『父と僕の終わらない歌』
アルツハイマーになった父親が好きだった歌を続けさせよう。実話に基づく感動ストーリー。
公開:2025年 時間:93分
製作国:日本
スタッフ
監督: 小泉徳宏
原案: サイモン・マクダーモット
キャスト
間宮哲太: 寺尾聰
間宮雄太: 松坂桃李
間宮律子: 松坂慶子
藤岡治: 三宅裕司
門松大介: 石倉三郎
志賀聡美: 佐藤栞里
ダニエル: 副島淳
田所: 大島美幸(森三中)
海野由梨: 齋藤飛鳥
亮一: ディーン・フジオカ
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
かつてミュージシャンとしてレコードデビューを目指しながらも、息子・雄太(松坂桃李)のために夢を諦めた間宮哲太(寺尾聡)。
音楽とユーモアをこよなく愛する彼は、生まれ育った横須賀で楽器店を営みながら、時々地元のステージで歌声を披露しては喝采を浴びてきた。
ある日、哲太はアルツハイマー型認知症と診断されてしまう。
すべてを忘れゆく哲太をつなぎ止めたのは、彼を信じて支え続けた息子・雄太と強く優しい母・律子(松坂慶子)、固い絆で結ばれた仲間たち、そして彼が愛する音楽だった。
レビュー(ネタバレあり)
実話に基づくとはいうが
寺尾聡がアルツハイマーにかかった父親役で、そんな彼に大好きだった歌を続けさせようと奮起する息子役に松坂桃李。
組み合わせは悪くないし、この映画に感動している人には申し訳ないのだが、いやこれ、ベタすぎない?
今どき、松竹の悲喜劇だってこんなコテコテの父子感動ものは撮らないんじゃないかと思ってしまった。
◇
とはいえ、実話に基づくストーリーだといわれると、細かい点にケチをつけるのも憚られるが、調べてみると、原案となった実話はイギリスの父子の話で、80歳の男性が英国最高齢新人歌手としてデビューを果たすというもの。

海外の元ネタを和風に味付けして映画化すること自体は当然ありだろうが、ちょっとレシピに手を入れ過ぎてしまったのではないか。
小泉徳宏監督には、『ガチ☆ボーイ』や『線は、僕を描く』など私の好きな作品が多い監督なのだけれど、今回は珍しく反りが合わなかった。
横須賀ドブ板通りだけど
主人公、間宮哲太(寺尾聰)は横須賀のドブ板通りで楽器店を営むチョイ悪オヤジ。横須賀のスターを自認し、仕事の傍ら、あちこちのステージでギター片手に洋楽を弾き語る人気者。
物語の演出上、デフォルメされたキャラ設定にしたのだろうが、シニア世代にありがちな悪ノリがつらい。というか、寺尾聡が長いキャリアで築いて来たイメージを崩しすぎる。
年齢を重ねて少しふっくらした顔立ちと派手な衣装にコミカルな動きが、どこか谷啓を彷彿とさせると思ったのは私だけ?
◇
舞台を横須賀にしたのはよいが、自衛隊も米兵の姿もなく(ダニエル役の副島淳は日本人枠だ)、ただの健康的な商店街を描いているだけなので、ドブ板通りを使った効果が今ひとつ。商店街の仲間が三宅裕司と石倉三郎となると、ますます勝手に描く横須賀らしさとずれていく。

妻の律子(松坂慶子)と暮らす平和な日常だが、物忘れが激しくなり、医師(佐藤浩市)にアルツハイマーの宣告を受ける哲太。これを家族みんなが笑い飛ばす陽気さには好感が持てた。
そして、イラストレーターで実はゲイである息子の雄太(松坂桃李)はしばらく実家に戻り、律子とともに哲太の面倒をみる。
スマイルで良かったのか
昔からのルーティンワークを続けさせることが、病気の進行を妨げるらしい。
そんなことから、免許返上して父が運転できなくなったクラシックなアメ車に雄太が乗り、カーステのカセットに合わせて助手席の哲太の好きな曲を、二人で歌いまくる。
それがやがて配信でバズっていくといったような展開になる。
看板曲で使われるナット・キング・コールの「スマイル」のほか、「ラブミーテンダー」や「ボラーレ」といったナンバーが寺尾聡に合っていたのか。
「ルビーの指環」に代表される彼のヒット曲を知っている身には、もう少しダークでテンポのよい曲が聴きたいのにと感じてしまった。だって、歌うときの手の動きが寺尾聡のままだし。

これらの曲が実話と同じというわけでもなさそうだ。特に何度も流れる「スマイル」が、「笑えよ、雄太」と息子の顔を両手で撫でる場面に使われる曲なのは、さすがにベタすぎだろう。
クルマで二人が楽しそうに歌うシーンは、本家の動画もまだ残っているが、派手な動きのない本物の方が感動できる。余計な味付けは不要なのだ。素人の父子なのに余程俳優らしく見えてしまうのが、外人コンプレックスのようで悔しいけど。
キャスティングは良かった
散々不満を並べたててしまったが、よかったところもある。
寺尾聡と松坂桃李、そして同じ松坂姓の松坂慶子の共演は良かった。寺尾聡は『さまよう刃』以来16年ぶりの主演らしいが、今回はあくまで受けのポジション。
芝居で魅せたのは松坂桃李だ。ただの親思いの息子ではなく、ゲイであることを父が本音では受け容れてくれていないという苦悩も抱えている。
◇
そして、壊れていく夫をけして見放すことなく、大きな愛で包み込む妻役の松坂慶子もまた、感動を与えた。

「毎晩お父さんにプロポーズされるから、記念日が増えて大変よ」と息子に泣き笑いして語るところが素敵だった。
ちなみに、この三人はWOWOWドラマ『チキンレース』でも共演している。
言い足りなかった点
- 雄太が大手企業向けに仕上げたイラストと病気の父の歌のバズり配信が重なり、仕事がステマ案件だと炎上したり(巨大な壁面ポスターが剥がされる場面が切ない)
- 或いは、雄太の同棲するパートナーの亮一(ディーン・フジオカ)がステージの前座で歌ったり

先の展開に期待した部分が消化不良で終わってしまったのは惜しい。
亮一の歌が、レコード会社の目に留まるのかと思ったのだが、ああいうダウナー系はダメなの?
◇
終盤、町のみんなを集めた哲太のライブは、レコードデビューのかかった大事なステージ。
哲太にエルボーを喰らって謝罪もされず、鼻血まみれのレコード会社ディレクターが不憫だった。被害者が隣りにいた齋藤飛鳥だったら、哲太のレコードデビューはなかっただろうな。

ライブを息子と二人で何とか乗り切ったあとに、哲太が問わず語りに息子にいう台詞が(書きませんが)、正直私にはまったく刺さらなかった。
これは感性が錆びついてしまったからなのか、「スター」という言葉があまりに陳腐だったからなのか。
