『メメント』
Memento
短期記憶を持続できない男が亡き妻の復讐に挑む。全編時間を遡る構成は今なお斬新。ノーランの出世作。難解な映画を解き明かす先に、本当のだましが待っている。何度観ても発見があり面白いスルメのような作品。
公開:2000 年 時間:113分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: クリストファー・ノーラン キャスト レナード: ガイ・ピアース テディ: ジョー・パントリアーノ ナタリー: キャリー=アン・モス
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
自宅に押し入った何者かに妻を強姦され殺害されたレナード(ガイ・ピアース)は現場にいた犯人を射殺するが、もう一人いた仲間に突き飛ばされ、その外傷で記憶が10分間しか保たない前向性健忘になってしまう。
復讐のために犯人探しを始めたレナードは自身のハンディを克服し、目的を果たそうとする。出会った人物や訪れた場所はポラロイドカメラで撮影し、写真にはメモを書き添え、重要なことは自身に刺青として彫り込む。
はたして、復讐は遂げられるのか。
レビュー(ネタバレあり)
カラーとモノクロの二層構造
言わずと知れた、クリストファー・ノーラン監督の出世作であり、その観たことのない突飛なアイデアで構成された映画には、当時誰もが度肝を抜かれたはずだ。
『TENET』公開に先立ち、勝手にノーラン夏祭りを始めたが、やはり時系列を扱う作品としては本作をはずせない。
◇
自宅で就寝中に、押し入り強盗に妻を強姦・殺害されたレナードが、犯人を捜し復讐を果たすという基本プロットは至ってシンプルだが、事件の際に強く頭を殴打し前向性健忘になってしまったレナードは、10分間の短期記憶しか保有できないという、大きなハンディを背負う。
映画はそのもどかしさを観客にも体感できるように、10分ほどのエピソードが時系列を遡っていくように構成されている。冒頭のレナードがテディ(ジョー・パントリアーノ)を射殺するシーンから始まり、少しずつ過去に戻っていく訳だ。
◇
それだけならば、観ている方も徐々に体が馴染んでくると思うが、厄介なことに、それぞれの挿話の合間にモノクロの短いカットが挿入される、こちらは時系列通りに。
挿入されるのは、レナードが何者かとホテルの部屋で電話している会話や、保険調査員である彼の顧客でサミー(スティーヴン・トボロウスキー)という記憶障害の会計士の話だ。
秀逸なアイデアは今も新鮮さを失わない
この構造が理解を困難にさせることに加え、記憶を持続できないレナードが頼る、自分で書き留めたメモなどで小出しに出てくる情報が更に混乱を誘う。まさに事務作業の基本動作「記憶に頼らず、記録に頼ろう」である。
邦画『博士の愛した数式』では短期記憶障害の博士がポケット中メモだらけにしていたが、本作のレナードはポラロイド撮りまくり、刺青も彫りまくりの念の入れようだ。
◇
短期記憶障害を扱った映画は、本作のヒットもあり、その後よく見かけるようになったように思う。
ジャンルとしても多岐に渡るのだが、やはり本作がもっとも手が込んでおり、また映画としての斬新さや完成度で他者の追随を許さないと言えるのではないか。
公開後20年経っても、その異端ぶりは衰えていないところが驚嘆する。
レビュー(ネタバレあり)
ポラロイドが肝。スマホだと映画にならない
本作は初見では、なかなか理解が追い付かないのだが、それでも当時、一応作品の面白味は実感できたと記憶している。だが、二度三度観るたびに、新しい発見があるところが嬉しい。
◇
チラチラと小刻みに挟まっている、時系列通りに進むモノクロのシーン。
その最後の部分と、逆行するカラーの本編部分の最初のパート、即ち映画の構成では終盤のシーンが、重なるようにつながっている。
つまり、最後のシーンはモノクロで始まり、途中でカラーに変わるようになっているのだ。
◇
テディが実はジョン・ギャメル刑事であることが明かされ、そしてレナードは廃工場に単身で向かい、そこで麻薬売人のジミー(ラリー・ホールデン)を絞殺する。
この死体を撮ったポラロイド写真が数秒で現像を浮かび上がらせ、それと同時に画面もカラーになっていく。ここがいわば折り返し地点のような位置づけといえる。
