『エール!』
La famille Belier
全員聴覚障がい者の家族でただ一人耳が聴こえる娘が、歌の世界に羽ばたこうとする。予想を上回る痛快コメディなのに、最後は泣かせるとは。
公開:2014 年 時間:105分
製作国:フランス
スタッフ 監督: エリック・ラルティゴ 原作: ビクトリア・ベドス キャスト ポーラ・ベリエ: ルアンヌ・エメラ ジジ・ベリエ(母): カリン・ビアール ロドルフ・ベリエ(父): フランソワ・ダミアン カンタン・ベリエ(弟): ルカ・ジェルベール トマソン(教師): エリック・エルモスニーノ マチルダ(親友): ロクサーヌ・デュラン ガルリエル(彼氏): イリアン・ベルガラ
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
フランスの田舎町に暮らすベリエ家は、高校生の長女ポーラ以外の全員が聴覚障害者だったが、「家族はひとつ」 を合い言葉に明るく幸せな毎日を送っていた。
ある日、ポーラは音楽教師からパリの音楽学校への進学を勧められる。しかしポーラの歌声を聴くことのできない家族は、彼女の才能を信じることができない。
家族から猛反対を受けたポーラは、進学を諦めようとするが…。
今更レビュー(少しネタバレあり)
障がい者が陽気で活発で何が悪い!
主人公の高校生ポーラ(ルアンヌ・エメラ)以外の両親と弟がみな聴覚障害の家族の物語。そう聞いた時にイメージするものとは、おそらく全然違うあっけらかんとした陽気な作品。
公開当時に本作を観た時には、その先入観とのギャップに驚き、大笑いしながらも、最後はキチンと泣かせるという、秀作のお手本のような作品なのである。
◇
本国フランスでは大ヒットし、日本でもフランス映画祭2015でオープニングを飾った作品ではあるが、知名度のせいもあり、残念ながら、さほど動員にはつながらなかったのではないか。
朝ドラのような、いまひとつ印象に残らない邦題も、マイナス要因だった気がする。
◇
だが、作品はとても良い。自分以外の家族、両親と弟がみな聾唖者の酪農家の娘が合唱のクラスで歌唱のうまさを先生に見いだされ、パリの特待生クラスを受験する話。
そう書くと生真面目なヒューマンドラマに思えるが、全編コメディタッチであり、またお下劣でもある。
◇
障がい者を描いた作品というと、どうも苦難の連続だったり、大きく落ち込んだりというのがデフォルトで、また当事者もチャランポランな人物として描かれることは少ない。
例えば、最近では米国映画『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』の主人公も聴覚を失って絶望するし、大林宣彦監督『風の歌が聴きたい』は真面目に生きる夫婦の話だし。
そういう前提で観ているから、ギャップが大きい。本作に出てくる酪農家、特にポーラの両親のなんと陽気で毒舌なことよ。豊かな表情変化と大きな動きの手話で、リビングの会話も大騒ぎ。
耳が聴こえないのは個性だ!
父親ロドルフ(フランソワ・ダミアン)が娘に言う「耳が聞こえないのは個性だ!」は、『サウンド・オブ・メタル』でもデフ・コミュニティの人々が語っていた台詞。
この父親が、村の開発推進派の現職村長に対抗し村長選に出馬する。「オバマも黒人だが勝ったぞ」
耳が聞こえないことなど全く意に介さず、選挙活動を進めていくのが痛快だ。ポスターには「あなたの声を聴く」。
◇
そして夫を応援する仲睦まじい妻ジジ(カリン・ビアール)の妖艶ぶりがまたすごい。
夜もセクシーなネグリジェ姿。性交渉を3週間医者に止められただけで、夫婦揃って医者に食って掛かる熱々熟年カップルなのは、フランスでは当然なのか。
高校生の娘にやっと初潮がきたと大騒ぎし、娘がボーイフレンドを初めて家に招くと、「私の娘なのにあまりに晩熟で、レズビアンかと思ってたわよ」と。(話は逸れるが、娘は初潮で彼氏は変声期というのは、高校生ではなく中学生設定が正しいのでは?)
