『初恋』
ありきたりなスポーツ&恋愛映画の筈がない。バイオレンスで、笑えて泣かす。三池監督の新たな代表作。
公開:2020 年 時間:108分
製作国:日本
スタッフ 監督: 三池崇史 キャスト レオ: 窪田正孝 モニカ: 小西桜子 大伴: 大森南朋 加瀬: 染谷将太 ジュリ: ベッキー 権藤: 内野聖陽
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
ポイント
- 三池監督の新たな代表作。少なくとも私の中では、既にそうなっている。ボクシング映画かと思えば歌舞伎町の路地裏で生首が転がるのだもの。
- 後半のカーアクションの処理だけはいただけないが、全体のハイテンションな展開は好き。
あらすじ
新宿・歌舞伎町。天涯孤独のプロボクサー・葛城レオ(窪田正孝)は格下相手との試合でまさかのKO負けを喫し、試合後に受けた診察で余命いくばくもない病に冒されていることを告げられた。
あてどなく街を彷徨うレオの目の前を、モニカ(小西桜子)が駆け抜ける。
「助けて」という言葉に反応し咄嗟に追っ手の男をKOするが、倒した男は刑事の大伴(大森南朋)で、ヤクザの策士・加瀬(染谷将太)と手を組み、麻薬を横取りしようと画策中だった。
父親に借金を背負わされ、ヤクザの元から逃れられないモニカは、その計画に利用されようとしていたのだ。レオはモニカの境遇を他人事とは思えず、半ばヤケクソで彼女と行動を共にする。
レビュー(まずはネタバレなし)
三池ワールド健在で安堵
三池崇史監督がラブストーリーを撮る、その違和感が拭えないままに、映画を観始める。
『あゝ、荒野』のような純然たるボクシング映画が始まるのかと思えば、歌舞伎町の路地裏で生首が転がる。そりゃそうだ、三池監督だもの、ありきたりなスポーツ+恋愛映画のはずがない。
瞬く間に、悪徳刑事から、出所したての極道まで三池ワールド全開のキャラが勢ぞろいで、タイトルで想像されるヤワな内容でないことはすぐに気づかされる。とりあえず一安心。
新たなる代表作だ
そうはいっても、恋愛映画である以上、主演のレオとモニカの二人の間に淡く芽生えていく想いは、本題を忘れない程度には描かれている。
だが、物語を動かしているのは、ヤクザの加瀬(染谷将太)だ。こいつが描いた麻薬強奪作戦にタッグを組む大伴刑事(大森南朋)。
その作戦に利用されかけて逃げる少女・モニカ(小西桜子)と、成り行きで彼女を助けるレオ(窪田正孝)。
そして殺された恋人のために加瀬に復讐を誓う女・ジュリ(ベッキー)、そして出所した極道の権藤(内野聖陽)。この6名が中心となって、過激な夜が始まっていくのである。
◇
不器用な恋愛と激しいバイオレンス、そして犯罪計画が次々に裏目に出て傷を広げていく物語の面白さが見事に絡み合い、いつもは過剰になりがちな三池作品の中にあって、本作は絶妙なバランスの仕上がりになっていると思う。
バイオレンスなのに、笑えるし、心にしみる。これは、三池崇史監督の新たな代表作になる。少なくとも私の中では、既になっている。
レビュー(ここからネタバレ)
ゲスとベッキー、並べて書くけど他意はない
主要キャスト6名は、主演の窪田正孝の繊細さも小西桜子のフレッシュさも好感だし、大森南朋の間抜けぶりも内野聖陽の正統派極道ぶりもよかった。
だが、本作で強烈に印象に残ったのは、染谷奨太の見事なゲス男ぶりと、ベッキーの弾けっぷりである。
染谷奨太は、黒沢清監督の『旅のおわり世界のはじまり』でもゲスい男の役だったが、最近この手のキャラが板についている。ベッキーはこういう暴れる女キャラは意外だったが、結構いきいきとしていた。
◇
6名以外にも、ヤクザ組織では組長代行の塩見三省、村上淳に三浦貴大、対立するチャイニーズマフィアの女に藤岡麻美、ボクシングジムの遠藤憲一、誤診する医師の滝藤賢一、占い師ベンガル、書ききれないが、みんないい味出している。
負のスパイラル
加瀬の計画が小さな失敗や誤算で少しずつ傷を広げていく。
スタンガンを大事な時に落としたり、モニカと出会ったレオが大伴を殴り倒したり。そのたびに、楽天的に軌道修正していく加瀬が面白いし、あっさり殺されそうだったジュリが、しぶとく生き残って反撃の機会を探るのも盛り上がる。
◇
脳腫瘍で余命わずかと医者に宣告されたレオは、自暴自棄になってモニカを助け、拳銃までぶっ放してしまう。
身体は至って健康ですよと占い師に言われたシーンが笑いを誘ったが、実はこれが正しく、医者はその後、誤診だったと連絡してくる。
余命わずかだから大胆に行動できたレオだったが(まるで三池版『生きる』だ)、急に腰が引けるところも面白い。
モニカを悩ます、父親(山中アラタ)の幻覚も不気味に笑いを誘う。借金のかたに娘を売った父親の幻影が、白いブリーフ姿で彼女を追いかけてくるのだ。この父親が地下鉄で沖縄民謡に合わせて踊りだしたのは最高に笑えた。
最近は足を踏み入れるのが躊躇われる歌舞伎町。『深夜食堂』で目にするのがせいぜいだったが、久々に堪能した気分。
歌舞伎町を舞台に、暴力団組織とチャイニーズマフィアの抗争があって、中華料理屋でバイトしている主人公がいて、という設定は『20世紀少年』を思い出す。
ホームセンターの決闘
追い詰められた加瀬と大伴はホームセンターに逃げ込み、そこで全メンバー総参加のバトルが勃発するわけだが、やられるときは実にあっけなく仕留めてしまう三池流の演出が、いいテンポでこの乱戦を盛り上げる。
入り乱れた相関関係はこんな感じか。
千葉県警/中国マフィア⇒ 権藤+ジュリ⇒ 加瀬+大伴⇒ レオ+モニカ
最後に誰が生き残るのかは、ここでは触れないが、急遽実写からアニメに変わってしまう場面があるのは、ちょっと興奮に水を差された気分だった。
予算の制約なのか、実写では無理とあきらめたのかは分からないが、東映なら、あそこはアニメに逃げないで特撮かスタントでぶちかましてほしかった!(それとも東映アニメなのか?)
ラストシーンでレオと一緒のモニカは、憧れだった男とその恋人とすれ違う。思えば、レオはモニカの初恋相手ではないのだ。この映画は『レオの<初恋>』映画だったか。
ともあれ、115分をいいテンポで飽きさせずに見せてくれる傑作痛快エンタテインメント。こういう映画は好き!