この発想にはセンスを感じる。白黒の印画紙から死体が浮かび上がってくるシーンは、周囲も暗い床なので、カラーになったことに気づかないほどの自然さなのだ。
以下、更にネタバレになります。
◇
観客を見事にだましながらも、そのヒントは冒頭に提示されており、後出しの答えではないよ、というのがノーラン監督の常套手段。だが、今回は冒頭にヒントらしいものはない。
テディを初めに殺してしまうことで、妻殺しの犯人だと我々を誤誘導するが、彼は真犯人ではない。
ギャメル刑事の発言が正しいのであれば、大きく騙される点は、以下の2点だろうか。
①サミーを忘れるな
保険調査員だったレナードはかつて、記憶障害を主張する会計士のサミーを疑った。
真実を知りたいサミーの妻(ハリエット・サンソム・ハリス)は夫に依頼し、糖尿病である自分に繰り返しインシュリンを注射させる。結果、夫の記憶障害が確認されるが、妻は死んでしまう。
だが、実際にはサミーは詐欺師で、妻もいなかった。糖尿病だったのはレナードの妻なのだ。記憶障害のため、過剰投与で妻を殺してしまったレナードが、つらい現実逃避のためか、記憶を上書きしたのだった。
②ジョン・Gが殺した
レナードの妻(ジョージャ・フォックス)は強盗犯に殺されたのではないのか。犯行は事実存在したが、彼女はこの時点では生きていた(まばたきしている)。この時から、レナードはジョン・Gという犯人を追い求める。
ギャメル刑事の協力で1年前に真犯人のコソ泥を捕まえ、レナードは殺害する。だが、復讐の達成感がない。忘れてしまうからだ。
そこから、彼は次々と新たなジョン・Gという獲物を求めるようになる。復讐という、終わりなき夢の追求が始まったのだ。
手段が目的化している
これには驚いた。記憶をなくす奴がいたら、誰もみな骨までしゃぶる世の中、複数の部屋を借りさせるモーテルの経営者など可愛いものだ。
ギャメル刑事はジョン・Gを始末してくれるレナードをうまく使い、彼に電話で入れ知恵し、売人のジミーから麻薬取引の代金を横取りしようと企んだ。
一方、ジミーの恋人ナタリー(キャリー=アン・モス)は、ジミーが戻ってこないことを不審に思い、取引相手のダニー(=ギャメル刑事)やドッド(カラム・キース・レニー)を始末するために、レナードをうまく使おうと企む。
こんなに出演者が少ない作品で、『マトリックス』のキャリー=アン・モスとジョー・パントリアーノが共演していたなんて、ちょっと面白い。
◇
ダニーとナタリー、どちらが信用できるかをレナードは考えた末に、ポラロイド写真ではナタリーを選ぶわけだが、どちらも全幅の信頼ができる相手ではなさそうだ。
むしろ、最後に明かされるように、自分自身さえも欺こうと言う腹だ。真実をギャメルから聞いたあとも、レナードは復讐の追求をやめない。それ自体が目的化してしまっているのだ。
だから、ギャメルの話を忘れ、俺が物語を作るといい、未来の自分に向けて偽装したメモを書き、ギャメルを追うように新しい刺青を追加する。
◇
復讐の映画と見せておいて、答えはそこにはない。犯人探しに意味はなかったのだ。
このはぐらかしは、現実か夢かが問題なのではないという、『インセプション』のラストのコマの行方の手法と似ている。
果てしない復讐劇は続く
ラストで運転中に目を閉じ記憶を蘇らせるレナードには、死んだはずの妻と寄り添う自分がいて、<I’ve done it>の刺青がある。これは夢なのだろう。
胸に彫る刺青なら自分で鏡で読めるように裏返しに彫るはずだが、この刺青は彼女が読めるように彫っている。いつかまた妻と寄り添う日を目指して彼は、果てしない復讐劇を繰り返すのだ。
◇
自分の記憶障害のせいで妻を死なせてしまった男は、その罪悪感から矛先をレイプ犯の一人に向けた。そして目的は果たし犯人を殺害したものの、次の獲物を求めるようになる。
真相を知り邪魔になったダニーを自らの手で仕留めるように、ポラロイドや刺青で細工をしたということだ。記憶を無くしても、追尾型のミサイルは、ボタンさえ押せば発射され、着実に命中する。
◇
本作同様に、『インターステラー』でも『インセプション』でも、過去にタイムスリップすることはないにも関わらず、こんなにも時空を彷徨っている気にさせるのは、ノーラン監督のなせる業か。
そういえば、数年前に『メメント』のリメイクの話も出ていたけど、まだ存続しているのかな。これだけの作品がある以上、そっとしておいてほしいと私は思ってしまうけれど。