『ブルータル・ジャスティス』
Dragged Across Concrete
カルト的人気というクレイグ・ザラー監督による、常識の通用しない展開のバイオレンス・アクション。刑事二人の熱量の低いすれ違った会話が聞いていて楽しい。だが、油断していると残虐なシーンに突入し驚く。
公開:2020 年 時間:159分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: S・クレイグ・ザラー キャスト ブレット・リッジマン: メル・ギブソン トニー・ルセッティ:ヴィンス・ヴォーン ヘンリー・ジョンズ: トリー・キトルズ ビスケット:マイケル・ジェイ・ホワイト ケリー: ジェニファー・カーペンター フリードリヒ: ウド・キア ボーゲルマン: トーマス・クレッチマン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ベテラン刑事のブレット(メル・ギブソン)と相棒のトニー(ヴィンス・ヴォーン)は、強引な逮捕が原因で6週間の無給の停職処分を受けてしまう。
どうしても大金を必要としていたブレットは、犯罪者たちを監視し、彼らが取引した金を強奪するという計画を練る。
ブレットはトニーを誘って計画を実行に移し、ある男の監視を開始する。そしてある朝、動き始めた男とその仲間を尾行するが、事態は思わぬ方向に。
レビュー(まずはネタバレなし)
S・クレイグ・ザラー監督のカルト性
S・クレイグ・ザラー監督によるバイオレンスアクションなのだが、この監督は、カルト的人気で知られるという。
代表作である「トマホーク ガンマンvs食人族」も「デンジャラス・プリズン 牢獄の処刑人」も、不勉強にして、まだ観ていない。
これはしくじった。いきなり、この作品に手を出してよかったのだろうか。
◇
という訳で、S・クレイグ・ザラー監督の傾向も対策も分からない中、本作についてのみ単純に語っていきたい。
ひとことで言えば、人を選ぶ作品だ。ありがちなストーリー展開ではないし、暴力的で、かつ不道徳。
でも、こういう映画が好きなファン層は、確実にいる。だからこそ、カルト的なのかもしれない。
ゴールデンラズベリー賞(いわゆるラジー賞)で、<人命と公共財を軽視する無謀さに対する最低賞>にノミネートされたのも、箔が付いたように思える。
◇
暴力的で不道徳な映画など、山ほどあるし、その点ではタランティーノ監督の作品とも通じる部分がある気もする。
だが、本作は映画の基本的なプロットのお作法からは、相当かけ離れた出来栄えになっている。そこは、安心してバイオレンスに浸れるタランティーノ作品と違う。
この、既成概念に囚われた形式美を打破しているあたりを、面白く感じるかどうかが、好き嫌いの分かれ目ではないか。
こんな熱量の低いバディムービーはない
本作は、表面的にはベテラン刑事のブレットと相棒のトニーの、バディムービーである(厳密には、後半になると群像劇のようになるが)。
この二人が犯人を挙げて人種差別で叩かれたり、クルマでずっと張り込みを続けたりする中で、交わす会話が絶妙に面白い。
◇
内容も話し方も、極めてシニカルで脱力系。カウリスマキかジャームッシュを思わせる、オフビートな笑い。
けれど、コンビには老夫婦のような信頼の絆があり、また事件となれば気合いも入る。
◇
主役のブレットは、何でもパーセンテージで語るクセがある、出世と無縁な刑事。演じるはメル・ギブソン。ただ、今回はアクション控えめだ。
レイシストで停職になる役なんて、過去の差別発言騒動もあり似合いすぎる。
相棒トニーの口ぐせは、ため息とともに「アンチョビ」。これは、由来が分からなかったけれど、F●ck!的な使い方か。言葉の響きとしては、むしろ「セラヴィ」か。
ヴィンス・ヴォーンが、いい味をだす。『ファイティング・ファミリー』のプロレスのコーチ役のマッチョ感はゼロ。
このヴィンス・ヴォーンをはじめ、ジェニファー・カーペンター、ウド・キア、ドン・ジョンソンらの出演者がザラー監督の『デンジャラス・プリズン -牢獄の処刑人-』でも共演している。
レビュー(ここからネタバレ)
どのあたりが、常識を裏切っているのか
ここから、ネタバレに入りますので、未見の方はご留意願います。
さて、では、本作のどの辺が風変りなのか。きっとザラー監督は、誰もが想像しそうな、ありがちなプロットが嫌いなのだろう。
強引な逮捕行為で停職をくらい、生活苦になる刑事二人が、悪党から麻薬取引のカネでも奪ってやろうと情報を仕入れ、張り込む。
すると、狙っていた連中が大胆な銀行強盗をしでかし、市民6人が犠牲に。
二人が刑事の本能で強盗を追跡するとなれば、最後にはめでたく犯人を逮捕し、一件落着という展開に、大きなブレはないと予想がつく。だが、実際はまるで異なる。
悪徳警官ものではなく、まじめに働く刑事の映画だったのに、ブレットは生活苦からカネを横取りしようとし、トニーも付き合う羽目になる。
カネが必要な家庭事情や、元の相棒が世渡り上手で出世して今の上司という影響もあるだろう。だが、バディものには珍しく、最後まで良心のある警官には戻らないのだ。
非常識な展開は、まだまだ尽きない
いや、もっと珍しいことに、この二人はどちらも、途中でぶざまに死んでしまうのだ。
ラストで死ぬ姿がストップモーションになるならまだしも、途中で一人ずつ倒れていくのだから、もはやバディムービーではない。
『太陽にほえろ!』の昔から、刑事が婚約指輪を買ったら、それは死亡フラッグだ。刑事は死に様がぶざまなほど絵になるものだが、今回は、どちらも衝撃的だった。
◇
銀行強盗団が人質への指示事項をすべて録音済のテープ再生ですますところが、不気味&ナンセンスで笑える。
犯人グループが襲った銀行のロビーにいた、出産休暇明けで復職したばかりの女性(ジェニファー・カーペンター)。
そこに至るまでに、散々、赤ちゃんと別れを惜しむ出勤シーンを挿入しておいて、あっけなく現場で撃たれてしまう無残さ。
◇
長い導入部分があるのだから、撃たれないだろうという観客の思い込みをわざと裏切っているのか。
ねらいはよくわかるが、そんなことが重なって、映画自体は160分と無駄に長いのも否めない。
強盗団の主犯である残虐な男ボーゲルマン。最後までなかなか恐ろしいキャラクターなのだが、終始スキーマスクをかぶっている。
『タクシー運転手 約束は海を越えて』の善人ジャーナリスト以外は、強面のドイツ軍将校が得意のトーマス・クレッチマンのカッコいい顔立ちが、あまり認識できない。
そして、冒頭のシーンでは、出所して家に戻ったら母親が娼婦になっていたヘンリー(トリー・キトルズ)が、この強盗団の運転手として加わる。
この不条理さが、アンチョビなのか
気が付けば、最後にひとり生き残って漁夫の利である金塊を手に入れる。いやもう、何の寓話性もなく、正義が勝つ訳でもない映画なのである。
ジャスティスはブルータルどころか存在せず、やっぱ原題のようにコンクリで引きずられるのが正しいタイトルな気がしてきた。
◇
結局ただのギャングのヘンリーが、金塊をくすねてひとり幸せになりましたという、奇想天外な結末をどう受け止めるか。
唯一の救いは、ヘンリーが、わずかとはいえ、ブレットとの約束通り金塊を彼の家族に送ったことだ。
でも、ブレットの奥さんが、夫が悪事を働いたと知りながら、ありがたくこの金塊を受け取っちゃうのが、ちょっと複雑な気持ち。