『リップヴァンウィンクルの花嫁』
ワンクリックで見つけた婚約者ではなく、本当に出会いたかった人。岩井俊二と黒木華の織りなす化学反応。
公開:2016 年 時間:180分
製作国:日本
スタッフ 監督: 岩井俊二 キャスト 皆川七海: 黒木華 安室行舛: 綾野剛 里中真白: Cocco 鶴岡カヤ子: 原日出子 鶴岡鉄也: 地曵豪 高嶋優人: 和田聰宏 恒吉冴子: 夏目ナナ 里中珠代: りりィ 堤啓介: 芹澤興人
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
SNSで知り合った鉄也と結婚することになった派遣教員の皆川七海(黒木華)は、親族が少ないため「なんでも屋」の安室(綾野剛)に結婚式の代理出席を依頼して式を挙げる。
しかし、新婚早々に鉄也(地曵豪)が浮気し、義母(原日出子)から逆に浮気の罪をかぶせられた七海は家を追い出されてしまう。
そんな七海に、安室が月給100万円という好条件の住み込みのメイドの仕事を紹介する。
そこで知り合った破天荒なメイド仲間の里中真白(Cocco)と意気投合した七海だったが、真白は体調がすぐれず日に日に痩せていく。
そんなある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出す。
レビュー(まずはネタバレなし)
岩井俊二と黒木華の不思議なケミストリー
公開当時にも感じたことだが、実に不思議な気持ちになる映画だ。本作後に撮られた『ラストレター』にも岩井俊二らしさは随所に感じられるが、しっかりと地に足の着いた物語が存在する。
だが、本作にはつい引き込まれる物語はあるものの、どこに進むのか見当がつかない。岩井監督、或いは黒木華の気の向くままに、ドラマが進行していくように思える。
◇
女性を撮らせたら魔法をかけたように輝かせる岩井俊二が、今回主演に選んだのは黒木華。
<岩井俊二映画祭presentsマイリトル映画祭>のCMオーディションで彼女が目に留まったとかで、次第に構想が固まっていく。
女優としての実力は十分だろうが、昭和顔と言われる古風な顔立ちの黒木華が岩井作品のヒロインになるのは意外だった。
だが、いざ映像をみると、なるほど今までの岩井路線とは少し違う作風になり、新鮮味がある。
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そんな黒木華のどんよりした雰囲気に加え、<ヘクとパスカル>の桑原まこがアレンジしたピアノ曲、そしてドキュメンタリーのように、夕暮れの街中で会話する出演者たち(四ツ谷駅前とか)。
これらが混ざり合う独特の雰囲気は、岩井俊二のドラマ『なぞの転校生』のそれに近いように感じた(披露宴シーンに桜井美南をみつけたから、という訳ではない)。
ネットで買い物するみたいに、あっさりと
冒頭、お見合いサイトで知り合う彼との待ち合わせでおずおずと挙手する七海。声が小さくて臨時教員を解雇されても黙り込むだけの彼女が、言いたいことを言える場はPLANETというSNS。
結婚相手さえネットで簡単にみつけてしまえる世の中だが、披露宴の招待客を増やすために代理出席サービスを依頼したことから、話が思わぬ方向に広がっていく。
◇
いまどき、映画の中でSNSが重要な役割を担うことは珍しくもないが、その前身であるパソコン通信を映画に起用したのは森田芳光の(ハル)だろうか。
そして、インターネット掲示板として、更に映画の世界観に昇華させたのが岩井俊二の『リリイ・シュシュのすべて』と言えるだろう。
時代は経過しても、岩井監督による、この手のコミュニケーションツールの映画への活用は、やはり洗練されている。
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何といっても、このSNSをフルに駆使する怪しい何でも屋の安室行舛の狂言回し的なキャラが素晴らしい。「アムロ、行きます!」のスタンプ最高。
ここに綾野剛を持ってくるとは、脱帽の面白さ。こういうキャラ設定は、岩井作品で他にいたか?
