『私というパズル』
Pieces of a Woman
前半20分を超える自宅出産の長回しワンカットがずっしり重たい。ヴァネッサ・カービーの熱演が光る。
公開:2021 年 時間:126分
製作国:カナダ
スタッフ 監督: コルネル・ムンドルッツォ キャスト マーサ・ワイス: ヴァネッサ・カービー ショーン・カーソン:シャイア・ラブーフ エリザベス: エレン・バースティン イヴ・ウッドワード: モリー・パーカー スザンヌ: サラ・スヌーク アニータ: イライザ・シュレシンガー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
マーサ(ヴァネッサ・カービー)は出産を間近に控えており、自宅で出産する準備を整えていた。
夫のショーン(シャイア・ラブーフ)は不器用ながらも懸命にサポートしていたが、その甲斐もなく死産になってしまった。
悲しみのどん底に突き落とされた二人だったが、その悲しみを思うように分かち合うことができず、夫婦の間に徐々に溝が生じ始めた。
そんなマーサに追い打ちをかけたのが母親のエリザベス(エレン・バースティン)だった。エリザベスは「助産師イヴ(モリー・パーカー)を告訴して然るべき責任を取らせるべきだ」と強硬に主張する。
失意の中、パートナーや家族にも心を閉ざすマーサは、やり場のない感情に飲み込まれていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
ひたすら重たい序盤戦
死産を経験した夫婦の深い悲しみと絶望。そしてそれに続く家族の諍い。
ヴァネッサ・カービー演じる妊婦のマーサ、そしてシャイア・ラブーフ演じる夫ショーン。産気づくマーサ、信頼していた助産師は他の出産と重なり、代員でイヴが来る。
夫婦が希望した自宅出産だったが、はたして無事に産まれるのか。マーサのお腹の膨らみから、イヴの手際のよい対応まで、実にリアルに描かれる。
◇
20分を超えるワンカット映像に緊迫感が増す。心拍が弱い。救急車を呼ぶ事態になる。緊張の頂点で、だが産声が聞こえる。みんなの笑顔。ほっとする瞬間だ。
だが、待て。生まれたての乳児の呼吸がおかしい。全身は紫色になってしまっている。産声で油断した隙に、我々は深い悲しみの底に突き落とされてしまう。スリラーの常套手段だ。
ここでようやくタイトル。なんと重たい物語なのだ。これは、出産を控えた妊婦の方、まして自宅出産予定の方など、誰にでも不用意に薦められる映画ではない。この重さは、後半で挽回できる性質のものではないし。
ヴァネッサ・カービーの気迫
監督はハンガリー出身のコルネル・ムンドルッツォ。『ジュピターズ・ムーン』や『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』など、芸術志向な絵作りで知られる俊英らしい。
私はこのNETFLIX作品で初めて作品を観たが、確かに映像へのこだわりを感じる。
◇
マーサ役のヴァネッサ・カービーの気迫あふれる演技が光る。ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門では最優秀女優賞を受賞している。
彼女は『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』ではホワイト・ウィドウという重要な役を演じており、次回作もあるようだ。
本作では勿論、産後の設定なのであの躍動感はない。NETFLIXのドラマでは『ザ・クラウン』のエリザベス女王の妹役でも注目されている。
◇
さて、死産のあと、抜け殻のようになったマーサは、娘の亡骸を献体し社会の役に立てることくらいしか、思いが至らない。
だが、彼女を心配する母のエリザベス(エレン・バースティン)は、助産師を告訴し、孫を失った責任を追及することに執拗にこだわる。
そこには、謝罪の要求や賠償金への関心はあっても、誰も心から、マーサの深い悲しみに向き合い、ともに分かち合おうとしてはくれない。
マーサは、誰からも心を閉ざし、なぜかリンゴの種を育てることに、惹かれるようになる。
◇
母エリザベスもまた、娘に負けず気丈である。エレン・バースティンはノーラン監督『インターステラー』での感動的な老け役が印象深い。
古くは『エクソシスト』や『アリスの恋』か。あ、ここで本作のプロデューサーに名を連ねるマーティン・スコセッシとつながった。
レビュー(ここからネタバレ)
ここから、ネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
河川にかかる建設工事中の橋梁
本作で象徴的に使われているメタファーは、建設工事が進んでいく大きな河川にかかる橋、そしてリンゴの種だ。
◇
マーサの夫・ショーン、演じるは『トランスフォーマー』シリーズの主人公で知られるシャイア・ラブーフ。
彼は夫婦の暮らす町の河川にかかる橋の建設の仕事をしており、冒頭では、娘を一番に渡らせると息巻いている。
その娘を亡くし、妻と痛みの共有もできず、やがて彼は妻の従妹にあたる弁護士のスザンヌ(サラ・スヌーク)と関係を持ち、そして義母に手切れ金をもらいシアトルに帰る。
彼は決してマーサや娘を愛していない訳ではないが、夫婦仲の関係は修復できなかった。何もなかったように、毎月順調に橋が延びてゆく様子を、カメラはとらえている。
◇
スザンヌとの情事のあとで、壁にかかった橋の絵をみて、これは共振で崩落したことで有名な橋だとショーンがいう。
妻と自分も、互いに傷を癒し合うことができず、娘の死産という同じ周波数に共振してしまう。それが夫婦の崩落につながってしまったのだろう。
証言台に立つマーサ
母の勢いに負け、マーサは裁判の証言台に立つ。被告席には助産師イヴ(モリー・パーカー)。
だが、被告側からの質問で、マーサは、健康面の危険性から病院での出産を事前に薦められていたが、それを拒絶し自宅出産にこだわっていた事実が判明してくる。
相手は、夫からその証言を得ていた。これが、前半でショーンがほのめかした、「バレると怖いこと」の正体だ。
◇
結局マーサは、途中休憩時に、現像にだしていた夫のネガフィルムから、ほんの一瞬この世に生を授かった娘を抱く姿の写真をみつけ、涙する。
そして意を決し、
「あなたは悪くない。娘を取り上げようとしてくれた。ありがとう」
そう、イヴに言うのだ。勿論イヴは安堵する。そして裁判は終わる。
『マリッジ・ストーリー』のような強欲な弁護士の争いにならなくて良かった、かもしれない。
だが、この展開はどうだろう。むしろ被告側は午前中に反証材料を得ていた。名誉棄損で控訴したいくらいではないか。イヴに落ち度はなかったように思える。彼女もまた被害者だ。
このあと、母子の仲もよくなり、重たい話はようやく最後に少し軽やかさを取り戻すのだが、裁判の行方だけはどうにも釈然としない。
リンゴの種の意味
マーサは、出て行った夫のニット帽をかぶり、娘の遺灰を河川に散骨する。
目の前には、夫も建設に携わった大きな橋がかかっている。娘を渡らせることはできなかったが。
◇
そしてリンゴの種。禁断の果実の意味もあるのか分からないが、マーサは裁判で、娘を抱いた時にリンゴの匂いがしたと言っている。
彼女は無意識に、娘がこの世にいた証を残したいと思ったのかもしれない。
◇
ラストシーンには、巨大なリンゴの樹々と、可愛い女の子が登場する。
天国にいる娘かと思ったが、どうやらそうではないことが分かる。マーサは、やっと生きる喜びと力をみつけられたのだ。