『パンとバスと2度目のハツコイ』
パン屋の女子とバス運転手の男子。片思い映画の達人、今泉監督。凡百のアイドル映画とは深みが違う。ずっと好きでいてもらえる自信も、好きでいられる自信もない。何だこの小賢しい女は、と思わずに見守ろう。
公開:2017年 時間:1時間51分
製作国:日本
スタッフ 監督: 今泉力哉 キャスト 市井ふみ: 深川麻衣 湯浅たもつ: 山下健二郎 (三代目 J Soul Brothers) 石田さとみ: 伊藤沙莉 市井二胡: 志田彩良 石田さとみ: 伊藤沙莉
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
ポイント
- 全編に小粋な台詞や小ネタが散りばめられた、今泉力哉監督らしさに溢れた胸キュン片想いラブストーリー。深川麻衣と志田彩良の美人姉妹がまぶしい。
あらすじ
パン屋で働く市井ふみ(深川麻衣)が、中学時代のハツコイ相手・湯浅たもつ(山下健二郎)と偶然再会。
勿論、あの頃とは違うけど。結婚に踏ん切りがつかず元カレとサヨナラしたふみと、別れても妻に恋するたもつが織りなす<モヤキュン>ラブストーリー。
レビュー(まずはネタバレなし)
ゆるさ加減が丁度いい恋愛映画
ノリに乗ってる今泉力哉監督、今回は予備知識もなく観た。冒頭のフランスパンを振り回す店内バトルでも、誰が主役か見極められず。
深川麻衣がどの坂から来たのかも、山下健二郎の所属集団も知らないくらいの知識量だったが、その分、新鮮な気持ちで二人の会話が楽しめた。
それにしても、まんまのタイトル、パン屋の女子とバス運転手の男子とは。
ふみが元カレのプロポーズを断る理由、「ずっと好きでいてもらえる自信も、好きでいられる自信もない」
ここで、何だこの小賢しい女は、と思ってしまう人には、多分苦痛な映画である。でも、凡百のアイドル映画と一線を画すためには、このくらいキャラが立ってないと。
そもそも、今泉監督の傑作『愛がなんだ』でこじらせ女子への耐性が強化されているので、この程度は全然OKだ。
毎日バスの洗車を幸せそうに眺めてて、酔ったときのふみのたもつへのお願いが、「洗車中のバスに乗りたい」だ。いいところを突く。
子供の頃、洗車機に突っ込むクルマの中にいるのが好きだったのを思い出した。
ふみがたもつと再会したあとの、飲めない二人の居酒屋談義が、いい感じだ。
今泉監督は、男女二人が居酒屋で飲んだり、夜の繁華街を並んで歩いたりするシーンの切り取り方がうまい。
でも、たもつはふみの初恋の相手だろう。<二度目のハツコイ>がまた彼だとすれば、小さな子供もいて、別れた奥さんをまだ熱烈に愛していて、こんな男性とどう結ばれるのか。
不倫・浮気は事務所的にNGって、監督がどこかで語っていたけど、大丈夫なのか。
レビュー(ここからネタバレ)
何気なく素敵なセリフの数々
わざわざ書くことでもないが、なぜか異様にトイレに行くシーンが多い映画だった。
それはさておき、本作には特に二人の周囲の友だちの言葉に、ちょっと気の利いたセリフが散りばめられている。
例えば不倫でトラブったパン屋の同僚(安倍萌生)の「不倫は間違っていると思っているでしょう? それは正しいけど、正しいだけだよ」
◇
妹・二胡(志田彩良)の「お姉ちゃん、分かってる? 異性の友だちは、どっちかが好きなんだよ」
◇
極めつけは、ふみとたもつの共通の旧友さとみ(伊藤沙莉)の「付き合えなかった好きだった人を嫌いになれないよ。嫌いになれるほど、知らないんだもん」
(すべて記憶ベースなので、多分微妙に言い回しは異なると思う)
ちなみに、さとみは昔はふみのことが好き(当時はレズ)だったけど、今は男性と結婚して子供がいるという、一昔前の恋愛ドラマにはまず出てこないキャラだ。
さとみにとっても、ふみは初恋の相手かもしれない。たもつに向かって、
「あんたはふみの初恋相手で、時間が経ってもそういう感情は変わらないんだから。その気がないのならきちんと伝えて」
と真顔で言う。その言葉が、ふみとたもつの山頂デートの本音叫び合いに発展するとは想像以上だった。
◇
伊藤沙莉、大好きな女優だけど、ハスキーボイスで返すセリフがいつも面白くて、存在感がありすぎる。
出番は少ないのにインパクトは主演の二人を凌駕している。劇薬だ。
Alone Again (Naturally)
ふみは、ずっと好きでいられる人と付き合いたいのだ。
「付き合っていないから、結婚しないから、ずっと一緒にいられるんだよ」
冒頭に同僚の不倫相手が言ったセリフを、ふみはずるいと言ったけれど、一体どう違うのか。
◇
初恋の人と再会して、自分でも忘れていた想いがよみがえる。
いつの話よ、と笑って否定するけれど、さとみの言うように、好きな人への想いは、嫌いになれるほど深く付き合うまでは、色褪せることはないのだ。
◇
でも、たもつは、別れてもなお元妻を愛し続けている。中学の頃のふみの告白の返事を今更もらう。
「昔好きだったし、今もふみに惹かれているけど、その間に出会ったアイコの方が好きだ!」
どうして、たもつはずっと元妻を好きでいられるのだろう。それは片想いだからだ。
「結婚しても、たもつは奥さんに片思いだったんだよ!」
少し言い過ぎたかな、とふみは思っただろう。
夕焼け空のお礼に、とっておきの夜明け前の空をみせてあげようと、たもつを部屋に泊める。
◇
元妻に今も恋慕中の男相手に、好きになっても始まらない。描きかけた絵はもう終わっていたのだ、気づかぬうちに。
だから、たもつの寝顔を描くのをやめて、ふみがパン屋の紙袋に書いたのは、
「alone again (naturally) 」
なんと( )の中は印刷されているパン屋の店名だ。小ネタが深い!
緑内障に意味があったか
ふみは一人の時間が好きだ。
バスの洗車やブルーアワーの夜明け空を一人で眺める自由。「孤独」で埋め尽くされた、コインランドリーの書架を少年から譲り受けたいくらいに。
◇
孤独を脅かす存在だった元カレは左に座っていた。
けれど、たもつは、居酒屋のカウンター、そぞろ歩き、山頂リフト、クルマの中、いつでも彼女の右にいる。だから、孤独を邪魔しないのだ。
緑内障のふみは、右上の視野が欠けているから、たもつはいるけど見えない、心地よい存在なのだろう。
◇
ふみだけがシャツと信じていたパジャマシャツは、結局パジャマだった。片想いだと思っているこの関係は結局なんなのか。
ふみが誰かに好きといわれると引いてしまうのは、両想いを求める恋愛は、相手の気持次第で終わってしまうから。でも、片想いは無敵だ。片想いなら、ずっと好きでいられる。
◇
たもつだって、さとみだって、みんな片想いを続けているではないか。だからふみは言ったのだろう、2度目のハツコイの人に、私を絶対好きにならないでねと。