『ドールハウス』
矢口史靖監督が長澤まさみ主演で贈る人形ホラー。コメディ専業監督だと思ったら大間違いだ!
公開:2025年 時間:110分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 矢口史靖
キャスト
鈴木佳恵: 長澤まさみ
鈴木忠彦: 瀬戸康史
鈴木真衣: 池村碧彩
鈴木芽依: 本田都々花
鈴木敏子: 風吹ジュン
呪禁師: 田中哲司
警官: 安田顕
僧侶: 今野浩喜
心療内科医: 西田尚美
研究家: 品川徹
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
5歳の娘・芽衣を事故で亡くした鈴木佳恵(長澤まさみ)と看護師の夫・忠彦(瀬戸康史)。
悲しみに暮れる日々を過ごしていた佳恵は、骨董市で芽衣に似たかわいらしい人形を見つけて購入し、我が子のように愛情を注ぐことで元気を取り戻していく。
しかし佳恵と忠彦の間に新たな娘・真衣が生まれると、二人は人形に見向きもしなくなる。
やがて、5歳に成長した真衣が人形と遊びはじめると、一家に奇妙な出来事が次々と起こるように。人形を手放そうとしたものの、捨てても供養に出してもなぜか戻ってきてしまう。
佳恵と忠彦は専門家の助けを借りながら、人形に隠された秘密を解き明かしていく。
レビュー(ネタバレあり)
コメディだけじゃない矢口史靖
矢口史靖監督で長澤まさみ主演とくれば、『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』をイメージしてしまうが、今回は意外なほど、ちゃんとしたホラー作品。
矢口監督は、こういうジャンルも長年撮りたかったのだろうなと想像させるように、カット割りや演出にこだわりを感じる。
◇
自分のネームではコメディ色が強すぎて邪魔になると監督自身も考えていたようで、当初は架空の新人脚本家を装って、企画を売り込んだという。
結果的に本人の意に反して、矢口史靖の監督・脚本というのが前面に出たプロモーションとなったが、確かに『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』の監督という枕詞は、一定のホラー映画ファン層には敬遠されたかもな。
◇
主演は、このジャンルには珍しい長澤まさみ。彼女が演じる子育て主婦の佳恵と、その夫で看護師の忠彦役には瀬戸康史。
瀟洒な住宅街の一戸建てで、5歳の娘・芽依(本田都々花)が友だちと自宅でかくれんぼで遊んでいる最中に悲劇が起こる。この見せ方と長澤まさみの絶叫がいい。不吉な予感がじわりと当たる、Jホラーの正統派演出。
カット割りで魅せる上質ホラー
娘を亡くしてから1年後。いまだ立ち直れず憔悴した佳恵だが、骨董市で出会った少女の人形を勝っては、我が子のように世話を焼くことで、次第に笑顔を取り戻すようになる。
この豹変ぶりが怖い。忠彦が仕事から帰宅すると、食卓に人形が座っているシュールな光景は、相当不気味だ。
◇
人形を娘のように扱う佳恵を心配する忠彦に、ドールセラピーで元気を取り戻すケースもあるからと静観を進める同僚の心療内科医。
演じる西田尚美は、初主演作の『ひみつの花園』(1997)以来、矢口史靖監督作の常連。

そして夫婦には二人目の娘、真衣が生まれ、夫婦も祖母(風吹ジュン)ももはや人形などそっちのけで、真衣を抱き上げる。床に放り投げられる人形がさすがに痛ましい。こりゃ、祟られるのも無理はない。
真衣(池村碧彩)が5歳になると、死蔵されていた人形を引っ張り出し、一緒に遊ぶようになる。ここから次々と奇怪な出来事が起こり始める。
ここであからさまに<ミーガン>とか<チャッキー>みたいに人形に怖い顔を与えると、いっきに洋物ホラーの嘘臭さが出てしまうが、この映画はあくまで品が良い。
カットワークと編集の妙で、人形を生かすのだ。
「真衣と思っていたら、それが人形だったので驚く」パターンが何度も繰り返されるが、変化が多いので飽きさせない。

頼りになりそうでならない面々
何度捨てようと試みても、いつの間にか家に戻ってきているパターンも同様だ。分かっているのに、楽しめる。
お焚き上げで寺に燃やしてもらおうとするが、僧侶役が今野浩喜じゃ頼りなさそうだなあと思っていたら、案の定の失態。
以降、この人形の怖さに気づいた夫婦は、何とか手離そうと四苦八苦する。
警察官の安田顕、呪禁師の田中哲司など、頼れそうな人たちも現れるのだが、最後には結局誰の手も借りられないという状況設定。

呪禁師の持ち歩く人形の収納ケースやお札だらけのガラスケースといった小道具の怪しい雰囲気もいい。干潮の2時間だけ地続きで島に渡れるというロケ地設定も面白かった。
同じ「干潮時だけ地続き」のスリルも、ダニー・ボイル監督の『28年後…』とはまるで違い、こちらにはCG合成なしのリアル感があった。
子供部屋や町中に設置された監視カメラといったデジタル機器の活用もうまく、まさか人形にMRI検査をかけるとはたまげたが、その結果には更に驚かされる。
CGや特撮にカネをかけなくたって、怖い上質なホラーは十分に撮れるのだということを、矢口監督は見せたかったのではないか。その意気は確実に伝わった。

終盤のチープな感じが惜しい
佳恵が、捨てたはずの人形が家にあるのを見つけ(お化けごっこで使う目の開いた紙袋をかぶっている)、それを棒でタコ殴りしたら、人形は別な部屋にいると気づく(つまり殴った相手は娘!)。
このシーンの怖さも秀逸だったなあ。
最後までこの調子で言って欲しかったのだが、終盤ついに人形が暗闇の中で暴れ出したり、恐ろしい顔を見せ始めたりすると、いっきにB級ホラー感が強くなる。これが勿体ない。

しまいには、人形を母親の墓に一緒に埋葬してあげようと、墓を探しに島に行く(なんで人形に母親がいるのかは、それはそれで身の毛がよだつ話なのだが)。
墓をあばいて、ミイラ化した骨が眠るその深い穴の中に、人形と一緒に落下してしまう佳恵。
そのシチュエーションは怖いが、この場面はJホラーの祖ともいえる『リング』で古井戸に亡骸と落下するクライマックスの既視感。

最後もハッピーエンドになるかと思えば、ここでも田中哲司演じる呪禁師のとんだ間抜けぶりが発覚。人形は自分を愛してくれる、新しい両親を手離すはずがないのだ。
近年の日本のホラー映画のレベルには明るくないが、上質な演出で怖がらせてくれる作品だったのではないか。
矢口史靖監督の新境地。洗濯機に近づくのが怖くなった。
