『ペパーミント・キャンディー』 考察とネタバレ:題名ほど甘い内容ではない。むしろ、小梅ちゃんか

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『ペパーミント・キャンディー』

どれだけ人生を遡れば、甘い思い出に再会できるだろう。イ・チャンドン監督の傑作がリマスターで復活。絶望の淵に立った男が死に際に、戻りたいと叫んだ日々。薄荷飴とともに砕け散り、光州事件が狂わせた男の人生。

公開:2000 年  時間:129分  
製作国:韓国

スタッフ 
監督:      イ・チャンドン

キャスト
キム・ヨンホ:  ソル・ギョング
ユン・スニム:  ムン・ソリ
ヤン・ホンジャ: キム・ヨジン

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

あらすじ

1999年、春。キム・ヨンホ(ソル・ギョング)は、旧友たちとの河川敷のピクニックに場違いなスーツ姿で現れる。線路の上に立ったヨンホは向かってくる電車に向かって「帰りたい!」と叫ぶと、彼の人生が巻き戻されていく。

自ら崩壊させた妻ホンジャとの生活、惹かれ合いながらも結ばれなかったスニム(ムン・ソリ)への愛、兵士として遭遇した光州事件。そしてヨンホの記憶の旅は、人生が最も美しく純粋だった20年前にたどり着く。

レビュー(まずはネタバレなし)

4Kレストア・デジタルリマスターに感謝

『オアシス』と並ぶイ・チャンドン監督の代表作であり、同作とともに、2019年3月の『バーニング 劇場版』公開にあわせて4Kレストア・デジタルリマスター版が公開された。

久しぶりに観直すと、リマスターの恩恵ということではないだろうが、胸に迫るものがあった。

正直、ずっと前に観た時には、理解不足だったのか、あまり共感もできず、また、光州事件についても当時はよく知らず、ぼんやりと鑑賞してしまったのだろう。

光州事件については、その後、ソン・ガンホ主演の『タクシー運転手 約束は海を越えて』で、学ぶことになる。

今回、思い立って再観賞して良かった。古い映画には、こういう再発見もある。

時間を遡ることは、いつも切ない

ポスターにも使われている、男が鉄橋のうえで両手を挙げ列車に轢かれるまでのシーン。

この時点では、なぜ彼が場違いなスーツ姿なのかも、突如昔の同僚たちのピクニックに参加したのかも、また「戻りたい」と叫んで自殺したのかも、分からない。

だが、列車にぶつかる寸前にカメラは止まり(従って、轢死シーンはない)、そして数年刻みで過去に遡り始める。

チャプターの合間毎に差し込まれる、列車の緑多い車窓風景の逆回しが美しい。数少ない、心安らぐシーンだ。

時間を遡って過去へと戻っていく映画としては、ノーラン監督の『メメント』が有名だが、本作は悲惨な出来事から始まり、幸福だった過去に戻っていく点においては、ギャスパー・ノエ監督の『アレックス』に近いか。

どれも公開時期は似たり寄ったりだが、作品の芸術性としては、私は本作を推す。

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『オアシス』の二人

1999年の冒頭から20年前までの年齢変化を演じきった、ソル・ギョングムン・ソリ。とはいえ、若いといっても成人してからの設定なので、演じられないことはないだろう。

むしろ、『オアシス』で共演したときの二人とのギャップの大きさに驚く。公開順序としては本作が先だ。

『オアシス』は悲恋のようにみえて、最後は希望を感じさせる映画だったが、本作は、冒頭が結末である以上、そこに存在するのはあくまで絶望だ。

けれど、人間は絶望の淵にあっても、わずかな希望にすがりつく生き物なのだろう。たとえそれが、薄荷飴のような、甘く脆い思い出にすぎないとしても。

レビュー(ここからネタバレ)

