画としては成り立つのに、わざわざカネをかけて、𠮷田恵輔監督は1クール作れるくらい設定を膨らまし、『攻殻機動隊』Production I.Gがアニメを制作している。

本編では数カットしか登場しないのが残念なほどだ。この『今ドキッ! 同級生』のキャラの台詞を、麦子がバイト仲間(田代さやか)と声優になりきって交わすのだ。

(C)「麦子さんと」製作委員会

母親だなんて思ってないから

ところで、余貴美子が演じるこの母親らしき女が、冒頭に骨箱に入っていた彩子なのか。とても若い頃麦子に瓜二つだったとは思えないが。

声優学校の入学金が兄から借りられずイラつく麦子が、疲れて寝てばかりの母親とのやり取りでつい突きとばし、うるさい目覚ましを投げて壊し、「母親だなんて、思ってないから!」と啖呵を切る。

そして、何と、次のシーンでは霊安室に横たわっている。この唐突感。「末期の肝臓癌だって。ババア、ざまあねえよ」と憲男が言う。あまりに呆気ない死、だからこそ喪失感が強まる。このあたりもうまい。

強がっていても、一人になると霊前で号泣する憲男。だが、麦子には、そこまでの思い出もない。兄に頼まれ、麦子はひとりで田舎に納骨に行く。これで冒頭に繋がる。そうか、やはり余貴美子は彩子だったか。

(C)「麦子さんと」製作委員会

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

あまちゃんじゃなくて梅ちゃん

本作のメインパートは、麦子が遺骨を持って母の故郷に戻り、そこで街中の男たちのマドンナ的な存在となり、また女性たちにも憧れの的であった、自分と瓜二つの顔をした母・彩子の生前の人生に向き合うところだ。

彩子はその昔、この町で松田聖子に憧れて、祭りのステージでは<赤いスイトピー>で全員を魅了し、そしてアイドル歌手を目指して上京を決意する。

本作の公開した2013年は、上期に宮藤官九郎の書いた朝ドラ『あまちゃん』が注目を集めていた時代でもある。堀北真希『梅ちゃん先生』の二期あとになるか。

図らずも、映画を観た人の多くは、『あまちゃん』が頭をよぎったのではないか。

  • 田舎から松田聖子に憧れ、アイドル目指し上京する母
  • 町では評判の別嬪さんで、みんなが母に夢中だった
  • 回想シーンの堀北真希有村架純(あまちゃん)はどこか雰囲気が近い
  • 周囲には、いつも松田龍平(同作ではマネジャー)とタクシー運転手(同作では尾美としのり

ただ、だからといって本作に二番煎じ感がある訳ではない。

人気朝ドラを向こうに張っても本作に存在感があり、かつ映画的な魅力を感じるのは、ひとえに、死んだ母と埋められなかった溝を、町の人々の力を借りながら、徐々に埋めていく主題が丁寧に作られていることだろう。

一番ガキだった自分に気づく

旅館を営む夫婦(ガダルカナル・タカと、今回はギャグ封印のふせえり)と出来損ないの息子(岡山天音)。彩子と親しかった、霊園の受付ミチル(麻生祐未)

町中のみんなが、麦子の風貌が母親と生き写しなことに驚き、そして麦子は、みんなが今もなお母親に好意を抱いていることを知る。

母を傷つけた言葉が、死に際の最後の会話になってしまった。その後悔と苦痛を抱えながら、生きていく麦子。

自分のやったように母親を突き倒し、悪態をつく旅館の息子を赦せず、また、彩子と同じように別れた子供たちに会いに行こうとしないミチルにも腹が立つ。

みんなにきつく当たる麦子は、ここまでコミックリリーフだった井本(ボウリング好きには笑)に本心を言い当てられる。温水洋一は、本作で結構おいしいところを持っていく。

そう、麦子が一番、ガキだった。彼女は母親に会いたかったくせに、最後まで心を開けずにいたのだ。みんなのおかげで、ようやく自分に素直になることができた。

(C)「麦子さんと」製作委員会

エンドロール後のおまけ

麦子が投げて壊した、彩子のうるさかった目覚まし時計は、彼女が上京する際に、お前は寝起きが悪いからと、両親が持たせてくれたものだった。麦子はそのことを、井本の思い出話から知る。

それを受けて、本当にさりげないワンカットが、エンドロール後に登場する。

近年は、マーベル映画の影響で最後に何か付け足さないといけないような風潮が顕著で、ときに映画の余韻に水を差す蛇足カットさえあるが、本作はお手本のようなセンスの良さを感じた。