この両親に加えて弟カンタン(ルカ・ジェルベール)が手話で交わす家族の会話を全て、ポーラは音声に通訳してくれる。
家の中ではポーラしか耳が聞こえないのだから、言葉を発する意味はよく分からないが、おかげで我々は会話の中身を理解できるのだ。
そして、家から外に出れば、家族と健常者とのやりとりは、全てポーラの通訳に頼ることになる。これも、どちらかといえば笑いのネタになっている。
家族がチーズを売るバザーの店にライバルの市長が訪れ、両親が言いたい放題に罵声を(手話で)浴びせるのを、ポーラがマイルドな表現にわざと誤訳し、市長に伝えるのだ。これをみんな真顔で演じているのが、とてもおかしい。
なお、このポーラによる通訳は、終盤にある先生と両親との会話でも、こことは真逆な使い方でさりげなく登場し、叙情的な効果を上げる。
パリの中心で<愛の叫び>を
市長選挙の話と並行して、というかこちらが本題だが、ポーラは学校のコーラスの授業で、厳しく偏屈なトマソン先生(エリック・エルモスニーノ)に歌唱力の高さを見出される。
憧れていたイケメンの級友ガルリエル(イリアン・ベルガラ)とともに、パリの留学コースのテストを受けるように言われる。そこから、二人のデュオのレッスンが始まる。
歌はフランスを代表するシャンソン歌手、ミシェル・サルドゥ「Je vais t’aimer(愛の叫び)」。
高校生の男女にスローダンスを踊らせて、「娼婦のように俺を勃たせろ」と指導するこの音楽教師は、フランス的なのか変態チックなのかよく分からなかったが、中盤から頼れる先生になってきて一安心。
◇
ポーラを演じる主演のルアンヌ・エメラは本来音楽オーディション番組で勝ち抜いた歌手であり、本作が役者デビューなので、本業の歌に関してはさすがに聴かせる。
学校生活ではコーラスの練習に精を出し、家では家族みんな耳が聴こえないという、不思議な構成のまま物語は進行していく。
耳が悪い子だと思って育てよう
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ここで、本作で初めてと言っていいシリアスな問題が生じる。歌のテストに合格したら、ポーラは家族を置いてパリで生活することになる。
自分以外誰も耳の聞こえない家族を残して、この村を飛び出すべきか。家族の生活か、自分の夢か。
◇
ポーラ:「みんなに打ち明けることがあるの」
ジジ: 「妊娠?」
ポーラ:「違うわ!パリで歌のレッスンが…」
ジジ: 「みんな耳が聴こえないのに歌なんて!次は牛乳アレルギーにでもなるつもり?」
母は激昂する。
テンポの速いやりとりだが、相手が手話だと、ボケもツッコミも娘が一人で語らなければならない難しさ。結局、歌の話は大反対に遭う。あんなにオープンで仲の良かった家族に暗雲がたちこめる。
ここから先の展開は、けして大きなサプライズがあるわけではないが、みんなが善人キャラになってきて、安心して観ていられる。
娘と喧嘩して子育てに失敗したと自分を責める母。
「あなたが生まれた時、耳が聴こえると知って泣いたわ、育てられる自信がないから。でもパパは、慰めてくれた。この子は聾唖者の心を持っている。耳が悪いと思って育てよう。本当は聾唖者かもしれない」
これはユニークだ。両親は、安心して育てられるから、ポーラの耳が悪かったら良かったのに、とまで思っていた。強がりではなく、本当にポジティブ思考なのだ。
無音でも振動で感動は伝わる
そして学校のステージで、ポーラとガルリエルがデュオの歌を初めて聴衆に披露するシーン。当然ながら、家族には歌は聴こえない。そのもどかしさが伝わるように、映画でも歌の途中から音声が遮断される。
だが、二人の歌を聞く客席の保護者たちの盛り上がりとスタンディングオベーションで、ステージの成功が伝わる。この見せ方はうまい。
最後に、家族の理解が得られて、あきらめていたパリの歌唱テストを受けることを決めたポーラ。一同ルノー・カングーに乗って遠路はるばる花の都へ。
試験時間は目前。懐かしい米国映画『リトル・ミス・サンシャイン』を思い出す。ギリギリ間に合って、試験官の前でどうにか歌えることになったポーラ。
だが、楽譜がなく、会場のピアニストが伴奏できない。万事休す。そこに、クルマでガルリエルと追いかけてきた音楽教師のトマソン先生が。心憎い登場だ。
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— 映画『エール!』10.31公開 (@air_cinema) September 24, 2015
ポーラの熱唱する歌詞が、家族に響く
以上、学校でのコーラスシーンあたりからは完全に予定調和モードで全員善人体制にシフトしている。だが、歌は心に響くし、熱唱しながら手話を始めるポーラもいい。
歌はミシェル・サルドゥの「青春の翼(Je Vole)」。どこか懐かしいメロディ。
「僕は行くよ 旅立つんだ今夜 逃げるんじゃない 飛び立つんだ」
そうか、邦題は「エール(yell)を送る」つまり家族が応援する意味だと思っていたけど(実際そうだが)、フランス語なら曲名にちなんで翼(aile)だったか?
などと考えを巡らせたが、公式アカウントは(air)となっていた。フランス語だと<歌>かな。まあ、日本で勝手に付けた邦題だろうけど。
◇
泣かせるコメディ、私はこういうのは好きだ。最後に写真で登場する、父の選挙勝利も先生の結婚も、姉弟そろって恋愛成就のリア充ライフも、蛇足のようだが、まあいっか。
ただ、パリにクルマで駆けつけた時の母の顔や胸に出ていた発疹は、あれだけ目立っていたのだから、演出だよね? どういう小ネタだったのか、さっぱり分からなかった。そこだけが気になる。