チャプター毎に順を追って気づいたことを書いてみたい。こうして並べると、チャプター名はみな、内容に反して美しい響きなのが興味深い。

◎1999年 春 ピクニック

現在の設定なのは、ピクニックの行われる鉄橋と河原のシーンのみ。人生に絶望して、「戻りたい」と叫んで列車と衝突するヨンホ。

なお、トンネルの暗闇の向こうの光が、次第に大きくなっていく列車の車窓からの映像から始まる冒頭の風景のみ、逆回しではなく順回し(のはず)だ。

◎3日前の春 カメラ 

自殺の3日前のヨンホ。人生の絶望の手がかりがつかめる。

かつて立ち上げた事業の共同経営者に資金を持ち逃げされ、株は暴落し、ヨンホは借金取りに追われている。入手した拳銃で自殺や共同経営者への報復を試みるも失敗。

妻・ホンジャ(キム・ヨジン)とは別居中で、部屋を訪ねても、娘にも会わせてもらえない。

だが、最大の悲しみは、昔の恋人スニムとの再会だろう。重病の彼女のために、夫はヨンホを探し出し、妻に会わせようとする。

汚い身なりの彼に、スーツまで買い与える(これが河原での場違いな格好の理由)。だが、病室のヨンホはすでに意識がない。

軍隊時代に、彼女の手紙とともに送られて、ヨンホが大切に貯めておいた薄荷飴。一方スニムは、彼の高級カメラを返そうとしていた。彼女の手を握っても、もう会話を交わすことはできない。

結局ヨンホは、すぐにカメラを売ってしまい、カメラに残ったフィルムを現像せず露光させてしまう。普通なら、そこに大事な写真があるのにと焦ったが、杞憂だったようだ。

この日が3日前であり、スニムの病状からすれば、夫から彼女の死亡連絡を聞いたヨンホが、絶望の果てに自殺したのだろうと想像した。

◎1994年 夏 人生は美しい

5年前は景気も羽振りもいい。ヨンホが銃を向けた共同経営者とは、この頃はいよいよ事業を始めようという矢先だ。だが、妻も自分もそれぞれ浮気に走っており、金回りはいいが、家庭内は崩壊している。

人生は美しい、だよな」とは、焼き肉屋で偶然会った、警察時代の旧知の男に対する問いかけだ。

◎1987年 春 告白

更に7年前。娘が産まれる頃だ。全斗煥に抗議する学生デモの高揚。警察官のヨンホは、活動家の男を逮捕し、拷問にかけ、仲間の所在を吐かせる(これが告白のことか?)。

この拷問される男が、前章で再会した旧知の男であり、日記に「人生は美しい」とあったのだ。殺伐とした仕事の毎日の中で、ヨンホは酒場の女に、初恋のスニムの記憶を重ねて夜を共にする。

◎1984年 秋 祈り

警察に入所したてのヨンホは、先輩刑事に尋問を任せられる。近所の食堂の娘は今の妻であり、彼に気がある。

荒んだ警察仕事をしている彼のもとに、スニムが訪ねてくるが、彼はわざと遠ざけようとしている。

写真家志望だった彼にスニムはカメラをプレゼントするが、別れ際に突っ返す始末である。

彼女を愛しているはずなのに、何がヨンホをこうさせるのか。スニムを帰したあと、ヨンホは警察の先輩、同僚を相手に訓練と称して暴れる。

ちなみに、この日に彼と初体験を迎え、後に妻となるホンジャは、何かにつけ長々と祈るので、ここは<祈り>なのだろう。

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◎1980年5月 面会

ここだけは季節ではなく5月。これだけで、名前を出さずとも、韓国では誰もが分かる光州事件である。

スニムは軍隊に面会に行くが、戒厳令下で会える状況ではない。ヨンホは移動でもたつき、大事な薄荷飴は床に散らばる。

何の任務かもよく知らされないまま、市街地で足を撃たれる。靴に水が入って走れないという彼の靴中が血だらけなのだ。これが、警察時代も彼が脚を引き摺っていた理由である。

そして、助けてあげようとしていた女生徒を、ヨンホは誤射して死なせてしまう。この過ちによる自責の念が、以降の人生において彼を徹底的に苦しめる。

もう、優しい手の恋人としてスニムに接することもできなければ、幸福な家庭を築いてもいけない。

彼の穏やかで幸福な人生は、落とした薄荷飴とともに、砕け散ってしまったのだ。

◎1979年 秋 ピクニック 

そして、自殺した場所と同じ、20年前の河原。ここは、スニムと初めて出会った場所だ。

花の写真を撮るのが好きというヨンホの、写真家になりたいという平和な夢を、彼女は憶えていてくれた。そしてこの日初めて、スニムは薄荷飴をくれるのだ。

「この場所には来たことがある気がする」と言うヨンホに、「それは夢でしょう」とスニムは返す。

それは当たっている。絶望の淵で死ぬ瞬間に、彼は20年の歳月を遡り、希望と幸福感に満ちていたこの河原まで、舞い戻ってきたのだ。

薄荷飴の最初のひと粒を、彼女から受け取るために。

これは、死ぬ直前の走馬灯のように一瞬で思い起こす彼の人生。だから、幸せの中で横たわりながら、急に目を腫らして涙を流すのだろう。

悲しいことに、次第に近づいてくる列車の音は、20年前のものではない。