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ハンドルネームでの会話(ちなみに七海はクラムボン、カムパネルラと宮澤賢治志向)だったり、なりすましの家族が登場したり、更には女同士で惹かれ合ったりと、本作は園子温の『紀子の食卓』と共通する部分が多い。
ただ、家族が破滅に向かう同作に比べれば、本作には救いがあり、綾野剛のマジメに不真面目な演技のおかげで、ちょっとした笑いもある。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからはネタバレになりますので、未見の方はご留意願います。
別れさせ屋ってご存知ですか
さて、本作は前半後半で受ける印象が大きく異なる。
七海(黒木華)がネットで知り合った鉄也(地曵豪)と初めて待ち合わせをし、結婚して、義母(原日出子)に浮気を疑われこっぴどく叱られるあたりまでは、相当に観る方も落ち込んでいく展開だ。
七海は学校で生徒にからかわれても何も言えず、ただ事なかれ主義で大した考えもなく、流されるように生きている。つい、しっかりしろとこちらも叱咤したくなる。
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だが、披露宴に招いた親族等の代行出席が義母にばれ、策略にはまり男とホテルに行った疑惑映像、ついには、夫にも会わせてもらえず青森の実家までタクシーで帰りなさいと夜に放り出されると、さすがに気の毒になる。
事の発端である夫の浮気疑惑も、別れさせ屋の捏造であった。原日出子の怖さには私も震えた。
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だが、全てを裏で差配していたのは、事態を招くきっかけを作ったランバラルの正体、安室だ。もはや彼を頼るしかない七海は、仕事で出会った偽装家族、特に姉役の真白(Cocco)と意気投合する。
二人がバーで生のピアノをバックに歌うシーン。七海の「僕たちの失敗」もいい感じだったが、真白の歌うユーミンの「何もなかったように」が圧巻。力まないナチュラルな歌い方で、あの情感はさすが本職。
アドレス交換した真白のハンドルネームはリップヴァンウィンクル。だが、親しくなった途端に挨拶もなく七海の前から姿を消す真白。送ったメッセージにもリプライはない。
嘘でもいいじゃないですか
そして七海が忘れかけた頃に、大邸宅の住み込みメイドの仕事場で唐突な再会。
家主の留守の大邸宅に真白と二人で暮らす日々、七海の明るい表情は、薄っぺらい新婚時代には見られなかったものだ。心のつながった相手を得て、彼女はようやく幸福を実感したように見えた。
◇
だが、話は更に二転三転する。売れない女優だと自称していた真白は、実はAV女優だったことを、マネージャらしき女性(夏目ナナ)から知らされる。
体調不良で倒れた真白を背負う七海は、まるでドラマ『重版出来!』で黒木華が演じた柔道部出身の主人公だ。
七海は安室を問い質し、大邸宅の家賃を払い、七海を雇っていたのは、友だちが欲しかった真白自身だと知る。
幸福だらけの世界に順応できない真白は、金で買う幸福を選んだ。
◇
そんな彼女に無償の友情を捧げたい七海は、真白とともに小さな部屋を探し、飛び込みで試着したウェディングドレスで、記念撮影。チャペルで想像の指輪交換。文字通り、リップヴァンウィンクルの花嫁だ。
横浜の街並みに束の間幸福そうな二人。衝動買いしたアルファロメオに純白のドレス。瞬間の切り取り方に、岩井俊二を感じる。
そして、酒に酔い、結婚して一緒に死んでくれるか尋ねる真白に、七海は同意する。
灼けて死んでもかまいません
翌朝、葬儀屋(芹澤興人)とともに邸宅に訪れた安室が口を滑らす。真白は末期がんで、心中してくれる相手を探していたのだと。
これが、安室の受けた依頼の真相だ。やっとたどり着いた答えだが、どうも後味が悪い。金を払ってまで友だちになりたいところまでは、いい話にも思えるが、心中相手を求めるのは、フェアではない。
◇
酒を飲んで眠っている間に、めまぐるしく世界は変わっていく。花嫁などではなく、七海こそ現代のリップヴァンウィンクルではないか。蘇える金狼に聞かせてあげたい。
だが、その真相を知らずに、七海は真白の葬儀で懐かしい偽装家族仲間や、喪服姿のAV女優たち(普通にしているとかえって妖艶!)に囲まれ、彼女を想う。
◇
絶縁状態の真白の母(りりィ)は、娘を偲んで安室と服を脱ぎだすカオス状態。母は裸になって、娘の気持ちが知りたかったのだろう。
安室のスッパで号泣の意味は、よく分からない。彼は真白の依頼で、七海をうまく引きこんで一仕事終えただけの、ただの何でも屋だったのかもしれない。
原作も読み比べて探るラストの意味
岩井俊二の書いた原作では、最後に七海はSNSを見る。だが、期待に反して、真白からのリプライはない。出会った日に、カムパネルラがリップヴァンウィンクルに送ったメッセージが手つかずで残るのみだ。
七海がこんなにも強く感じた真白との絆は、SNSなどに全く頼らずに手に入れたものだった。他人からみれば虚構のような関係だが、七海にとっては、これこそがリアルなのである。ワンクリックで手に入るものではない。
この部分は映画ではなかなか読み取れなかったが、原作を読むと伝わってくる。
◇
七海は二人で住むはずだった部屋で、チャペルで指にした想像のリングを、亡き人を想い空にかざす。黒木華が、『三丁目の夕日』の小雪と重なる。
ラストシーン、カムパネルラを象徴する<ねこかんむり>をかぶった七海は、角隠しの花嫁なのだろうか。目深にかぶった<ねこかんむり>から、外の世界は見えない。
以上、お読みいただきありがとうございました。原作もまた、オススメです。